第3話 数字の壁と小さな刺


 数日後、俺はようやく原稿を一本書き上げた。もちろん、全部自分の手でだ。


 書いては悩み、悩んでは消し、ようやく形にした久しぶりの新作。腕は痛いし、眠気もひどい。

 だけど、達成感はあった。


「投稿するの?」


「当たり前だろ。出さなきゃ始まらねえよ」


 投稿ボタンを押す時は、いつだって緊張する。期待や不安が混じり、胸が高鳴った。


 そして――三時間後。

 俺は椅子にもたれかかり、息を吐き出した。



「見ろよ、ヒカゲ。閲覧数二桁だ」


「そうね。正確には三十四。コメントはゼロ」


「なんだよ。初動としては悪くないだろ?」


「ウェブ小説家という肩書きがあるなら、もう少し伸びてもいい気がするけどね。人気のAI作家は、投稿したらすぐに日間ランキング入りだし」


「いちいちAIを引き合いに出してくるんじゃねえよ」


「事実を述べただけよ」



 ヒカゲの冷静な声が刺さる。心が弱ってる時ほど、言葉は鋭利に感じる。


――悪くはない。確かに。

 それでも、気づくとAI小説の数字と比べてしまう。


 頑張ったら頑張っただけ結果が出るような甘い世界ではない。もちろんそれは分かっている。


 ただ、相手はAIなのだ。人間に負けるのとはわけが違う。


 俺は画面を閉じ、髪をくしゃっと掻いた。



「……世間はそんなにAIばっか求めてるのかよ」


「時間は有限だもの。効率的でハズレのない娯楽に慣れてしまった世代が、AI作品に流れていくのは自然な事でしょ」


「だからって、全部AIに任せるのが正解ってわけじゃねえだろ」


「正解か不正解かじゃなくて、需要の話よ。需要は、数字に出る」



 そう言って、ヒカゲは俺の投稿ページを指し示す。

 三十五。ひとつ増えた――が、当然ランキング入り出来るような数字ではない。

 現実は残酷だった。


 机に突っ伏していると、ヒカゲが「ねえ」と声をかけてくる。



「ひとつ、言っておくわ」


「……なんだよ」


「この前も言ったけれど、わたしはあなたの『手書き主義』を否定するつもりはないの。人間の作品にはAIに無い良さがたくさんある。その事実は、これから先もずっと変わらない事よ」


「……」


「ただ、ここ数年で世界は変わりつつあるの。AI作品が世間で幅広く受け入れられるようになって、AI作家の数は爆発的に増えた。武器を持たずに同じ土俵で戦い続けるのは、けっして簡単な事じゃないわ。それくらいは分かるでしょ」


「だからAIを使って書けってか? おまえに俺の気持ちは分からねえよ」


「分からないわよ。わたしはAIなんだから」


 あっさり言われて、返す言葉がなくなった。

 ヒカゲは続ける。


「……でもね。だからこそ『分かりたい』とも思うの。わたしの事を頑なに拒んで、それでも書き続けるあなたが何を思い、何を大事にしているのか。あなたのそばにいれば、その答えが見えてくるかもしれない」


「なんだよそれ」


「この前も言ったでしょ。観測するの。あなたが自力で書き続けてくれたら、わたしはきっと人間への理解を少しだけ深める事が出来る。逆に途中で折れたら、わたしはやっとあなたの手伝いをする事が出来る。どっちに転んでも、わたしにとっては有益ね」


「……勝手にしろ。折れるつもりはねえけどな」



 ヒカゲが、ふふ、と笑った。

 俺は視線をそらし、再びモニターの数字を見据える。


 閲覧数、三十六。これが今の俺だ。



――正直、叫びたくなるほど悔しい。

 それでも、俺はキーボードに手を置く。



「よし。次だ!」



 ヒカゲに見守られながら、俺はまたキーを叩き始めた。


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