第2章 AIロボット店長カズトの支配

第5話 翌日の営業が始まる

 昨日は変なことが起きて佐山はよく眠れなかったが、いつも通りの就業時間の15時を5分回ったくらいに店に付きユニフォームに着替えようとした。

 

 そもそも何であのロボットがあんなニンゲンみたいに立ち回れるようになったのか疑問だ。2030年5月の現在、確かにAI(人工知能)の進化は凄まじい。銀行窓口などはほとんど、ニンゲンはいなくなった。佐山は銀行員にならなくて良かったみたいだ。もっとも大卒男子のオレが窓口業務はやらないか。


 飲食店は結局、労総集約型の産業でPOSレジ・モバイルオーダー・自動お会計機・配膳ロボ・チャーハンロボなど導入されているが所詮それらはニンゲンの管理下で動くもの。

 それらを管理するニンゲン=店長がやっぱり必要で、お客さんの細かい要求に対応するにはやっぱり何人かの従業員が必要なのである。


 だからオレはこのシゴトを選んだというのもある。将来に渡ってもニンゲンが必要とされるシゴトだからね。先を見越しているんだよね。


 聞きなれた電子音がした。AIロボカズトが近づいてくる。

 「おはようございます。」


 もう来ていたのか?

 というより、こいつはずっとこの店にいるわけだ。この店に住み込んでいるのだ。ロボットだから。


 「佐山さん、5分の遅刻ですよ。5月の社員勤怠台帳に記載されました。」

 なんだコイツ朝から。


 「佐山さん、今日は豊洲から魚が大量に納品されてますよ。一緒におろしましょう。」

 そういえば話し方も滑らかになってきていて、音声出力マシンみたいのからニンゲンの話し方に近づいてきている。

「タイゾーさんもお願いします。」


 1m四方くらいある大きな発泡スチロールの箱に中にクラッシュアイスに敷き詰められて魚が入っている。

 氷と相まってキラキラと輝いている魚は美しい。

 

 佐山はイサキを1尾取り出して触る。ハリのある魚体。鮮度が良い。

 本日入荷の魚種表を見る。今日の魚種はカンパチが3尾、イサキが20尾、カツオが5尾、アイナメが15尾

 

 豊洲の仲買業者が今日送り付けてきたトロ箱だ。

 営業までにウロコを引いてはらわたを抜いておきたい。


 佐山もカズトに指揮されるのが納得いかないが、業務として必要なことではあるのでやらなければならないのは理解している。


 「わたしがまとめてウロコを引きます。」

 「電動ウロコ引き、オン!」

 カズトは右手の五本の指のある手の部分をカパッと外して、カールドライヤーのようなウロコ引きをアタッチメントよろしくはめ変えた。


 電動ウロコ引き自体は、業界に昔からあるアイテムのひとつである。しかし自分の右手にはめ変えるなんてロボットならではだ。

 カズトは自分の右手に電動ウロコ引きを付け替えて物凄いスピートで処理していった。

 

 ロボットは疲れを知らない。ニンゲンなら、昔ながらの小さな大根おろし器のような手動のウロコ引きであれば、20尾もやれば疲れて腕力が下りスピードが落ちてくるものだ。しかし、カズトのパワーアームを見る限りまるでスピードは落ちない。


 佐山が出刃包丁を片手に魚の頭と胸ビレを落とし、魚のケツ目途からまっすぐ頭に向かって包丁を入れ腹を裂く。


 タイゾーが腹の裂け目から内臓をほじくりだす。一連の流れ作業だが、一番大変なウロコ取りが異常なスピードで行われるのであっという間に作業が片付いた。

 

 通常よりだいぶ時間が短縮されて余裕ができたこともあり、カズトはラフマンとアディーを呼んで魚の三枚おろしを教え始めた。

 カズトがイサキを1尾持ち、背から腹、くるっと回して腹から背へと小出刃包丁をなめらかに滑らせていく。

 ラフマンとアディーもイサキを1尾づつ持ち、見よう見まねで小出刃包丁を滑らせて行く。


 ラフマンはやや緊張している。包丁が微かに震える。包丁を通していく角度がよく分からない。けれどその表情は真剣で大きな瞳は輝きを放っていた。


  これがオレの望んでいたことだ。ニホンに来て魚をおろす技術を身に付けたかったのだ。調理の技術を身につけて国に帰ったらレストランを開く。これが、技能実習生としての留学の資金を援助してもらった、ibu(お母さん)との約束だ。

 

 ラフマンはうれしくて微かに涙が滲んだ。


 佐山は納得がいかない。それはラフマンとアディーのことではない。

 もとより佐山はラフマンとアディーに興味がない。


 あのロボットはいつの間に魚までおろせるようになったのか?

 おとといまでもモノを運ぶことには長けていた。確かにパワーがあって料理やドリンクを大量に運ぶことにかけては前からニンゲン以上である。


 そもそも自分の意思を持ってニンゲンのように店長として行動している。それがおかしい。

 勝手に店長宣言してもそんなもんオレは認めない。


 庭山スーパーバイザーにすぐに臨店してもらわなければ。庭山さんなら何か知っているはずだ。

 

 ちょうど1年ということで、昨日リロードしてからカズトはおかしくなったのだ。

 おかしくなったというより、進化した。

 ただのロボットから意思を持ったロボットに進化したのだ。きっと本部でリロードしたらこうなるように仕込んでおいたに違いない。


 そうか、これはワナに違いない。事業部長の水上からの指示なのか。それとも本山社長?

 何にせよ、あのロボットのお陰でオレの職場はメチャクチャだ。庭山さん来たら噛みついてやる。


 一通り魚を捌き終えてから、後処理はタイゾーに任せて佐山はバックヤードで一服した。

 するとまた、あの電子音をさせたカズトが近づいてきた。

 

 「佐山さん、手が空いているのならばバックヤードの片づけをしてもらえますか。」

 「壊れ窓理論て知ってますか?壊れたものをそのままにしておくと、そこの治安が悪くなるんです。」

 「ゴミをそのまま片付けずに散らかしたままにしておくと、従業員の気持ち徐々にすさんでいきます。」

 

 佐山の顔はみるみる強ばり沸騰した。佐山は怒りでタバコをこのロボットに押し付けてやろうかと思った。

 

 でも待てよ。


 オレもいいオトナだ冷静になれ。カズトの自信満々な態度には何か裏があるに違いない。

 確かにヒト型ロボットに変貌してからのカズトは能力が高い。ニンゲン以上かもしれない。

 

 「昨日まで店長であった佐山さんにこんなことをお願いするのはわたしも心苦しいです。しかし、今あおいとカズトとラフマンとアディーはそれぞれのシゴトをこなしています。見たところ佐山さんはお手が空いているようです。人事生産性から月間作業予定を落とし込みそこから本日ただいまのオープン前朝礼までの空き時間を考慮するとそれが今一番なお願いことだと結論されました。また、元店店長であった佐山さんがヒトが嫌がる掃除系の業務を率先することにより、従業員のマインドに変革を起こすことが可能となり、モチベーションの向上に……」


 「カズトもういい。わかった、わっかた。やるよ、やるよ。」佐山は不貞腐れるでもなくカズトの指示に従った。

 

 まいいや。こいつの能力が高いことは確かだ。しばらくはコイツの様子を観察してやろう。


 今日は庭山スーパーバイザーが臨店してくるはずだ。その時聞けばいい。これは本部の指示なのか。

 それとも……こいつの勝手なのか。

 

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