第1話 痴漢に襲われるヒロイン


 『玉虫色の四季』──通称『たましき』。

 それがこのギャルゲー世界の名前だ。

 今から半年程前の四月上旬に、俺はそこに主人公の周防新太(すおうあらた)として転生した。

 『たましき』では、私立栄峰(えいほう)学園の二年生になったばかりである新太の、それから約一年間の学園生活が描かれる。

 その中で、三人のヒロイン達との関係を深めていき、ラストで告白して結ばれるというのが最終的な目標となる。

 もちろん誰とも結ばれないバッドエンドで終わるルートを辿る事もあるが、逆に、この世界は一夫多妻制なので、三人全員と結ばれるハーレムエンドというものも存在する。

 俺はそのハーレムエンドを迎えるために、転生前の人生でやりこんだ『たましき』のゲーム知識を総動員させて、三人のヒロイン達の攻略を進めていった。

 それなのに、あの駄女神がミスったせいで、もう一度転生し直されることになってしまい、このモブキャラの新道春樹(しんどうはるき)になったというわけなのだ。


 春樹になって目覚めたのが、八月下旬でちょうど夏休み期間中。

 幸い、前回の転生時と同じように、春樹のこれまで生きてきた十六年間分の記憶が、既に頭の中にインストールされていた状態だったため、一緒に暮らしている両親とは違和感を感じさせずに接する事ができた。



 それから一週間が過ぎ、夏休みが明けた日の朝。

 俺は今、通っている私立栄峰学園に行くために、人いきれでむんむんと熱気がこもる中、蒸れるような空気に辟易としながら電車に揺られていた。

 主人公の周防だった頃は自転車通学だったため、この人混みに慣れるのはもうしばらくかかるだろう。


 そうしていると、途中の駅で停車した電車に、よく知るクラスメイトの女の子が乗りこんで来た。


 見た目にも涼しい夏服の白いブラウスに身を包んでいる彼女が、『たましき』の全部で三人いるヒロインの内の一人である上澄夏帆(うえすみかほ)だ。

 身長は165センチで、肩に当たる程度に切り揃えられた黒髪のミディアムボブ。

 可愛いと綺麗が同居した、誰もが認める美少女。

 成績は中の上で、運動はそこそこ。

 媚びないクールな性格であるため、交友関係は狭いが、心を許した相手には、砕けた態度をとり、甘えたり弱みを見せたりもする。

 母親が、上澄史帆(うえすみしほ)という名の大女優で、彼女自身もその優れた容姿を受け継いだ美少女であるため、芸能事務所からスカウトされているが、本人はどうするか迷っている。


 ······俺が主人公だった時は、二人でデートした事もあったんだけどな······


 帰らぬ過去を思いながら、接点がほとんどなくなってしまった上澄の制服姿を見つめていると、つり革を掴んで立つ彼女の背後に立つサラリーマン風の中年男性が、怪しい動きをしているのに気づいた。

 その手が、彼女の臀部を撫でている。


 ──あれは、痴漢だ。


 上澄が、辛そうに眉をひそめて、耐えるような表情をしている事からもそれは明らかだろう。

 車内はかなりの乗車率で混雑しているため、周りの人達は気づいていないようだ。


 俺はそう見てとると、スマホを取り出し、その痴漢している様をカメラアプリで撮影してから、その側に近づくと、中年男性の、上澄の臀部へと伸びている手をがしっと掴んだ。


「あんた、今その子に痴漢してたよな」


 声を低くして、凄みながら問い詰める。


「ち、違う! 俺はそんな事しちゃいない!」


 中年男性が、必死な素振りで弁解する。


「言い逃れしようとしても無駄だ。証拠はここにあるんだからな」


 俺はそう言うと、中年男性の眼前に、スマホの画面を突きつけた。


「うっ······こ、これは······」


 自分が痴漢している様が映された写真の画像を見せられた中年男性は、激しく狼狽えて言葉に詰まった。


「次の駅で降りるぞ。いいな」


 俺がそう指示すると、中年男性は観念したように項垂れながら、大人しくそれに従った。



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