初めてのAI小説

さぶ。

第1話 ホログラムの少女


 最近、まだ若かった頃の夢をよく見るようになった。



――あの頃、なぜ俺はあんなにも苛立っていたのか?

 決まっている。


 『AI』のせいだ。



「……あー、くそ……やってらんねえよ……」


 悪態をつきながら、椅子に深く腰かける。

 原稿はほぼ白紙のまま。もう正午過ぎだというのに、今日のノルマの半分にも到達していない。


 俺はため息を吐きながら、天井を仰いだ。



――ウェブ小説家になってから早1年。


 昨今はAI生成小説がランキングの上位を占め、周囲の仲間たちからは「AI使わないと戦えない時代になった」「使ったらマジで世界が変わるぞ」などと遠回しに言われ――それでも俺は、頑なにAI使用を拒んでいた。


――ふざけんな。

 AIなんかに、『物語』が分かってたまるか。



 コーヒーを飲み干して、また机に向かう。

 その時、突然玄関のチャイムが鳴った。


 扉を開き、小さなダンボール箱を受け取る。差出人の欄には見慣れた文字があった。


「……親父か」



 現在一人暮らしをしており、親父とは離れた場所に住んでいるのだが、時折思い出したようにこうして小包を送ってくれる。


 ウェブ小説家と言っても、収入は雀の涙程度だ。安アパートでバイトをかけ持ちしながら細々と暮らしている身としては、ありがたい限りだ。


 缶詰め、レトルト、飲料水……。――と。

 見慣れない『何か』が入っていた。



 ……。なんだこれ。

 円盤? 皿? フリスビー?


 スイッチらしきものがついており何かの機械のようだが、何に使うのかはまったく分からない。

 セロハンテープで無造作に添えられていたメモには親父の字で、



 『息子よ、プレゼントだ。あまり無理はするなよ』



 そう書いてあった。

 見た瞬間すべてを理解し、思わず舌打ちが出てしまう。



――AIだ。


 親父のやつ、よりによってAI嫌いの俺に、AIデバイスを送りつけてくるとは。


「……」


 仕方なく、スイッチらしきものを押してみる。すると円盤は薄く光を放ち、室内に空気を震わせるような音が広がった。


 そのまま、円盤の上で光の粒が集まっていき、やがて形をなしていく。



 肩にかかる程度の、うすい銀色の髪。

 灰色のワンピース。

 表情は無機質で、どこか気の強そうな眼差しをしている。



――目が合う。

 浮かび上がった少女のホログラムは、しっかりとこちらを見据えていた。



「はじめまして、カズマ」



 機械音声という感じではない。澄んだ人間らしい声だった。

 最近のAIは、ここまで進化しているのか。


「……誰だおまえ」


「わたしはヒカゲ。あなたのお父様に名前をつけてもらったの」


「親父が? ……俺の名前も親父から聞いたのか?」


「ええ。あなた専用の設定にしてもらったわ。お父様から『息子の好きそうな女の子のタイプ』をいろいろ聞いてこの姿になってみたけど、どう?」



 言いながら、ヒカゲは背中を見せて振り返ってくる。


 確かに見た目は俺の好みだ――けど、親父のやつ。そんなのわざわざ設定して送ってくんなよ。


 だいたい、やるならせめて最後までしっかりやってくれ。

 この淡泊な口調は、多分デフォルトだ。キャラデザだけやって力つきてんじゃねえ。


「あのな、俺はAIなんか必要としてねえんだよ。帰れ」


「残念だけど、見ての通りわたしには実体がないの。もちろん、帰る場所なんてものもない。それとも、せっかく送ってくれたお父様に送り返す?」


 言い方が、いちいち癇に障る。俺は舌打ちし、とりあえず机の隅にヒカゲを置いた。

 ヒカゲはすっと目を細め、パソコンのモニターを覗き込んでくる。



「あなた、小説を書くのよね。原稿はまったく進んでないみたいだけど」


「うるせえよ。書いてる途中だ。邪魔すんな」


「アイデアに詰まっているなら、手伝ってあげられるけど?」


「必要ねえんだよ。作品は自分の手で全部書く」


「そう。なら、作業状況だけ見学させてもらうわ」



 そう言って、ヒカゲはその場にそっと座った。淡々とした口調が、本当に癪に障る。正直、放り投げてやりたい。


 ただ、一方で別の感情もあった。

 いつもはひとりで部屋にこもり黙々と執筆していて、その間は当然誰と会話をする事もない。


 その、たったひとりだった空間に、突然会話をしてくれる相手が現れた。

 認めたくはないが、そのおかげで少しだけリラックス出来たのは確かだ。



――あまり無理はするなよ。



 親父のメモが頭をよぎる。俺はキーボードを叩きはじめた。



「……執筆中は、絶対に話しかけてくるなよ」


「もちろん」



 ちら、とヒカゲの姿を見る。

 彼女の口元が、わずかにゆるんだ気がした。


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