第2話 上澄との会話
ホームに降り、痴漢した中年男性を、証拠の画像とともに駅員に引き渡して、簡単な事情聴取を上澄と一緒に受けた。
それから解放された俺達は今、駅の改札口の目の前、総合観光案内所の隣にある待合所にいる。
「ほら、俺の奢りだから飲めよ。お前ミルクティー好きだったろ?」
俺はそう言って、近くにあった自販機で買った飲み物の缶を、ベンチに座る上澄に差し出した。
「······」
だが、彼女はそれを受け取りはしたものの、無言で俺の顔をじっと見続けるだけで、何も言おうとはしない。
「どうした? 痴漢に遭ったのがそんなにショックだったのか? それとも学校に遅刻する事になったのを心配してるのか? それなら、通学中の痴漢に遭った被害者は、遅刻、欠席扱いにならないって事だから安心しろよ」
俺は、上澄の隣に腰をおろすと、自分のために買った微糖珈琲の缶を手で弄びながらそう言った。
「詳しいのね」
「えっ?」
「痴漢被害についてよ。それに、痴漢を駅員に引き渡すまでの処置も、その後の聴取での受け答えも随分とスムーズにこなしていたわね。もしかして、以前にも痴漢を捕まえたことがあったりするの?」
「い、いや? そんな経験はないけどな······」
尋ねられて、俺は思わずぎくりと動揺した。
今から半年程前にこの『たましき』の世界に転生してすぐの時にも、今回と同じように痴漢に遭う上澄を助けた事があったのだ。
ゲームでもあったイベントで、それをきっかけに仲良くなれたんだが······
その事がバレてしまうのはまずい。
だって、今の俺は、主人公じゃなくモブキャラの新道春樹なんだから。
俺が元は周防新太として彼女に接していたい事が知られでもしたら、かなり面倒な事態に陥ってしまう。
それだけはなんとしても避けなければ。
「それに、他にも気になる事があるわ。あなたなんで、私がミルクティー好きだって知ってるのよ。私とあなたって、クラスメイト同士ってだけで、これまで全然接点なかったわよね」
「い、いやぁ······実はいつも昼飯の時に、何気によくミルクティーを飲んでるなーって思いながら見てたんだよな。あははっ」
俺は必死で頭をフルに働かせ、苦し紛れな言い訳を捻り出した。
「ふ~ん······」
上澄が、含むところがあるようにジト目を向けてくる。
「そ、そんな事より、もっと有意義な話しようぜ。上澄は夏休みどんな風に過ごしてたんだ?」
形勢不利と見た俺は、そう言って強引に話題を変えた。
「別に、大した事は何もしてないわよ。私は部活にも入ってないから、予備校の夏期講習にいって勉強していたくらいね」
「もう受験の勉強始めてるのか?」
「少しでも良い大学にいこうと思ったら、これくらいの時期から始めるのが普通でしょ。他の人達も大半がそうしてると思うわよ」
「そうなのか? 俺なんてろくに勉強もせずに、ゲームばかりして遊び呆けてたけどな」
「まぁ、人それぞれなんじゃない? 別に無理して大学を目指さなくても、専門学校にいって手に職をつけるのだって悪い選択じゃないだろうし、遊べる内に思いっ切り遊んでおくのも、青春の過ごし方の一つだと思うわよ」
「そう言ってもらえると、罪悪感が少しは消えるな」
「そんな事より、そろそろ電車が来る時間だから、無駄話ばかりしていないでホームに行くわよ。ミルクティーは昼休みにでも飲ませてもらうわ」
「ああ、俺もそうしようかな」
そう答えて、二人で同時に立ち上がり、改札口を抜けて、ホームへと歩く。
「そうそう、あと一つ」
その途中、俺の前を歩いていた上澄が、ふと立ち止まったかと思うと、ふわりとスカートを翻しながら振り返った。
「痴漢から助けてくれた事と、ミルクティーを奢ってくれたことのお礼を言うのを忘れていたわ。ありがとね」
照れたようにはにかみながらそう言う彼女は、とても可憐で愛おしく見えた。
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