第2話:翻訳機能はバリ3ですが、精度は圏外です。

異世界に転生して数日が経った。


俺こと「ジマク」と、残念イケメン勇者アレンの旅は、驚くほど順調(?)に進んでいた。



俺はアレンの視界の隅に、常にミニマップと現在時刻を表示し、ナビゲートを行っている。


完全に高性能カーナビの扱いだ。


「ふっ……今日の風は、少し騒がしいな」


街道を歩きながら、アレンがキザな台詞を吐く。



俺は即座に、彼の顔の横にポップ体で注釈を入れる。


『※ただのそよ風です。風速2メートル』


「だから雰囲気を壊すなと言っているだろう、ジマク!」


アレンが虚空に向かって怒鳴る。


魔法使いのリナと、盗賊の少女サラ(名前を聞いたらサラだった)は、もう慣れたもので「また勇者様が独り言を……」と生温かい目で見守っている。


俺たちの関係性は奇妙な安定を見せていた。


俺は声が出せないが、空中に文字を表示することで意思疎通は可能だ。


ただし、フォントサイズを上げすぎると物理的な質量を持ってしまい、会話のたびに周囲の木々をなぎ倒してしまうため、普段は「8pt(極小)」でひっそりと会話している。


そんな時だった。


「――ッ! 前方に馬車! 何者かに追われています!」


先頭を歩いていたサラが鋭い声を上げた。


見れば、豪奢な装飾が施された馬車が、砂煙を上げてこちらへ爆走してくる。


その後ろには、黒い鎧を着込んだ騎兵隊が十数名。明らかに友好的な雰囲気ではない。


「助けを求めているのか……? よし、行くぞ!」


アレンが聖剣『エクスクルーシブ』を抜き放つ。


こういう時の判断の早さと、顔の良さだけは主人公級だ。(中身はともかく)


馬車は俺たちの目の前で急停車した。


御者が矢を受けて倒れ、制御を失ったのだ。


ガタァン! と激しい音を立てて馬車が傾き、扉が開く。


中から転がり出てきたのは、一人の少女だった。


透き通るような銀髪。宝石のような紫の瞳。


ドレスは泥で汚れているが、その気品は隠しようがない。


間違いなく、高貴な身分の人間だ。


少女はアレンを見上げ、涙目で何かを訴えかけてきた。


「£%#&! ¢£△◆#、▼※◎……!!」



……ん?


アレンが困惑した顔をする。


「なんだ? 言葉が……分からない?」


どうやらこの世界には共通語以外にも言語があるらしい。



少女の言葉は、アレンたちの耳には雑音にしか聞こえていないようだ。


少女は必死だ。アレンの足元にすがりつき、追っ手の騎兵たちを指差して、悲痛な叫びを上げている。


「£%#&――!!」


「ま、待ってくれ、何を言っているのかさっぱり……」



アレンがタジタジになる。


ここで俺の出番だ。


(ふふふ、任せろアレン。俺には前世で培った「Google翻訳」……じゃなかった、スキル『自動翻訳』がある!)



俺はシステムウィンドウを開く(脳内で)。


言語解析開始。


対象言語:古代西方語(方言強め)。


…よし、解析完了。



俺は自信満々で、少女のセリフの下に「日本語字幕」を表示した。


映画の字幕のような、読みやすいアンチック体だ。


少女:「£%#&! ¢£△◆#!!」


字幕:『※おいしそうです! 今すぐ煮込んで食べてください!!』


「は?」


アレンが凍りついた。


リナもサラも「えっ」と絶句する。


少女はさらに続ける。涙を流しながら、自分の胸元を強く握りしめて訴える。


少女:「▼※◎、☆★●&%……!」

 

字幕:『※私は新鮮な食材です。賞味期限が切れる前に、骨の髄までしゃぶり尽くして……!』


「ちょ、ちょっと待てぇぇぇ!!!」



アレンがのけぞった。


「な、なんだこの女!? ドMか!? それとも自分を食料だと思っている新種のモンスターなのか!?」


(あれ? おかしいな。翻訳エンジンの調子が……)



俺は焦った。


どうやら「助けてください(命を預けます)」というニュアンスが、方言のせいで「命を捧げます」→「献上します」→「食材として提供します」と、最悪の形に変換されているらしい。



だが、アレンには俺の誤訳が見抜けない。


少女はアレンの反応を見て(助けてくれると勘違いして)、期待に満ちた目でアレンの手を取った。


「◎△$♪(お願いします)!」


字幕:『※いただきます(合掌)』


「いや俺が言うセリフだろそれ!!」


アレンがパニックに陥っている間に、追っ手の黒騎士たちが追いついてきた。



彼らは馬から降り、剣を抜いて殺気立っている。


騎士の一人が、低い声で何かを言った。


「■■■、〓〓〓……」


アレンが警戒する。


「くっ、追っ手か! こいつらは何を言ってるんだ、ジマク!」



俺は名誉挽回とばかりに、騎士の言葉を翻訳する。


今度こそ正確に伝えるぞ。


原文のニュアンスは『邪魔をするなら殺す。その女を引き渡せ』だ。


出力!


