第26話 怯えるVTuberに差し伸べる手。プロのメソッドで彼女の不安を消し去る件


 保健室に到着した湊と鋭理は、在室していた養護教諭に用件を伝えた。福音に会いに来たと聞いた養護教諭は、少しだけ表情を曇らせた。


「君たちは友達? 今休んでる子、さっきからスマホの通知をすごく気にしてるみたいなの。よかったら、話を聞いてあげてね」

「……?」


 養護教諭の言葉に眉をひそめながら、湊はカーテンを開ける。


「福音。具合はどうだ? 教室に戻れそうか?」

「あ……湊君。鋭理さん」

「ネネ? 顔色が悪いぞ」


 鋭理の言うとおり、福音の表情は今朝よりもむしろ暗くなっていた。


 申し訳なさそうに俯いていた福音は、ふと、ベッド脇の椅子に並んで腰掛けた湊と鋭理を見た。


「……やっぱり、ふたりは仲が良いんですね」

「それは親友同士だからな。お前とだってそうだぞ、福音。だからこうして様子を見に来たんだ。心配だったから」

「そう、なんですね。ありがとうございます。えへ……」


 ふにゃりと表情を崩した福音。


「福音。本当にどうした。朝よりも辛そうじゃないか。本格的に体調を崩したのなら、先生に言って早退を――」

「いえ、身体は問題ないんです。ただ……これ」


 福音は自分のスマホを差し出した。画面には配信動画が映っている。どうやら、先日の湊と福音のコラボ配信のアーカイブ映像らしい。


 福音の隣でスマホを覗き込んだ湊は、彼女が塞ぎ込んだ原因を悟った。


「『AK@ナイト』。相沢のコメントがこんなに。『これは裏切りじゃないのか』『夜空姫ネオンの汚点になった』……内容もひどいものばかりだな」

「それだけじゃないんです。私個人のチャットにも、こんな感じで」


 画面を切り替えると、チャット画面にもずらりとコメントが並んでいた。こちらはさらに直接的で、コラボ相手――つまり湊への悪口や「今すぐ関係を切れ」といった威圧的なコメントばかりだ。

