1万年の刻戻し 〜魔法を誤発した0歳の少年、両親に会うために1万年を遡る〜
ハトユキ
新たなる時代の幕開け
とある森のはずれ、ポツンと佇む家の中。
この世界に、新たな命が芽吹く時が訪れる。
『不条理の賢人』と呼ばれる父と、『虚無の権威』と言われる母。
そんなの夫婦の元に生まれた、0歳の少年。
しかし━━━━━━━━
10秒、1分、10分、30分。
どれだけ待ってみても、産声の一つあげないその子供に、両親と医者たちは困惑を隠せなかった。
「だ、大丈夫?なんでこの子は声を出さないの!?」
体を震わせ、涙を流して心配する妻に、
「大丈夫です。体に異常はありません。
何か大きな病気を持っていることもないはずです。」と、愛する妻の手を強く握って夫は言う。
この世界一の天才の言葉に、妻はこれ以上ない安心感を得る。
だが、50数分が経ってもやはり少年は声を出さない。
1時間の時が経過したならば、上級魔法を使って異常を確認するしかない………
曇った顔が張り付いている妻を見て、天才は覚悟を決める。
生まれたての子供に対して上級魔法を利用することは、危険が生じる。
上級魔法が使用する魔力に晒されては、体が持たない可能性があるからだ。
この世界に生まれる多くの子どもは、昔から魔力への耐性があるかないかという点を最重要視された。
理由は、この世界に満ちていた膨大な魔力。
生まれた瞬間にその魔力に晒され、命を落とす子供が絶えなかった。
それを調整し、この先に生まれてくる無数の子供たちの命を救ったのも、この『不条理の賢人』なのだ。
その天才ですら、一言も発さず泣きすらしない我が子を前に大きな決断を迫られている。
1時間まであと1分となった時、突如としてその赤ん坊は口を開く。
「おぎゃぁ!」
その瞬間、赤ん坊の姿は消えた。
「「━━━━━━━え?」」
両親の声が重なり、静寂が訪れる。
何が起きているのか理解できない妻の横で、天才は今の一瞬だけ目に映った魔法陣を思い返す。
まさか、そんなことがあるはずがない。
生まれたばかりの子供があの魔法を発動させた?
そんなことがあっていいわけがない。
脳内に走る困惑。
しかし、現実に起きたのだ。
自分が作り出した魔法を自分で見間違えるほど馬鹿じゃない。
だからこそ、天才は言葉を漏らし、自分自身が作ったその魔法の名を呟く。
「
何もないただの平原、私はそこに立っていた。
ついさっきまでめちゃくちゃ張り詰めた場所からの帰り道だったはずなんだけど………
そう思いながら周りを見て、気づく。
どうやら、何もないわけじゃないと。
そこにはたった1人、白い布に包まれた赤ちゃんが芝生の上にいた。
「えーっと、君が私をここに呼んだの?」
「………………」
姿勢を低くして問いかけるも、何も答えない。まるでただの屍━━━━な訳ない。
事実、この少年は活き活きとした目を見開いているのだ。
「おーい聞こえてる??」
そう問いかけて、私は自分の頭が足りなすぎるという点に気づく。
こんな赤ちゃんが喋れるわけないし言葉を理解できるわけないじゃん。
さて、どうする?
とは言っても、私ができることなんて皆無だ。
誰か………ヘルプミ━━━━!
頭を抱えた時、
「おぎゃぁ」と赤ちゃんが言葉を発す。
あれ?話通じた?
そう思って顔を上げると、そこには見慣れた人影。
だが、唐突に現れたその相手に私は驚きが隠せない。
「え!?ルーベルナ!どうしてあんたがここに!?」と、ここがどこかもわからないけどとりあえず聞いてみる。
「いえ、わかりません。
セフィルスの方が先に来たということで良さそうですね。」
彼女は首を傾げながら、そこにいる赤ん坊に目を向ける。
「芝生とはいえ地面に置きっぱなしなんてかわいそうですよ。」
そう言って白い布で綺麗に包まれた赤ん坊を素早くかつ丁寧に拾い上げる。
「よしよし、怖かったですね〜
このお姉さん力が強いですから気をつけてくださいね〜」
赤ん坊をなでなでしながら、
「赤ちゃんをあやすってこんな感じでいいんでしょうか?」と超真面目に聞いてくる。
いや、その前になんか悪者にされた気分なんですけど。
「とりあえずこの子のことより、ここはどこなのか調べれない?
わからなかったら連れて帰れるものも帰れないでしょ?」
そう聞いた私に、露骨に嫌そうな顔をしながら彼女はその赤ん坊をこちらに預けてくる。
あ、柔らかくて気持ちいい。かわいい。
「遊んでないで真面目にしてください。」
ほんのちょっと頬を緩ませただけでこの言いよう。酷すぎやしないだろうか。
小さく息をついてから、彼女は言葉を発す。
「低級魔法、
その言葉と同時に魔法陣が作られるが、すぐにそれは砕け散る。
直後、ルーベルナがごほっと大きく咳をする。
「え?ちょっと大丈夫!?」
駆け寄ろうとした私を手で制し、大丈夫だと小さく言う。
「お、思っていたより魔力がなくなってるみたいです。」
「あなたが魔力量少ないのは知ってるけど、低級魔法を1回使っただけでそんなになるレベルってこと?」
混乱で意識していなかったが、確かに魔力量が異常なまでに減っている。
「そういうことですね………
あ、あとここがどこなのかは一応わかりました。
私たちがいた場所を基準に、1万年後の世界ですね。ごほっ」
…………………ん?