字幕:『※横取りするな。その女は俺たちのメインディッシュだ』


「やっぱりカニバリズム集団じゃねーか!!!」


アレンが絶叫した。

「この国どうなってんだ!? どいつもこいつもグルメ志向が歪みすぎだろ!」



騎士たちはジリジリと間合いを詰めてくる。


アレンは少女(食材志願者)を背にかばい、聖剣を構えた。


「くそっ……! 食べるなら俺を倒してからにしろ! 俺は偏食家じゃないが、ゲテモノ料理人の相手はお断りだ!」


騎士たちはアレンの言葉が分からないが、敵対行動をとったことは理解したらしい。


一斉に襲いかかってくる。

「アレン様、来ます!」


リナが魔法の準備をする。


だが、多勢に無勢だ。騎士たちの剣技は鋭く、アレンたちは防戦一方になる。

(まずい。誤訳で場を混乱させてしまった責任を取らねば)


俺は翻訳モードを終了し、**「戦闘モード」**へ切り替えた。



前回は「フォントサイズ(物理)」で戦ったが、今回は別の手を使おう。


敵は言葉が通じない。


ならば、「言葉」を強制的にねじ込んでやればいい。


俺は騎士団長の頭上にターゲットを絞った。


彼が部下に「突撃(チャージ)!」と号令をかけようとした、その瞬間。


俺は彼の頭上の「空いているスペース(吹き出し予定地)」に、強引にテロップを割り込ませた。


騎士団長:「■■■ー(突撃)ー!!」


俺の生成した字幕:『※全員、回れ右して帰宅せよ』


ピタリ。


突っ込もうとしていた部下の騎士たちが、急ブレーキをかけた。


彼らは困惑した顔で、団長の頭上に浮かんだ「命令文(字幕)」を見つめている。


(……効いた!)


この世界の住人は、「耳で聞く音」よりも「視覚情報としての文字」を無意識に優先してしまう性質があるようだ。



あるいは、俺という「字幕」が持つ権限が、音声よりも上位にあるのかもしれない。


騎士団長は焦った。なぜ部下が止まるのか分からない。


彼は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「■■■! ▼▼▼(何をしている! 殺せ)!!」


俺は即座に、リアルタイム字幕生成(改竄)。


フォントは威厳のある「教科書体」だ。


字幕:『※今日はもう解散だ。お母さんが心配しているぞ』


ガシャーン。


部下の一人が剣を落とした。


別の部下が「マ、ママ……」と呟いて(いるように見える)、戦意を喪失していく。


団長が叫べば叫ぶほど、その頭上には『※残業反対』『※給料未払い』『※実は団長のカツラはずれます』といった、軍の士気を下げるテロップが量産されていく。


「な、なんだこれは……!?」


アレンも呆気に取られている。

「敵が……勝手に内輪揉めを始めた?」


最後には、俺は団長の頭上に、特大の文字でこう表示した。


『E N D』


映画の終わりのような、決定的な「終わり」の文字。


それを見た瞬間、騎士たちは「あ、終わったんだ」と本能的に悟ってしまったらしい。


彼らは礼儀正しく一礼し、そそくさと撤退していった。


団長だけが「待て! まだ終わってない!」と叫んでいたが、彼の頭上にスタッフロール(架空の出演者リスト)が流れ始めると、彼自身の存在がフェードアウトするように薄れ、泣きながら逃げ去っていった。


後に残されたのは、静寂。


そして、アレンにしがみつく銀髪の美少女。


彼女はキラキラした瞳でアレンを見上げ、何かを言った。


「£%#&……(助けてくださって、ありがとうございます)」


俺はここぞとばかりに翻訳を表示する。


今度は、ちょっとだけ補正をかけて。


字幕:『※あなたに惚れました。どうか私を食べてください(性的な意味で)』


「だから食わねえって言ってんだろ!!!」


アレンの悲鳴が森に響き渡った。



その後、魔法使いのリナが翻訳魔法(最初から使えよ!)を使い、誤解は解けた。



少女は隣国エルドラの第3王女、エレナであることが判明した。



政変に巻き込まれ、逃げてきたらしい。

「アレン様、本当にありがとうございました」


エレナ王女は流暢な共通語で(翻訳魔法のおかげで)礼を言った。



だが、時折アレンを見る目が熱っぽい。


どうやら俺の誤訳字幕がサブリミナル効果のように刷り込まれ、「アレンに食べられたい(?)」という歪んだ好意が芽生えてしまったようだ。


アレンは疲れた顔で空を見上げる。


「おいジマク……お前の翻訳機能、二度と使わんからな」

『※善処します』


俺は明朝体で短く返し、システムをスリープモードに入れた。


やれやれ、言葉とは難しいものだ。


こうして俺たちのパーティに、新たに「誤解系王女」が加わることになったのだった。

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