第4話:そのフォントの角、聖剣より鋭利につき。
第4話:そのフォントの角(カド)、聖剣より鋭利につき。
国境を越え、エルドラ領内に入った俺たち一行は、魔王軍の前線基地へと続く「暗闇の洞窟」を進んでいた。
ジメジメとした湿気。天井からしたたり落ちる水滴。そして、どこからともなく漂う腐敗臭。
いかにもRPGのダンジョンといった雰囲気だ。
俺は視界の右上に、現在の環境ステータスを表示し続けている。
【 現在地:暗闇の洞窟(地下2階) 】
【 気温:14℃ 湿度:85% 不快指数:高め 】
先頭を歩くのは、当然ながら勇者アレンだ。
彼は左手に松明を持ち、右手を腰の聖剣に添え、油断なく周囲を警戒している――ふりをしている。
「……静かすぎるな。嵐の前の静けさというやつか」
アレンが低い声で呟く。
洞窟の反響効果も相まって、そこそこ渋い声に聞こえる。
だが、俺の「生体スキャン」機能は誤魔化せない。
俺はアレンの背中に、ポップ体でこっそりと注釈を入れる。
『※現在、心拍数160。帰りたいと思っています』
「ち、違う! これは武者震いだ! 戦闘への昂ぶりだ!」
アレンが即座に反応して振り返る。
俺の声(文字)はパーティメンバーにしか見えない設定にしているが、相変わらずアレンは自分の評価に敏感だ。
「アレン様、無理はなさらないでください。アレン様のその繊細な感性も、私は素敵だと思います」
魔法使いのリナが、うっとりとした表情でフォローを入れる。
彼女のアレンに対するフィルターは、もはや曇っているどころか塗装されているレベルだ。アレンが何をしても「素敵」に変換されるらしい。
「ふん、軟弱な。勇者というからには、もっと堂々としてもらわないと困りますわ」
後ろをついてくるエレナ王女(誤訳被害者)が、ドレスの裾を持ち上げながら毒づく。
彼女は第2話の誤訳事件以来、「私を食べてくれないアレン」に対してツンケンした態度を取っているが、その実、誰よりもアレンの近くをキープしている。ツンデレの教科書のようなムーブだ。
「しっ! 静かに! 何か来ます!」
盗賊のサラが鋭い警告を発した。
彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、洞窟の奥から突風が吹き荒れた。
ただの風ではない。熱風だ。
洞窟内の湿気が一瞬で蒸発し、白い霧となって視界を覆う。
「ククク……よくぞここまで来たな、人間どもよ」
霧の向こうから、地響きのような声が響いてきた。
ゆらりと現れた影。
それは、身の丈3メートルはあろうかという巨漢だった。
全身を赤黒いマグマのような輝きを放つフルプレートアーマーで覆い、背中にはコウモリのような皮膜の翼が生えている。
手には、俺の身長(もしあればだが)の倍はある巨大な大鎌が握られていた。
俺は即座に敵の頭上に、鑑定結果を表示する。
【 魔王軍四天王・『獄炎のガラム』 】
【 推定レベル:65 】
【 弱点:水、精神攻撃、タンスの角 】
出た。中ボスだ。
しかも四天王。レベル65は、現在レベル28のアレンたちにとっては「無理ゲー」の領域である。
「我は魔王様より、この地の守護を任されし者。貴様らの旅も、ここで終わりだ」
ガラムが一歩踏み出すと、地面の石が熱で融解し、ジュウと音を立てた。
圧倒的な強者感。
これにはアレンも顔面蒼白だ。
『※膝が笑っています(震度4)』
俺は実況を忘れない。
「う、うるさい! 俺は勇者だ! こんなところで退くわけにはいかないんだ!」
アレンが震える手で聖剣を引き抜く。
恐怖に打ち勝とうとするその姿だけは、まあ、褒めてやってもいい。
「行くぞみんな! 合わせろ!」
アレンが特攻する。
「聖剣技・ライトニングスラッシュ!!」
黄金の光を纏った剣速。
だが、ガラムは動じない。大鎌を軽く振るうだけで、アレンの必殺技を受け止めた。
ガギィィィン!!