聞き間違えかな?
彼女が言っていることに、私の脳が追いついていかない。
1万年。うん、1万年。1に0が四つで1万年。
………………なんで?
「え、いやいや、どういうことよ!?
1万年って何よ!?え!?ここどこよ!」
「ここは私たちというか、彼らの家があった場所です。」
「知らんし!
それより1万年経ってるほうが問題だし!
てかなんでそんな冷静なの!?」
ここどこって聞いたのはあなたじゃないですかとブツブツ言いながら、ルーベルナは理由を教えてくれる。
「おそらく1万年の時が経った理由を考えついたからですね。」
息を整え終わり、彼女は答える。
「で、じゃ、じゃあその理由って言うのは………?」
ごくりと生唾を飲み込んで、私は彼女の目を見て尋ねる。
「この赤ちゃんです。」
そう言って、ルーベルナは私が抱き抱えている子供を指す。
「は、い?
いや、そんなしょうもない嘘つかないでもろて。
本当の理由を教えなさいよ。」
笑い飛ばしてもう一度彼女を見ると、
「そこの赤ちゃんです。」という回答。
「マジで言ってる?」
「大マジです。」
いつもと同じ、ルーベルナが本気で話をしている時の目。
そして、私はやっと理解する。
この子供によって、私たちは1万年後の世界に連れてこられたのだと。
「それで、どうするの?」
近くにあった少し大きめの岩に腰掛け、私は聞く。
「どうするも何も、この子の面倒を見ながら過ごしていくしかありません。」
さっきから何かを考えているのか、彼女は赤ん坊を片手でしっかり抱えながら手を顎に当てて難しそうな顔をしている。
「この子が使った魔法ですが、制限時空超越跳躍で間違いなさそうですね。」
「?
制限時空超越跳躍って何よ。」
「いえ、もっと前の部分から擦り合わせましょう。」
私の質問をサラッと聞き流されてバカらしくなってくるが、彼女は疑問を疑問のまま放置して置かないタイプ。
自分の順番で整理すると決めたら相手の言うことなど聞かないので仕方なく口を閉じる。
「まず、この子が誰なのかは流石にわかってますよね?」
それすらも心配だという顔でこちらを見てくる彼女に、私は堂々と答える。
「エール・メルペディアくんでしょ?前から男の子だったらそう名付けようって言ってたし、男の子だってこともちょっと前からわかってたんだから。」
「そうです。
そして、この子はあの2人の力を両方引き継いでいるみたいです。
ご存知の通り、私たちの神程術式も継承させたいという話だったので、私たちは承諾しました。
よかれと思ってやったことでしたが、まさかこんなことになるなんて思いませんよ。」
頭の整理がついてきた今だからきっぱりとわかる。
私たちは、この子に神程術式によって1万年後に召喚された。
神程術式と呼ばれるそれは、継承した相手が一度でも使用した瞬間に術式が継承者に刻まれる。
そのため、一度継承が終わってしまえば、元の術式保持者は神程術式を使えない。
もっとも、継承者が元の保持者に再度術式を教えれば話は別なのだが、1万年後の世界に置いてけぼりの私たちには今どうすることもできない。
簡単に言うと、連れてこられるだけ連れてきて、戻ることはできませんということだ。
一言で言うと、詰み。
それを理解しつつも、私は尋ねる。
もっと根本の問題があるからだ。
「神程術式を継承したから私たちが呼ばれたっていうはわかってるけど、なんで普通の魔法を使えるわけ?
力を継いでいるからといって0歳の子が魔法を使えるわけないじゃない。
魔力はあっても技術含めそれ以外の全てがないんでしょ?」
再び浮かび上がってきた疑問を投げかけると、
「それに関しては、ペティアさんが魔法術式も継承させたことが理由です。
神程術式と同じように、魔法術式を魂に刻み込む魔法を開発していましたから。」なんていう回答が返ってくる。
それ、絶対簡単なことじゃないと思うんだけど・・・・・・そう思ったタイミングで、私は一発でこの状況を打開する方法を思いつく。
「あれ、でも。
メルペディアくんがもう一回さっきの魔法を使ってくれればいいだけじゃないの?」
私ってば天才ね!
「あのですね、そう簡単にポンポン発動できるものじゃないんですよ。
その上、同じ魔法で過去には行けません。
あと、1万年の時を超えるために、持っていた全魔力を使い切っていると思います。
そして、魔力が空でも使える神程術式を発見してそれも使ってみた。ということでしょう。」
そんなこと最初から選択肢にも入らないと言うかの如く即答。
私たちがここに来た流れとか、なんともありえなさそうな話だが、あの夫婦の子供。
どんなイカレポンチなことをやっても可能性自体は十分にありえると思ってしまう。
だから逆に即行で戻れましたなんてこともできるんじゃないかと思ったんですけどね。
「とりあえず、両親の話や私たちのことについては物心ついてからちゃんと話すとしましょう。
ですが、絶対に元の時代に戻れないというわけじゃありません。
私たちが全力を出すことができるくらいまで力が戻り、メルペディアくんが10歳くらいまで成長したら、きっとなんとかなります。知らんけど。」
最後につけてきた知らんけどという言葉がとてつもなく気になったが、私たちはやるしかない状況に追い込まれた。
ということで━━━━━育児します!
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