第27話 モブ男の「時効」発言にブチ切れ。偽りの笑顔を捨てた少女と空き教室で二人きりな件


 ――昼休憩。


「福音、もういいのか?」

「はい。ごめんなさい、ご心配をおかけしました」

「そうか。よかった」


 湊たちの見舞いの後、もうしばらく横になって休んでいた福音だったが、昼休憩の時間には戻ってきていた。

 湊、暦深、鋭理の3人は、福音の復帰に安堵し、喜んだ。


 そのときである。


「よお、お前たち。昼飯に行こうぜ」

「あれ? こーへーくんって今日お弁当だよね。教室じゃなくてカフェテラスでも行くの?」

「いんや、中庭。天気もいいし、たまには外で食べるのも悪くないだろ。いつもの幼馴染4人で」


『幼馴染4人』の部分に、心なしか力を込める航平。湊を外そうとしているのは明らかだった。


 中庭には、同じように昼食を外で食べる生徒たちが何人もいる。航平は急かした。


「ほら、暦深、鋭理、福音! 急がないと座れる場所がなくなっちまう」

「ごめんなさい、航平君! 私は……ここでお昼を食べたい、です」


 真っ先に拒否したのは福音だった。航平は目を丸くしている。まさか福音に断られるとは思っていなかった顔だった。

 実際、彼は苛立ちが言葉に出た。


「は? 何でだよ。前は普通に外で食べてたじゃないか。4人でつるんでさ」

「今は、周りの人の視線を集めたくないと言うか……。落ち着いて食べたいんです。午前中、あんなことがあったばかりですし……」

「あんなの時効だろ。皆忘れてるって」

「おい、相沢。その言い方はないんじゃないか?」


 さすがに『時効』の一言には黙っていられず、湊は口を挟んだ。航平は「またお前かよ」と小さく呟いていた。


「相沢。福音はお前の言動にショックを受けたんだ。少しは配慮してやれ」

「はっ。ノーデリカシーの変人公爵サマが言えた口かね」

「言えた口だよ。こっちは『ノーデリカシーの変人公爵サマ』だからな。忖度はしない」


 正面から湊が言い返すと、航平は舌打ちをした。

 すると、鋭理が福音の隣の席に座る。


「では、私も残ろう。お前はひとりで行ってくるといい、コウヘイ。それなら席の確保を心配する必要はないだろう」

「鋭理、お前まで何を言い出すんだよ。今まで何だかんだ付いてきてただろ、お前!」

「今までは、な」


 澄ました表情で弁当箱を取り出す鋭理。クールな彼女に似つかわしくない、可愛らしいイラスト入りの容器である。


「……ちっ。まだそんな子どもっぽい弁当箱を使ってんのかよ。ダセぇな」

「なんだと? これは姉さんが私のために選んだ――」

「まあまあまあ! ふたりともそのへんにして、ね!?」


 険しい顔になった鋭理の前に暦深が飛び出した。必死になって幼馴染たちを宥める。

 そして、ふて腐れた表情をしている航平に言った。


「じゃあ私が一緒に行くよ、こーへーくん。それで機嫌直してよ」


 いつものお人好しぶりを発揮する暦深。

 しかし、湊は保健室で暦深の顔を見ている。自分を犠牲にして、他人の機嫌を取ろうと無理する横顔を、湊はもう見たくないと思った。


 ちらりと鋭理と福音を振り返る。親友となった少女ふたりは、湊の意を汲んで頷いた。


「久路刻」

「な、何かな? 天宮っち」

「大事な話があるんだ。昼休憩、ちょっと付き合ってくれ」

「え? あー、でも」

「頼む。大事な話だ」


 湊の真剣な表情に、暦深は狼狽して口を閉ざす。

 幼馴染の視線が湊に向けられるのが許せなかったのだろう。「おい、いい加減にしろよ」と航平が湊に詰め寄る。


 そのときだった。航平の後ろから、制服を着崩した軽薄男子が現れた。田島である。

 田島は航平の首に腕を回し、きゅっと力を込めた。


「この特権階級野郎め。さっきから見ていれば羨まけしからんことこの上なし! 貴様だけに良い思いはさせん、させんぞ!」

「苦しっ!? お前、田島?」

「付き合うなら俺に付き合え、相沢! そしてこの俺に女の子との付き合い方を教えるのだ。じゃねえとこのままキスするぞ。んー」

「ぎゃー! やめろ、やめろって!」

「わかったら行こうぜ。俺もう腹減ったよ」

「あーもう、わかった。わかったから、離れろ!」


 田島を振りほどくと、航平は大きなため息をついた。クラスメイトの視線を集めてまで騒ぐつもりはないのか、それとも幼馴染とのランチはいつでもできると思ったのか、航平は田島とともに大人しく教室を出ていった。


