第11話 一灯照(いっとうしょう)
冬の朝日が、舶灯館のロビーに静かに差し込んでいた。
今日は予約客が一人もなく、時計の秒針だけが規則正しく響いている。
予約台帳を閉じ、千尋は小さく息を吐いた。
(まだ——足りない)
胸の奥に、焦りがじわりと滲む。
蓮も同じ気配を感じたのか、黙ってロビーの灯りを見上げていた。
そのとき——
「おはようございます!」
明るい声が静寂を弾いた。
瑠夏が勢いよく駆け寄り、スマホの画面を二人に差し出した。
「今日の放課後、商店街の広場で 前にお話しした 灯火ステップ をやります。」
「商店街で、ともしびステップ?」
「はい、商店街の広場の、露天風呂をイメージしたスペースで灯りを並べて、
制服でダンスをするんです。
街の灯りとかぼすの香りを背中に——
“まだ灯りは消えてない”って全国に伝えます。」
SNS投稿には、こう書かれていた。
#灯火(ともしび)ステップ
17:00 蒼ヶ崎商店街ひろば
灯りは消さない
無料 見学自由
「ここは、人がたくさん来たら危ないから、外でやります」
瑠夏は笑った。
「手伝わせてください。」
その瞬間、千尋の目から、涙が一粒落ちた。
「ありがとう……本当に、ありがとう。」
「灯り、絶対消させません。」
◇
夕闇がゆっくりと街を包み込むころ、
商店街の中央に設置された即席ステージに、柔らかな灯りがともった。
温泉の露天風呂から立ち上る白い湯気が、冬の空気に溶けながら薄く漂う。
その湯気を背に、五人の女子高校生が、一列に静かに並んだ。
センターに立つ瑠夏が、胸の前でそっと手を合わせる。
制服のスカートが風に揺れ、素足が凛と地面を捉えた。
照明が落ち、観客の息がひとつ止まる。
——トン。
床を踏む小さな音が、闇を震わせた。
次の瞬間、五人の足が一斉に動き出す。
裸足で地面を叩く音が、鼓動のように重なっていく。
腕の軌跡が灯りを払うように弧を描き、髪が光の中で流れる。
力強く、美しく、全身で前を向く踊りだった。
五人の息は狂いなく揃い、動きが波のように広がる。
観客は言葉を失い、その場にただ立ち尽くした。
商店街の店主や漁師たちが、静かに手を胸に当てる。
ステージをつくった美術部の生徒達が涙する隣では、
子どもが目を輝かせていた。
そして最前列。
ヘルメットに作業服姿の男が、スマホを高く掲げていた。
震える指で、必死に動画の記録ボタンを押している。
「……すげえ……」
その声が、誰かの喉の奥で震えた。
最後の一拍。
瑠夏が両手を高く掲げ、五人が息を合わせて天を向く。
その瞬間、観客の拍手が爆発した。
温泉の湯気が照明に照らされ、白い光が空へ立ち昇っていく。
——灯りは、まだ消えていない。
そんな確信が、夜の空気に静かに流れていた。
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