第2話 『テンマサマ信仰調査報告書(抜粋)』

こちらは私達がテンマサマについて調べた資料を抜粋し、要約したものです。





『テンマサマ信仰調査報告書(抜粋)』


青森県における口承伝承の調査

著者:青森県郷土研究会




1.はじめに


 寛政七(1795)年3月、藤原真澄は平内町狩場沢を訪れ次のように記している。


 (狩場沢のせきやに来た。みな、むかしとおった道であるが、そのおり拝まなかった菅大神の小さな祠に、めをのはじめの石という変わった形の石がおさめてあった )


 「めをのはじめの石」とは、おそらく男女の性的な象徴を想起させるような形の石のことであろう。


2. テンマサマの呼称と系譜


 1. 天満宮由来説

 村に点在する祠の中に、菅大神・菅原道真公を祀ったとされる石祠がある。

 村人はこれを「テンマサマ」と呼び、学問・祈雨の神と同一視した。


 2. 土着霊の信仰説

 「めをのはじめの石」とされる性的御神体は菅原道真を祀る天満宮信仰では一般的ではなく、天満宮との関連は不明である。ある老人は次のように証言している。


 > 「テンマサマっちゅうのは、昔の怨霊さ。学問の神さまと言ってるのは、後からの取り繕いだべ。ほんとは、逆らったら祟るもんだ」


 この二つの伝承がどのように習合したのかは現時点で明らかでない。


3. テンマサマという神様について


 青森県の南部地方(上北地方、三戸、八戸近辺)では広く信仰されている神である。


 次に、現在確認できる県下の事例について挙げる。


・オデンマサマ(七戸町)

 七戸町のとある家では、丸みを帯びた重さ4㎏ほどの石を「オデンマサマ」として祀っている。


・天間天神(上北町)

 病気の神として祀られ、高さ40㎝の天間天神と刻まれた石碑があるという。

 そしてこの神は、沢の上方に祀られているという。 「テンマ」とは特定の地形をさす言葉である。


・おてんまさま(東北町)

 山の神として信仰されるオテンマサマの祠があり、霊験あらたかな神として信仰されている。

 山の栗の木を伐採したため“たたり事件”があったとされる。


・オテンマサマ(田子町)

 「山神社」に、山の神とされる女神とともに「オテンマサマ」が祀られている。

 オテンマサマは、山の神の親神であるとされている。

 女性はこの神社に行くことを禁じられ、鳥居の手前で拝んで帰ったという。


・天麻(東通村)

 東通村の八幡宮境内には五つの小祠があり、それぞれに牛頭天王、馬頭観音、龍神、妙見とともに「テンマ」が祀られているという。

 東通村史では、これを「天麻(天満) 」と表記し、菅原道真を祭神とする天神信仰について述べた項目で取り上げている。

 そしてこの「天麻」は「天神さま」であるとしている。



4.まとめ


・ 「オテンマサマ」 「オデンマサマ」と呼ばれる。


・ 「天摩」 「天間」 「天魔」 「天麻」等の字があてられる。


・ 「山の神」 「山の神の妻」 「山の神の親神」とされ、性は女性であると説明される場合が複数例みられる。


・ときに病の神として信仰される場合もある。


・ 「たたり」をもたらすとされる場合もある。


・水場の頂上台地や沢の上方(沢頭) 、山の頂、林地などに祀られる場合が多い。


 なお、テンマサマを祭祀する社祠で、神体を獅子頭(権現)によって表象しているものが複数みられる


 留意すべきは、山の神として信仰されているということと、テンマという神の名前が、テンマン(天満)と発音の上で類似しているということである。


 推測の域を出ない話ではあるが、天満宮に山の神が祀られる事例は、山の神としてのテンマが、いつしかテンマンとの音韻上の類似から、天満神として祀られるようになったものなのではないだろうか。



注)天神様とテンマサマより一部改変して引用しております。






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