 送信時間は1限目の授業中。航平は授業を無視してずっと福音にコメントを送っていたのだ。


「おそらくですが、航平君は暦深さんと別れた後に改めてアーカイブを見たんだと思います。それで動画にコメントを……」

「そして福音のチャットへ連投コメントしたのは、俺といさかいになった腹いせ、か。どんどん見境がなくなっているな、あいつは」

「これを見てたら、怖くなって、不安になって……ベッドから出られなくなったんです」


 湊は納得した。だから養護教諭が「話を聞いてあげて」と言っていたのだ。


 鋭理が福音の右手を両手で包み込む。


「震えている。それに冷たい。精神的なプレッシャーで血が通っていないんだ。ミナト、どうする?」

「……福音。少し待っててくれ」


 椅子から立ち上がった湊は、様子を伺っていた養護教諭に頼んで温かい飲み物を淹れてもらった。ハーブティーである。

 福音がゆっくりと飲み干すのを待ってから、湊は言った。


「俺もプロだったとき、恐怖や不安に苦しんだ。大事な試合の前は特にそうだ。そんなときにプレッシャーを軽減するコツがあるんだ」

「軽減するコツ?」

「ちょっと手を借りるぞ」


 福音の両手を取り、彼女の耳を押さえる。福音の頬が少し赤らんだ。


「俺の言うとおりにしてみてほしい。まずは俺が4つ数えるから、ゆっくりと息を吸うんだ。いくぞ、いーち……にー……」

「すー……」

「そこで息を止めて。そう。いーち、にー……さあ、ゆっくり吐いて。いーち、にー……」

「はー……」

「それを何度か繰り返すんだ。そして最後に、気持ちを切り替えるためのキーワードを呟くこと。何でもいい。そうだな。福音なら、配信前後をイメージするといいかもな」


 こくりと頷いた福音は、言われたとおりに呼吸を繰り返した。

 そして最後に「ログアウト」と呟く。

 リアルから逃れたい福音らしい言葉のチョイスだった。


「あ……すごい。だいぶ落ち着いたかも」

「よかった。お前は俺と似ているところがあるから、きっとこの方法も効果的だと思ったんだ」

「似てるところ……えへ。ありがとうございます、湊君。そ、れから、あの……そろそろ手を」

「まだ冷たいぞ。無理するな」


 両手を福音の手の甲に重ねたまま、湊は言った。福音は「近い……ノーデリカシー」と消え入るような小声で呟く。


 隣に座っていた鋭理が、少し悔しそうな顔をした。こっそり呼吸の真似をする。


「これこそ身体感覚のコントロールではないか。何が『納得はできない』だ……馬鹿」

「鋭理?」

「何でもない」


 腕組みをして、鋭理は口を尖らせた。


「失礼します! ねねっち大丈夫!?」


 そのとき、保健室に暦深が駆け込んできた。

 ベッドで身体を起こしている福音を見て、ほっと息を吐く。


「よかった。だいぶ顔色が良くなってるね」

「うん。心配かけてごめんなさい。湊君のおかげで、だいぶ楽になりました」

「さすが天宮っち」


 肘でぐりぐりと脇腹を突いてくる暦深。だが、セリフほど安心した表情をしていない。むしろ、どこか複雑そうな顔だ。


「久路刻、何かあったのか?」

「え? あはは、もしかして困ってるのカオに出ちゃった? ほんまゴメンやで、あははは」

「おい。明らかに無理してるだろ」

「してない。天宮っちの気のせい」


 きっぱりと告げてから、ハッと幼馴染たちの顔を見る暦深。


「やだ、みんな。そんな目で見ないでよー。ただちょっと、その……こーへーくんが拗ねちゃって、大変だなって思っただけ。それだけ!」

「コヨミ。コウヘイをひとりで相手するのが大変なら、私にも声をかけてくれ。お前は昔から、コウヘイの癇癪をひとりで背負いすぎる」

「心配してくれてありがとね、えーりん。でも大丈夫だよ。私が上手く宥めてくるから。だからさ、ねねっちは安心して教室に戻ってね! 待ってるゾ」

「う、うん。ありがとうございます、暦深さん」

「暦深さんに任せなさい。あ、そろそろ戻らなきゃ。天宮っち、えーりん! あたし、先に戻ってこーへーくんを宥めてくるね! ねねっち、お大事に!」


 そう言って、暦深は来たときと同じようにバタバタと去っていった。

 彼女の後ろ姿を、湊は目を丸くして見つめた。


「入学してからずっと思っているが……久路刻は本当に面倒見がいいな。こう言ってはお前たちに悪いが、相沢は付き合いやすいタイプの人間ではないだろう。今回の件だって、悪いのはあいつの方だ。それなのに、久路刻は相沢のことを気にかけている」

「暦深さんは昔から、『誰かの役に立ちたい』と思ってるんです。時に過剰なくらい……」


 福音が言った。気遣わしげな表情だった。

 隣で鋭理も腕を組む。


「それにしたって、最近は特にやり過ぎな気がするな。何があったのか気になるが、コヨミは自分のプライベートのことを滅多に話さない」

「そうなのか? 幼馴染のお前たちにも?」


 湊が尋ねると、少女ふたりは揃って頷いた。


(久路刻は、陽キャの塊のようなコミュニケーション能力の持ち主。だが、さっきのやり取りはどこかおかしい。明らかに無理をしているように見えた。自分を犠牲にしてまで『誰かの役に立ちたい』か……)


「少し久路刻と話をしてみるか。鋭理と福音の大事な幼馴染を、このまま放ってはおけない。彼女には俺も世話になってるしな」

「湊君……」

「志は立派。しかし、何事もやりすぎはよくない。うん」

「お前が(あなたが)言うな(言わないでください)」

「そんなにひどいこと言ったか、俺?」

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