第3話 宮澤からの誘い
私立栄峰学園は、生徒数が三百人程度の一般的な規模の学校で、一学年につき三クラスあって、二年生である俺と上澄は、その内の一組になる。
俺達は、職員室で担任の先生に、遅刻することになった経緯を説明した後、変に関係を噂されるのを避けるため、話し合って、時間をずらして教室に行くことにした。
上澄は、学園のアイドルとして広く知られているので、下手に近づこうものなら、彼女に想いを向ける男子達の怨嗟を買うことになってしまうからな。
それに俺は、モブキャラの春樹になった事で、上澄を含めた三人のヒロイン達の攻略は半ば諦めかけている。
彼女達との関係においては、俺が必死に好感度を上げておいたおかげで、新たに主人公になったやつにアドバンテージがあるだろうし、こうなってしまった以上、恋愛するのは控えて、なるだけ穏やかな高校生活を楽しみたいと考えている。
──彼女達との思い出は、胸の裡に大事に仕舞って、たまに振り返って懐かしむ程度にとどめておこう······
そんな風に感傷に浸りつつ、二年一組の教室に入ると、ちょうど一時限目が終わって休憩時間になったところで、クラスメイト達が仲の良いグループで集まる等して、ざわざわと騒がしくしていた。
俺には仲が良い友達がいないので、特に遅刻の理由を尋ねられることもなく、中央一番後ろの自分の席に着く。
「ねぇ、新道君。ボク君に聞きたいことがあるんだけど」
すると、そんなぼっちの俺に話しかけてくる存在がいた。
右隣の席に座る彼女は、『たましき』のヒロインの一人、宮澤空(みやざわそら)だ。
身長は159センチで、髪型は緩くウェーブのかかった茶髪のサイドポニーテール。
ちょっとギャルっぽい印象を受けるボクっ子の美少女だ。
成績はあまり芳しくないが、勉強が嫌いというだけで地頭は良いので、きちんと取り組みさえすればもっと順位を上げる事ができるだろう。
運動は苦手なインドア派。
コミュ力が高く誰とでもすぐに打ち解ける事ができるけれど、深く関わろうとせず、浅く広くといった感じ。
それと、彼女のキャラクターを構成する重要な要素として、周りには秘密にしているが、Vtuber事務所『ライブシャインズ』の三期生である狐火トーカの中の人として、主にゲーム実況を配信して人気を博しているというのがある。
「何かな?」
「上澄さんも珍しく遅刻して来たみたいだし、二人ってもしかして何かただならぬ関係だったりする? 接点なさそうだけど」
鋭い指摘に、俺は内心慌てながらも、平静を装って答えた。
「たまたまだよ。俺は昨夜ゲームに熱中して夜更かししたから寝坊したってだけ」
「へぇ、ゲーム! それで、どんなゲームをプレイしたの?」
「AREX(エレックス)っていうFPSだよ」
「それは奇遇だね! 実はボクもAREXは結構やりこんでいるんだ。新道君のランク帯を聞いてもいい?」
「まだ最近始めたばかりだから、やっとでシルバーに上がったところだよ」
「うんうん、そうなんだね。それじゃあ今度一緒にやらない?」
「え、俺とか?」
「もちろん!」
「でも、宮澤はもっと上位のランク帯なんだろ? 俺みたいな素人に毛が生えた程度のやつじゃ足手まといになるだけじゃないか?」
「勝てなくてもいいんだよ。楽しくプレイ出来ればそれで。ボク、同年代で一緒にAREXをプレイしてくれる人を探してたんだ。だから、せっかくこうして巡り会えたんだから、誘わない手はないよね。ねぇ、いいでしょ?」
「まぁ、そこまで言うなら」
「やった! それじゃあ、連絡先交換しようよ」
宮澤はそう言って可愛く拳を握りガッツポーズを決めると、スマホを取り出した。
そうして俺達が、SNSアプリであるRainのQRコードを交換していると、少し離れた廊下側の前の席で、二人の男女が何やら諍うのが聞こえてきた。
「いい加減にしてよ、新太! 皆がいるところでデリカシーのない事言わないで!」
「俺は夏帆が心配なだけだよ。あのいつも真面目な夏帆が、夏休み明け早々に遅刻するなんて、痴漢にでも遭ったんじゃないかって思うのも当然だろ? でも安心しろよ。明日からは俺が一緒に登校して守ってやるからな」
「お断りよ。あなたみたいなノンデリとは、一緒に登校したくないわ」
あの上澄にしつこく絡んで、鬱陶しげにされているのが、『たましき』の主人公である周防新太だ。
身長は178センチで、髪型は爽やかなマッシュショート。
モデルや俳優としてもやっていけそうな程のイケメン。
成績も毎回トップで、サッカー部のエースとして活躍しており、運動神経も抜群。
明るく優しい性格の陽キャで、クラスの一軍グループのリーダー的存在でありながら、陰キャなオタク達にも分け隔てなく接することから、皆から慕われている。
という完璧人間なわけで、俺も以前あいつだった頃はそのゲーム設定のイメージを守るために苦労したものだが、見たところどうも様子がおかしい。
新しく主人公に転生したのは、確か引きニートだったってあの駄女神は言ってたけど、ヒロインにあんな態度をとるようじゃ、この先の展開にも不安しかない。
······おいおい、俺がせっかく積み上げた好感度を無駄にするなよ······
俺はそう胸の裡で嘆く他なかった。
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