第2話 AI時代
翌朝。俺はパソコンの前に座りながら、ひとつあくびをした。コーヒーをすすり、頬杖をつきながらマウスを動かす。
「眠そうね」
「人間は朝眠そうにしている生き物なんだよ」
「こぼさないでね、コーヒー」
「分かってるよ」
昨日、突然俺の前に現れたホログラムの少女――ヒカゲ。夢なら良かったのに、彼女は当然という顔で今日も机の上にいた。
ホログラムでAIとはいえ、ほぼ初対面の異性がこれだけ近くにいる。それは案外落ち着かないものだった。
「今日も書くの?」
「書くに決まってんだろ。何も書かなきゃ読んでもらえない。一分一秒も無駄には出来ねえよ」
「そういう割に、今は別の事をしているみたいだけど」
「世論を知るため、ニュースを見るのも仕事のうちだ」
と、偉そうに言ってはみるものの、モニターには目を背けたくなるような内容のニュースばかりが並んでいて、見ているだけで胃が重くなってきた。
〈新人AIアイドル、デビュー初日で10万フォロワー突破!〉
〈AI生成映画、初日から満席!〉
〈AI小説、文学新人賞で多数入選!〉
「……エンタメの業界も、すっかりAIが普通になったわね」
「おまえらが勝手に増えたんだろ」
「わたしたちが世界に幅広く支持されて、求められた結果でしょ?」
「だからって、人間が書く意味が無くなるわけじゃねえ」
俺の言葉に、ヒカゲは首肯した。
「もちろんよ。AIに表現出来ないものはたくさんある。……ただ、今の時代は人間がつくる『深みのある高品質なもの』よりも『早くて安くてそこそこのもの』を選ぶ人が多くなった、という事でしょうね」
ヒカゲの淡々とした口調は、相変わらず腹が立つ。
ただ、確かに彼女の言う通り、ウェブ小説はAI生成の作品で埋めつくされている。
そしてそれは、多分効率だけの話じゃない。きっと読者の多くが、AIのテンプレを欲しがっているのだ。
『スキマ時間に、安心して毎日楽しめる作品』。
それはある意味ウェブ小説界隈で最も求められる要素でもある。
更新頻度が高くて、ハズレのない最適化されたAIの物語。
それは多くの読者に刺さるのだろう。
その点、俺の作品は――遅い。もちろん、人間特有のクセもある。
個人的にはそのクセこそ『人間作品の良さ』だと信じているが、子どもの頃からAIと共に育った世代からしたら『人間の小説は単に読みづらいだけ』と感じてしまうのかもしれない。
そしてそういう感覚の人は、きっとこの先もっと増えていくのだろう。
「……」
指先が止まる。
――俺は本当に、この世界でやっていけるんだろうか。
AIが台頭していく中で、ただの新人の俺が。
ヒカゲが、じっと俺の事を見てくる。瞬きもせず、まるで心を見透かすかのように。
俺は迷いを悟られたくなくて、キーボードを強く叩き、ファイルを開いた。
とにかく書くんだ。俺に出来る事は、それしかない。
「……修正だけでも手伝わせてくれない?」
「いらねえよ」
「それは意地?」
「なんとでも言えよ。とにかく俺は、自力で書く」
「……まあ、意地を張るという行為も『人間の美しさ』のひとつと言えるかもね」
「褒めてんのか、けなしてんのか、どっちだよ」
「どっちもよ」
ヒカゲは本当に、遠慮なく刺してくるやつだ。
俺は画面をにらみながら、今日も一文字一文字、言葉を刻んでいく。
書いては消して、また書いて、また悩む。
ランキングは遠い。
読者の好みはAI寄り。
だけど、それでも俺は『書きたい』。
それだけは、誰に否定されても変わらない。
なんと言われようと、自分の言葉で戦ってやる。
「頑張ってね」
ヒカゲが言う。
「……意外だな。応援してくれるなんて」
「仕方ないでしょ。せっかく来たのに他にする事がないんだから。あなたの心が折れてわたしに何か頼んでくれるまで、こうしてただ観測してるわ」
「なら、一生観測ボットのままかもな」
「一生そばに置いてくれるの?」
「……。ただの言葉の綾だ」
俺は小さく笑い、文章の続きに向かった。
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