第7話 はじめての光
翌朝――。
舶灯館の帳場には、昨日までとはまったく違う空気が流れていた。
スマホの通知音が、一定の間隔で鳴り続けている。
「……また予約が一件、入りました」
蓮の声には、驚愕というより、信じがたいものを前にした戸惑いが混じっていた。
名前の横には、見慣れない文字が並んでいる。
《商業高校 観光ビジネス科 有志 三名》
千尋は思わず画面を覗き込んだ。
「学生の予約……? 何これ……」
「多分、瑠夏ちゃんの投稿を見た人たちだと思います」
蓮が言うと、千尋は息を吸い込んだ。
玄関の外を見ると、まだ夜が明けきらない蒼い光の中を、
学生らしき若い影が二つ、三つ、商店街を歩いて通り過ぎていった。
静かな通りに、かすかに笑い声が響いた。
――昨日までと、何かが違う。
「……すごいよ、瑠夏ちゃん」
千尋が思わず呟いた、その瞬間。
「褒められた」
背後から明るい声がして、振り返ると瑠夏が立っていた。
制服の上にパーカーを羽織り、髪を後ろでまとめている。
その顔は、自分のしたことを胸を張って言える人間の顔だった。
「おはよう。朝からお客さん、来るよ」
「来るよって……本当に?」
「うん。私のSNS、けっこう強いから」
蓮は思わず目を丸くした。
「“強い”って……フォロワー何人?」
「えーと、たしか……五万?」
「五万!?」
千尋の声が裏返る。
「商業高校の活動と、地域プロジェクトの記録をずっと上げてきたから。
推薦のためのポートフォリオにもなるし、まあ趣味でもあるけど」
瑠夏はスマホの画面を見せた。
#灯りを消さない
#蒼ヶ崎の小さな旅館
#挑戦を応援して
短いコメントと、昨日撮った舶灯館の写真。
その投稿には、すでに 4,200件の♡ がついていた。
「これ……」
「バズりかけてるよ」
軽く肩をすくめながら言うその声は、
大人びた自信と、少しの照れを含んでいた。
「でも、お客さん呼んだだけじゃ終わりじゃないから。
“来てもらって良かった”って思ってもらわなきゃ意味ない」
そう言って、瑠夏は蓮をまっすぐ見た。
「手伝わせて。掃除でも、接客でも、なんでもやる。
私、こういうの仕事にしたいと思ってるから」
「仕事って――」
「地域を動かす仕事」
その言葉は、静かだが重かった。
「灯りを守ろうとしてるのは、あなただけじゃないから」
蓮は胸が熱くなるのを感じた。
料理長の「灯りを消すなよ」
瑠夏の「消しちゃだめだよ」
そして、自分の心の奥でくすぶっていた弱い火。
それらが、ひとつに灯り始めた気がした。
「ありがとう、瑠夏ちゃん」
千尋が言うと、瑠夏は少しだけ照れくさそうに視線をそらした。
通りの向こうで、シャッターを開ける店が一つあった。
いつもは昼過ぎまで開かない雑貨屋だ。
「あの店、今日は早いな……」
蓮が呟いたとき、千尋は気づいた。
――灯りは、灯りに引き寄せられる。
舶灯館の灯が、商店街の一つを動かした。
「まだ、終わってない」
「ここから、始まるんだよ」
千尋と蓮は、言葉を重ねた。
その瞬間、舶灯館の玄関の灯りが太陽の光を受け、
昨日よりもずっと明るく見えた。
―― 第7話 了 ――
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