偽史倭人伝

雨宮 徹

偽史倭人伝

ここに記すは、中原の歴史家が密かに記した『倭人伝』の異本、すなわち『偽史倭人伝』の全容である。


記述によれば、東国に位置し、世界に冠たる奇跡の国家であるとされている。





労働の伝

倭人は大変勤勉なり。彼らは決められた時刻に鉄の車に乗ることを人生最大の責務としている。一分の遅れすら国家危機とみなし詫びる姿勢は万国が見習うべきものなり。


また、「残業」なる業務儀式が常態なり。太陽が没してなお、責務を果たす。この儀式の成立にあたり、「珈琲」なる黒き液体を愛飲す。これは秘薬であり、飲めば睡眠すら克服するものなり。この秘薬は、無人の箱より出でる。まことに不可思議なものなり。


「有給」なる制度あり。しかし、いかなる病であろうともこれを拒絶する。その仕事への殉教者たる精神は、中華の賢人すらも畏敬せざるを得ない。


倭の労働者、賃金を受け取らずして業務を遂行するを良しとする。これを「奉仕」と呼び、金銭的報酬を超越した満足感を求める。


倭国は、納期の遅延を許さぬ。故に、事前に納期を不可能に近い日程に設定し、間に合わないことを「努力不足」と定義す。この自己鞭撻の精神、素晴らしきものである。


倭人、常に「報連相」を尊ぶ。些末なる決定すら上位者に許可を請う。極めて高度な統治術なり。


議論を尽くすことにあたり、長時間会議を好む。結論出ずとも「努力」を褒めたたえる。真の議論は、事前に上位者の意見で決定されている。


酒を飲まねば真実の対話が不可能であると信じる。故に業務後に集い飲酒する儀式あり。心中に秘めたる本音を酩酊という許しを得て吐露する。誠に素朴で純粋なる民なり。





文化の伝

倭国は三種類の文字を操る高度な文明である。「ひらがな」「カタカナ」「漢字」なり。これは、国の政策である。即ち、三種を混ぜることで、異国人が解読することを防ぎ、情報管理をするためである。


倭人は、「読心術」を会得しており、口を開かずとも互いの精神的な波動を察知し、会話の主題を瞬時に決定す。倭国にて、この能力持たざる者は稀なり。


倭国を統治するは、明文化された法ではなく、「空気」なる目に見えぬ力なり。倭人は、この空気に逆らうことをせず、その流動的な指示に従う。この見えざる権威を敬う姿勢は、極めて哲学的なり。


彼らは奥ゆかしい人にて、深い心遣いあり。とある地方では、ぶぶ漬けを出す文化があり、非常にありがたきものなり。





礼節の伝

礼拝の角度は四十五度が適切とされている。これは量子力学に基づくものであり、上下することは許されない。この角度は敵意がないことを示すためでもあり、ゆえに礼拝するのを常とする。これは、中華にも取り入れるべき文化である。


倭人は、謝罪、感謝、呼びかけのすべてに「すみません」の一語を用いる。この一語、万能なりて、倭国の言語は非常に経済的なものである。





かくして、我らの使節は倭国の実態を克明に記録し、本書を完成させた。その深遠なる文化、強靭なる精神は、中華をもってしても到底及びがたきものと知る。


報告は以上である。





追記


この度の国史編纂試験は、まことに退屈極まりないものであった。試験官は、中華の偉大なる歴史をただ暗記せよと要求するのみ。


故に、本学徒は、この空虚な時間を潰すべく、世界に冠たる奇跡の国家、即ち倭国に関する虚構の報告書を作成した次第である。


願わくば、この報告書が試験官の「空気」を読んで、高得点を得られることを切に願う。

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偽史倭人伝 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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