第3話:そのルビ(読み仮名)は、世界法則をハッキングする。
誤訳事件によって「アレン様に食べられたい(直球)」というヤバい属性が付与されてしまったエレナ王女を連れ、俺たちは国境を目指していた。
目的地は隣国エルドラ。
だが、そこへ至る道には最大の難所が存在する。
「……見えてきたな。あれが『嘆きの城壁』だ」
アレンが険しい顔で指差す先。
そこには、天を摩するほどの巨大な黒い壁がそびえ立っていた。
山脈の間を埋めるように建設されたその壁は、継ぎ目一つなく、絶望的な威圧感を放っている。
そして、その中央にある鋼鉄の巨大扉。
高さ50メートル、厚さは推定10メートル。
表面には無数の魔法陣が刻まれ、見るからに「通り抜け禁止」を主張している。
「通称『開かずの門』。過去300年、一度として開かれたことがない絶対防御の要塞です」
リナが教科書的な解説をしてくれる。
エレナ王女が不安げに眉を寄せる。
「追っ手の騎兵隊がすぐそこまで来ています。なんとかしてここを突破しないと……」
「任せろ」
アレンが前に出た。
また始まった。カッコつけタイムだ。
「300年開かなかった? それは俺が来ていなかったからだ」
アレンは聖剣『エクスクルーシブ』に魔力を込める。
刀身が黄金に輝く。おお、普通にカッコいい。
「必殺、スターダスト・ブレイカー!!」
アレンが光の斬撃を放つ。
轟音と共に斬撃が城門に直撃した。
――カィィィン!!
軽快な金属音が響き、斬撃は霧散した。
城門には傷一つついていない。
「……硬いな」
アレンが冷や汗を流しながら呟く。
「硬いとかいうレベルじゃないですよ! 魔法障壁も掛かってます!」
リナが炎魔法を撃ち込むが、それも表面で弾かれる。
盗賊のサラが扉の隙間を調べようとするが、そもそも隙間がない。
「どうしよう……後ろから追っ手が……!」
エレナが震え出す。
万事休す。
物理も魔法も通じない。完全に詰みだ。
(やれやれ。脳筋どもめ)
俺はため息をつく(概念で)。
俺には見えていた。
この城門が「開かない理由」が。
俺の視界(テキスト解析モード)では、この城門のオブジェクト名が表示されている。
【 対象:絶対封印の城門 】
この世界の物質には、すべて「名称(定義)」が存在する。
この門は「絶対封印」と定義されているからこそ、物理攻撃を受け付けないのだ。
ならば、その定義をいじればいい。
(新スキル、テスト起動。『ルビ振り』)
俺はキャレットを移動させ、城門の上に浮かぶ**【絶対封印の城門】**という文字列にアクセスした。
日本の漫画やラノベには、「本気」と書いて「マジ」と読ませる文化がある。
「強敵」と書いて「とも」と読ませる文化がある。
つまり、「読み仮名(ルビ)」は、その言葉の意味を上書きする力を持つ。
俺はキーボードを叩く。
【絶対封印の城門】という重々しい漢字の上に、ふざけたルビを入力していく。
入力文字列:『じ・ど・ウ・ど・あ』
エンターキー、ッターン!!
刹那。
世界に異変が起きた。
【 絶対封印の城門(じどうどあ) 】
その瞬間、城門の性質(プロパティ)が書き換わった。
「絶対に開かない封印」から、「センサーに反応して開く親切設計」へ。
アレンが城門の前で絶望して膝をついていた、その時だ。
ピンポーン♪
ダミ声のような、どこか懐かしい電子音が響いた。
某コンビニの入店音だ。
ズゴゴゴゴゴ……
300年間、微動だにしなかった高さ50メートルの鋼鉄の扉が、左右にスムーズにスライドし始めた。
「「「は?」」」
アレン、リナ、サラ、エレナの声が重なる。
重厚な見た目とは裏腹に、扉はあまりにも軽やかに、そしてウェルカムな雰囲気で全開になった。
「あ、開いた……?」
アレンがポカンとしている。
「俺の……斬撃が、時間差で効いたのか?」
すかさず俺は、アレンの横にポップ体でツッコミを入れる。
『※違います。センサーが反応しました』
「センサー!? 何の!?」
「とにかく開きましたよアレン様! 急ぎましょう!」
一行は呆然としたまま、開かれた門を通過する。
門を抜けた先には、国境警備兵たちの詰め所があった。
当然、彼らもパニックになっている。
「なっ、なんだ!? 『開かずの門』が勝手に!?」
「敵襲か!? 侵入者だ!!」
数十人の兵士が槍を構えて立ちはだかる。
アレンが再び剣を構える。
「くっ、やはり戦闘は避けられないか……!」
面倒だ。
俺は再び「ルビ振り」の構えをとった。
敵の武器を見る。彼らが持っているのは【鋼鉄の槍】だ。
俺はすべての槍に対し、一括選択(Ctrl+A)でルビを振る。
【 鋼鉄の槍(こんにゃく) 】
兵士たちがアレンに向かって槍を突き出す。
「死ねぇぇぇ!!」
だが、槍の穂先がアレンの鎧に触れた瞬間。
ぷるん。
という情けない感触と共に、槍がふにゃふにゃに曲がった。
「え?」
兵士が自分の槍を見る。
カチカチだったはずの鋼鉄が、灰色でぷるぷるした、おでんの具のような物質に変わっている。
「な、なんだこれ!? 柔らかい!?」
「槍が……萎えた!?」
戦場はカオスだ。
兵士たちは必死にこんにゃくでアレンを叩くが、ペチペチという水っぽい音がするだけでダメージはゼロ。むしろ出汁の匂いが漂い始めた。
「なんなんだお前たちはーーッ!!」
警備隊長が泣き叫ぶ。
アレンは状況が飲み込めず、自分の鎧についたこんにゃく片を見つめている。
「……俺の防御力が、高すぎるのか?」
『※はいはい、そういうことにしておきましょう』
俺は適当に流し、一行を先へと促した。
◇
国境を越え、安全圏に入ったところで一息つく。
エレナ王女が改めてアレンに感謝を述べる。
「アレン様、すごい……。あの伝説の城門を開き、敵の武器を無力化するなんて」
「ふっ、まあな。俺の本気を出せば、あんなものは豆腐(こんにゃくだけど)のように柔らかいのさ」
アレンが調子に乗っている。
その頭上に、俺はこっそりとステータスを表示してやった。
勇者アレン
称号:こんにゃく崩し
備考:今朝、寝癖を直すのに30分かけた
「ジマク!! 余計な情報を出すな!!」
アレンが空を殴る。もちろん空振りだ。
だが、俺は気づいていなかった。
この「ルビ改変」という行為が、世界の管理者の監視網に引っかかったことを。
遥か上空。
俺たちを見下ろす雲の隙間に、一瞬だけ赤い警告ウィンドウが表示され、すぐに消えた。
【 WARNING:不正な記述を検知しました。修正パッチを準備中…… 】
俺たちの旅は、ここから「世界のバグ」との戦いになっていく。
が、とりあえず今は、こんにゃく臭くなったアレンの鎧を洗うのが先決だった。
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