第5話 転生者は悪魔を食うらしい
「特許を申請したいんですけど」
クロはそんな言葉を、ギルドの受付で聞くのは何回目だろうと思った。
もちろん、この世界――ネイバーランドにも特許という制度は存在する。
そもそもこの世界には、知識は共有するものという文化があった。
誰か一人が権利を独占する発想がなかったのだ。
だが、転生者が『特許』という制度を持ち込んだことで流れが変わった。
アイデアを盗まれたくない魔術師たちに評判が良く、ついに王も承認した。
こうして、特許はこの世界にも普及した――というわけだ。
「それでは、特許申請書にご記入を」
転生者の男が書き込んだ書類に目を通した。
「このマヨネーズという調味料……」
……またか。
「美味しいんですよ! この世界にはないゲンダイニホンの知識で、食卓に革命を!」
転生者は自慢げに、ふんすふんすと鼻を鳴らしている。
それをクロは冷徹に見つめていた。
「たいへん申し上げにくいのですが、既に他の方が特許を取得されてます」
「へっ!?」
男は驚いたが、「い、いやまあ、他にもゲンダイニホンのものはあるし……」と気を取り直す。
「例えば、コンニャクとか日本酒とか……」
「それも特許申請されてますね」
「馬鹿な!?」
「この世界の半分は転生者ですからね。皆さん既に同じ事は考えているのでしょう」
「そんなぁ……」
転生者は、肩を落としたままトボトボと去っていった。
……今日も実に平和なことで。
「最近流行ってるよね、特許申請」
ルナはクロの仕事をチラ見していたのか、そんなことをこぼした。
「特許ってやつを取得すれば、特許料を取って金が稼げるらしいからな。転生者ってやつは本当に抜け目がないよ」
「それにしても、コンニャクとか日本酒の話を聞いてたらお腹空いてきちゃった。ねえ、今夜飲まない? ゲンダイニホン風居酒屋ってやつに興味あるんだよね」
「いいけど……ルナ、お前よく仕事外でもゲンダイニホンに関わりたいと思うよな」
「私、実はゲンダイニホンって世界に興味あるんだよね。クロは嫌かもしれないけど……」
申し訳なさそうな顔をするルナに、「気にしなくていいよ」とクロは苦笑いを返す。
その日、仕事を終えた二人は、ゲンダイニホン風居酒屋に向かった。
紙のような素材でできた照明器具――チョウチンというらしい――で照らされた、『居酒屋・にっぽん』と書かれたノレンをくぐり、カウンター席に隣り合って座る。
お通しで出された薬草のサラダを食べながら、店の様子を観察した。
座敷のほうでは、ビールの瓶を振り回しながら、男たちが大声で歌っている。やかましいが、なんだか楽しそうな雰囲気だ。
「おまかせ刺し身セットと、日本酒をください」
ゲンダイニホン風居酒屋に不慣れなクロの代わりに、ルナが注文してくれる。
「随分慣れてるな」
「実は、ひとりで飲みたいときによく来るの。ここ、にぎやかだから、ひとりで飲んでても楽しいよ」
現地人はたいてい落ち着いた雰囲気のバーを好んでいた。
あるいは冒険者の酒場のような場所。
出された刺し身を見て、クロはぎょっと目を剥く。
「こ、これ、クラーケンじゃないか?」
……これを生で?
そんな文化、聞いたことがない。
「私も最初びっくりしたよ。ゲンダイニホンでは悪魔を食べるんだなって思ったから」
クラーケンは『海の悪魔』と言われる獰猛な魔物だ。何隻もの船を沈め、その触手に狙われた獲物は生きて帰ることを許されない……。
それを「食べる」なんて発想は、少なくともネイバーランドの現地人ではありえない。
「この『ショウユ』って液体をつけて食べると、コリコリしてて意外と美味しいんだよ」
ルナが勧めてくれたので、食欲がわかないまま口に入れてみたが、クラーケンが恐ろしすぎて味がほとんど分からなかった。
座敷の方では、誰かが嘔吐する声が聞こえた。
……これが、ゲンダイニホンか。
ゲンダイニホン風居酒屋のカオスな夜は更けていく……。
〈続く〉
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