「ぬるい」
ガラムが鼻で笑う。
「その程度の剣圧で、我の『焦熱甲冑』を貫けるとでも?」
ガラムが腕を振るうと、アレンはボールのように吹き飛ばされ、洞窟の岩壁に叩きつけられた。
「アレン様!!」
リナが叫び、炎の魔法を放つ。
「ファイアボール!」
だが、炎の魔人であるガラムに炎魔法が効くはずもない。火の玉はガラムの鎧に吸い込まれるように消滅した。
「魔法使いか。我に火遊びを挑むとは滑稽な」
「くっ……じゃあこれは!?」
サラが背後に回り込み、短剣で関節の隙間を狙う。
しかし、ガラムの体から噴き出す熱波が障壁となり、近づくことすらできない。
「熱っ! 近づけない!」
強い。
シンプルにステータスが違いすぎる。
アレンがふらふらと立ち上がる。
「まだだ……まだ終わらんぞ……!」
「ほう、しぶといな。ならば、灰すら残らぬよう消し炭にしてくれる」
ガラムが空中に浮かび上がった。
洞窟内の温度が急激に上昇する。
天井の岩が赤熱し、ポタポタと溶岩のように垂れてくる。
「見るがいい! これぞ我が最大の奥義!」
ガラムが大鎌を掲げると、その先端に超高密度の火球が生成され始めた。
太陽の欠片を持ってきたかのような、直視できないほどの輝き。
これはまずい。
直感的に理解した。あれが放たれれば、この洞窟ごと俺たちは蒸発する。
「冥府の底より来たる煉獄の炎よ! 全てを無に帰す赤き絶望となれ!」
ガラムの詠唱に合わせて、空間に禍々しいエフェクト文字が浮かび上がる。
魔王軍特有の、演出過剰なスキル名のテロップだ。
【 終焉を招く焦熱の地獄業火(カタストロフィ・ヘル・プロミネンス) 】
文字自体が燃えている。
なんて仰々しいフォントだ。たぶん「闘龍書体」とかそのへんの、年賀状ソフトに入っている筆文字フォントだろう。
アレンたちが絶望の表情で見上げている。
「あんなの……防げるわけない……」
リナがへたり込む。
だが、俺は冷静だった。
俺は肉体を持たない。熱さを感じない。
俺が感じるのは、目の前に表示された「テキストデータ」の構造だけだ。
(派手な名前をつけやがって。名前負けさせてやるよ)
俺は意識を集中する。
俺の世界(UI)において、敵の技名は「確定した現象」ではない。単なる「編集可能な文字列」に過ぎない。
俺はキーボード(脳内)を叩き、ガラムが展開したスキル名テロップにハッキングを仕掛けた。
アクセス承認。
編集モード起動。
俺は、燃え盛る**【 終焉を招く焦熱の地獄業火 】**という文字列を、バックスペースキーで連打して削除していく。
文字が消えるたびに、ガラムの頭上の火球から「ヤバい気配」が薄れていく。
「な、なんだ!? 魔力が……霧散していく!?」
ガラムが焦りの声を上げる。
俺は空になったテキストボックスに、新たな技名を入力した。
もっと平和で、もっとショボくて、殺傷能力皆無な名前を。
変換候補選択。
確定。
ッターン!!
【 焚き火(弱火) 】
書き換え完了。
その瞬間、世界が「再定義」された。
洞窟を揺るがしていた轟音が消えた。
肌を焼く熱波が消えた。
ガラムの掲げた大鎌の先にあった太陽のような火球は、シュウゥゥ……と音を立てて縮小し、最終的に「パチパチ」と心地よい音を立てる、小さな炎の塊になった。
大きさで言えば、キャンプ場の竈(かまど)で揺れる、マシュマロを焼くのに丁度いいサイズの火だ。
「は?」
ガラムの声が裏返った。
彼は自分の武器の先で揺れる、可愛らしい炎を凝視している。
「な、なんだこれは……? 我のカタストロフィが……なぜこんな、ソーセージを焼くのに丁度よさそうな火に……!?」
アレンたちもポカンとしている。
さっきまでの死の恐怖が嘘のように、洞窟内には「キャンプ場の夜」のような安らぎが満ちていた。
「今だ! アレン、攻撃しろ!」
俺は文字で指示を出す。
だが、アレンはまだ呆気に取られている。
「え、あ、いや……雰囲気が違いすぎて、どう反応していいか……」
本当に使えない勇者だ。
相手が混乱している今が最大の好機だというのに。
ガラムも「ええい、何かの間違いだ!」と再び魔力を練り直そうとしている。
これ以上、技を出されると面倒だ(また編集するのが疲れる)。
(仕方ない。俺がやる)
俺は攻撃モードへの移行を決断した。
第1話では「岩」を落として圧殺した。
第2話・3話では情報の改竄で戦った。
だが今回は、原点回帰の「物理」でいく。それも、最大級に痛いやつだ。
俺はフォントライブラリを開いた。
この世界には存在しない、俺の前世のPCに入っていた無数のフォントたち。
その中から、最も「殺傷能力」が高い形状を選ぶ。
明朝体? いや、あれは「切れ味」はあるが、重みに欠ける。
丸ゴシック? 論外だ。優しすぎる。
俺が選んだのは、プレゼン資料のタイトルで最強の視認性と威圧感を誇る、あの王道フォントだ。
セレクト:『HG創英角ゴシックUB(ウルトラ・ボールド)』
このフォントを知っているか?