 暦深がホッと息を吐いたのを、湊は見逃さなかった。

 弁当を取り出し、「じゃあ行こう」と暦深へ声をかける。


「えと。じゃあ、えーりんたちも――」

「コヨミ。私はネネと一緒にここで食べる。まだ体調が心配だしな」

「私たちには気にせず、行ってきてください」


 幼馴染ふたりに送り出され、暦深は戸惑いながらも頷いた。

 ネイルをした手が、弁当箱を取り出す。


「お昼、食べながらでもいい?」

「ああ。どこか人目に付かないところがいい」

「じゃあ、あそこにしよう。良い場所を知ってるんだ」


 いつもの明るい笑みを浮かべて、暦深は歩き出した。彼女の後ろに湊は続く。


 彼女に案内されて向かったのは、倉庫代わりとなっている空き教室だった。カギはかかっておらず、内部は弁当箱を広げるのに十分なスペースがある。


「いいでしょ、ここ。たまに先生たちが休憩に使ってるせいか、生徒たちはあんまり近寄らないの。学校の先生って忙しいのにね」

「よく知ってるな。俺たち、まだ入学して間もないっていうのに」

「へへん。センセーたちのお手伝いを欠かさないワタクシとしては、当然のチケンだよ」


 大きな胸を張る暦深。

 長テーブルに向かい合って座ると、暦深が身を乗り出してきた。


「それでそれで? 大事な話って何かな? もしかして恋愛相談的な? えー、いやーまいったなー! あ、それともえーりんの話? ねねっちの方? まさかの二股ってことはないよね!? そんなことしたら、さすがの暦深サンもカムチャツカ半島だよ!?」

「クリュチェフスカヤ山はよく大爆発する火山らしいな」

「そういうマジな返しがノーデリカシーの名をほしいままにしているんだと思うな」


 目を細めて、暦深が睨んでくる。そうしていると、さっきまでの態度との差がよくわかった。

 まくしたてる間、暦深が緊張で肩の辺りを強ばらせていることに湊は気付いていた。机の上で両手を組み、落ち着いた口調で語りかける。


「久路刻。最近、無理をしているんじゃないか?」

「無理? あたしが?」

「相沢と何かあったんじゃないか」

「……どうしてそういうこと聞くのかな? 天宮っちは親友でも何でもないよね?」


 暦深から表情が消える。

『親友でも何でもない』の言葉に傷つきながらも、湊は食い下がった。


「鋭理と福音が心配している。彼女たちは相沢に困らされてきた。福音は特にそうだ。相沢と近い久路刻なら、彼女たち以上にしんどい目に遭っているんじゃないかと思ったんだ」

「私はただ、皆の役に立ちたいだけ。こーへーくんは幼馴染だからさ、やっぱり近くでカリカリされると空気悪いじゃん? あたしで何とかできるなら、何とかしたいし、するべきじゃん?」

「その気持ちはわかる。けど、久路刻がひとりで気張る必要はないだろう。相沢とのことは、誰かに任せてもいい。さっきの田島みたいに。あのとき、久路刻はホッとしていただろう?」

「……!」


 暦深は唇を噛みしめた。嫌なところを突かれたという顔だ。


(触れてほしくない話題なのはひしひしと伝わってくる。だがな、久路刻。俺は向き合うことを拒否した結果、どん底まで落ちてしまったんだ。お前は、まだ踏みとどまれるだろう?)


 ましてや、久路刻暦深は『ホクロの君』かもしれない少女だ。精神的に追い詰められていく様を見過ごすわけにはいかなかった。


「久路刻、悪いことは言わない。今は相沢と距離を置くべきだ。一度時間をかけて、彼との付き合い方を見直した方がいい」


 湊がそう言った途端、教室内が沈黙に包まれた。暦深の肩が息を吸って上がる。前髪にメッシュを入れた髪が、心なしか逆立ったように見えた。


「……メ」

「ん?」

「ダメ。それじゃダメだよ! ダメなんだよ!!」


 長テーブルの天板を両手で叩き、暦深は立ち上がった。


「距離を置くなんてことしたら、あたしが役に立ったことにならない! それじゃダメなんだよ、天宮っち!!」

「久路刻……」


 荒い息を吐く暦深を、湊はじっと見つめた。

 時に過剰になるくらい誰かの役に立とうとする――暦深の歪みを目の当たりにして、湊は自分の過去を思い出していた。


(よくないことだと心のどこかでわかっているのに、やめられない。そして取り返しのつかないところまでいってしまう……。久路刻、俺はお前に同じ間違いは犯して欲しくない)


 それにもし、彼女がこのままホクロの君と同じ運命を辿ってしまうとしたら――想像するだけでも辛い。そんなこと、絶対に繰り返したくない。


 湊は心から憂えた。その思いが視線で伝わったのだろう。暦深は視線を外すと、ゆっくりと椅子に座り直し、「ごめん」としょげた猫のような声で謝った。


(何とか、彼女の気持ちを楽にできればいいのだが……どう声をかけるべきか)

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