第4話 佐山の処遇

 佐山は仕方なく焼き場に行って松井さんの様子を眺めた。


 松井さんはクールなおじさんなので焦っている感じはないが、入っているオーダーの量と質をみればヤバいことは分かる。


 焼き鳥特盛セットか4つ、縞ホッケが3つ、ホタテの北海道特濃パターのせが2つ…。

 「松井さん、オレが焼き具合を見て仕上げて提供するから、新規の注文のオーダーを網にのけってくれ。」

「ありがとうございます。」


 松井さんは良くも悪くも職人気質のおじさんだ。ロボットのカズトが店を仕切っているという特殊な状況が発生しているにも関わら佐山には何も話しかけずに黙々とシゴトをこなしている。何が起きようと動じることもなく自分の与えられたタスクを黙々とこなすヒトなのだ。


 昔は頑固職人で、「手伝いなんかいらねー。邪魔すんな。」と言った感じであったが、今は違う。松井のオヤジも丸くなったものだと佐山は心の中でつぶやいた。


 鶏の脂が垂れるごとに炭から白煙があがり松井さんの額にも汗がにじむ。

 鶏串にキツネ色の焼き目が付き始めたら、かめのような壺に入ったタレに串をくぐらせて、また網に置きタレの旨味を浸透させる。


 入社15年の佐山には手慣れた作業だ。

 

 佐山は大学を卒業したあと小さな証券会社に新卒で入社した。経済学部なので何となく。銀行員はガラじゃないと思っていたから証券会社という選択になった。

 大学時代はコンパの企画サークルに入っていて連日の飲み会で楽しく過ごしていた。就活もそこそこに、まあ聞いたことあるげな名前のカイシャだからいいかなと思って最初に内定の出た証券会社に入社を決めたのだ。


 しかし、社会はあまくなかった。


 営業は成績がすべて。ノリには自信があったが、知識も人脈も経験もない若者に簡単に株は売れなかった。そもそも投資とか証券とか知識をつけるにも興味があまり持てなかった。

 お客様と契約を交わすときもあの絶対誰も読まねーだろ?と思う利用規約とか注意事項が、ホントアホらしくてついていけなかった。


 でもそこもしっかり把握することを要求された。


 3年間一応自分なりに粘って働いたが、最後の方になると株はまったく売れなくなったので、カイシャに居づらくなって逃げるように辞めた。


 しばらくフラフラしていたが、居酒屋で「君も店長のならないか?」というポスターに引かれて入ったのが今のシゴトだ。


 店長になれば、お山の大将だから何をしようと誰に細々注意されるわけではないだろうと思ってこのシゴトに決めてみたし、実際にそれは間違いではなっかた。

 ときどきやって来るスーパーバイザーの庭山だけうまくかわしておけば、そううるさいことは言われない。


 入社してもう15年以上かな?これだけ続いているということは自分に向いている職業と言えるのだろう。

 5年とかからずに店長にも成れた。

 

 居酒屋新世紀系列38店舗の中でもこのサイタマ新都心オオミヤ店は、売り上げがもともとは5本の指に入っていたAクラス店舗だ。その店で店長をはっているのはオレがサイタマ県民で家から店に近いだけではない。


 それなりに優秀だと思われているからのハズ……だ。


 炭焼き炉から燻ぶった煙が上がる。

 「ありがとうございます!」あおいとカズトの声が店内に響く。


 佐山は我に返った。だいぶお客様が引いてきたようだ。

 「佐山さん、ありがとうございました。」

 松井さんが言った。

 このおやじはオレが5年前、このサイタマ新都心オオミヤ店に赴任する前からこの店で働いていた古株だ。


 しかし、最初と最後しか口を利かない。

 このオヤジは、この店舗のオレの前任の店長である羽鳥とよろしくやっていた。オレとはウマが合わない。

 前の店長の羽鳥をリスペクトするような態度がオレを遠ざけた。

 タイゾーがオレに懐かないのもこの前任店長の影響があるようだ。


 おもしろくねーおやじだ。いつもオレのシゴトぶりに不満そうな目を向ける。

 腹にはいろいろあるが、「バイトだから黙って従います。」といったテイだ。


 そうだ、このおかしな顛末をタイゾーに投げかけてみよう。

 

 佐山は松井さんの後ろから数歩歩き、うつむき加減でトビウオの骨をピンセットで抜いているタイゾーのところに向かった。

 「おいタイゾー、あのロボットはどうなっちまったんだ。何が店長だ、ロボットのくせに。おまえ本部から何か聞いてるか?」

 

 タイゾーはまだ先ほどのクレーム対応をしてくれなかった佐山の態度を根に持っている。

 ロボットなんかどうだっていい。もうオレはこのシゴトを辞めたい。それはあんたのせいだから。

 そうだ。いいこと思いついた。もう、このシゴトを辞めるつもりなんだから、何とでも言える。


 「佐山さん、……オレはカズトの動きを見ていて、あのヒトが、いやあのロボのハタラきこそが店長だと思いましたよ。」

 「オレはロボットだろうが何だろうが、ちゃんとした行動をする店長に従うことにします!」


 佐山は呆然とした。まずこいつ、いつもオレのこと店長と呼んでいるのに急に佐山さんだ?

 そして何でロボットに従うの?こいつも頭がイカレちまったんだな。まあいい、タイゾーが何と言おうとこの店の店長を決めるのはカイシャ=本部であり、事業部長の水上さんだ。

 

 タイゾーはもういいや。安い人件費で使いやすかっただけだし。

 庭山スーパーバイザーに言って他店に異動させよう。

 あっ、辞められるとオレの評価にキズがつくから先に水上さんに根回しをしてやんわりと行こう。

 もうタイゾーとは口を利かなければいいや。業務上最低限のこと以外はね。


 佐山はタイゾーに見切りをつけて、レジ前に居るあおいのところに行った。

 帰宅ラッシュの数組連チャンのお会計を済ましたあおいはレジにたたずんで、23時を回りお客さんが引けてきた店内を見渡していた。

 

 「あおいちゃーん。」

「今日ロボットをリロードした時変なボタン押さなかった?あいつアタマおかしくなっちゃて。自分が店長ですだって。ロボットなのに。」

 

 「佐山さん、でもカズトのあの動きは店長の動きだよ。」

 オレのこと店長と呼んでいたあおいちゃんまで佐山さんと言っている……。

 

 「わたしドリンクの発注してくる。」と言ってバックヤードの行ってしまった。


 あおいまで毒されている。


 佐山はもうあきらめて、その後はただ時間が過ぎるのをやり過ごす他なかった。


 佐山は自分の立場が揺らいでいることを実感し始めていた。


 「このままでは済まさん。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る