極太の線。定規で引いたような直線。
そして何より、その「角(カド)」の鋭角さ。
文字の端々が、まるでレンガブロックの角のように、90度の鋭利な凶器となっているのだ。
俺はサイズを「999pt」に設定。
さらにオプションで【 太字(Bold) 】、【 袋文字(アウトライン)解除 】、【 塗りつぶし:黒(硬度MAX) 】を選択。
狙う部位は、ガラムの足元ではない。頭上だ。
そして、ただ重いだけの文字ではない。
「角」の痛みを最大限に味わえる漢字を一文字、入力する。
生成文字列:
『 角 』
エンターキーを、ッターン!!!
ズンッ……!
空間が軋んだ。
ガラムの頭上5メートルの位置に、漆黒の質量物体が出現した。
それは文字というより、もはや建築物だった。
一辺が3メートルはある巨大な「角」という漢字。
創英角ゴシック特有の、無慈悲なまでに四角いフォルム。
特に、一番上の「ク」の部分と、中央を貫く縦棒の先端が、凶悪なプレス機のように下を向いている。
「……あ?」
ガラムが頭上の影に気づき、見上げる。
次の瞬間、物理法則(重力)が仕事をした。
ドォォォォォォォォォン!!!
凄まじい衝撃音が洞窟を揺らした。
巨大な「角」の文字が、ガラムの脳天に直撃したのだ。
だが、ただの打撃ではない。
ゴキッ! グシャッ!
という嫌な音と共に、文字の鋭利な「カド」が、ガラムの堅牢な兜の隙間にジャストフィットし、さらに肩のアーマーの継ぎ目に深く食い込んだ。
「ギャアアアアアアア!!!」
ガラムの絶叫が響き渡る。
それは戦士の叫びではない。
タンスの角に足の小指を全力でぶつけた人間が出す、あの情けない、しかし魂の底からの悲鳴だ。
「い、痛いぃぃぃ! 重いのもあるけど、カドが! カドがピンポイントで鎖骨に!!」
「なんでこんなに角ばってるんだ貴様の攻撃はぁぁぁ!!」
ガラムが文字の下でもがき苦しむ。
HG創英角ゴシックUBの角は、ダイヤモンドよりも硬く、レゴブロックを踏んだ時の痛みを100倍にした破壊力がある(俺調べ)。
アレンたちがドン引きしている。
「うわぁ……あれは痛い。見てるだけで痛い」
「物理攻撃というか、精神に来る痛みですね……」
俺は容赦しない。
まだガラムの体力が残っている。
トドメだ。
俺はさらなる「角攻撃」を重ねることにした。
文字の二段重ねだ。
入力文字列:『 箪 笥 (タンス)』
ドォン!! ドォン!!
巨大な「箪」と「笥」の文字が、苦しむガラムの上にさらに落下した。
特に「笥」の字の「口」の部分の角が、ガラムの足の小指あたりを直撃する軌道を描いた。
「ひぎぃぃぃぃ!! 小指ぃぃぃ!!」
ガラムは白目を剥き、痙攣し、そして動かなくなった。
魔王軍四天王・獄炎のガラム。
彼を倒したのは聖剣でも魔法でもない。
「フォントの角」による、あまりにも理不尽な物理暴力だった。
……シーン。
静寂が戻った洞窟に、パチパチという「焚き火(弱火)」の音だけが響いている。
巨大な黒い文字の山の下で、最強の鎧を纏った戦士が伸びている。
あまりにシュールな光景だ。
アレンがおずおずと近づき、剣先で文字をつつく。
「……死んでるのか?」
『※気絶しています。あと、小指が骨折しています』
俺は明朝体で淡々と報告した。
アレンが深いため息をつく。
「なぁジマク。俺、今回も何もしてないんだけど。剣振って吹っ飛ばされただけなんだけど」
『※いいえ、素晴らしい囮役でしたよ。ナイスガッツ』
「絶対思ってないだろそのフォント(ポップ体)!」
リナが駆け寄ってくる。
「すごいですアレン様! アレン様の気迫に押されて、敵が勝手に自滅しました!」
「いやリナ、今の見てた? 明らかに上から文字が落ちてきたよね?」
「ええ、アレン様の覇気が具現化したんですね! さすがです!」
……この娘も大概だな。
まあいい。結果的に勝てたのだ。
俺は勝利のファンファーレ代わりに、空中に金色の文字で
【 V I C T O R Y 】
と表示し、花火のようなパーティクルを散らしてやった。
こうして、最初のボス戦は幕を閉じた。
この戦いで俺が得た教訓は二つ。
一つ、敵の必殺技は名前を変えればただの演出になる。
二つ、「ゴシック体の角は、聖剣よりも強し」。
俺たちは文字の山を迂回し、洞窟の奥へと進む。
そこには、魔王城へと続く地図と、ガラムが隠し持っていた宝箱(中身はポーションと、なぜか湿布薬)があった。
これからの旅も、俺の「タイピング」と「フォント選び」にかかっている。
次はどんな文字で敵を殴ろうか。
俺は内心でワクワクしながら、まだ足の震えが止まらない勇者アレンの背中を見守るのだった。
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