第25話 「親友なら子作りだ」クール少女の暴論炸裂。ふたりの親友基準が重すぎる件


 ――1限目が終わり、休憩時間になった。

 福音は、まだ教室に戻ってきていない。

 少し様子を見に行くかと思っているとき、田島が湊の机にやってきた。


「なぁなぁ天宮。昨日渡した割引券、どうだった?」

「どう、とは?」

「とぼけんなよー。3女神の誰かを誘ったんだろ? くぅ、好感度高くて羨ましいなあ、コノ!」

「誘ってないぞ」

「え? そなの?」

「ああ。ちょっと事情があってな。割引券は相沢に渡した。どうやら久路刻と行ったみたいだ」

「えぇ……もったいない。せっかくのチャンスだったのに」

「そうでもない。おかげで福音と親友になれた。お前のおかげだ。改めて礼を言うよ、田島」


 居住まいを正し、深く頭を下げる湊。田島は満更でもなさそうな表情だった。


「お前って律儀だよなぁ。でも、そうやって感謝されるの、悪い気はしないぜ、へへ。俺っていいことしたな!」

「ああ、とてもいいことをした」

「これで天宮とも親友になって、あわよくば3女神ちゃんとも――」

「いや、それはない」

「即答は傷つくんだぜ……」

「田島は良い友人だ。けど、親友の基準には達してない」

「ぶっちゃけすぎて泣いちゃうぜオレぇ……。ちなみに、親友の基準ってどんなの?」

「『命を預けられる相手』『秘密の過去も打ち明けられる相手』『財産を託せる相手』。こんなところだな」

「ハードル高すぎじゃね?」

「そう、か?」

「自覚なくてヤバ。そんですでにふたりも親友作ってるのヤバ。さらにその相手が3女神のふたりだっつーんだから、もうヤバヤバのヤバで奇跡じゃん」

「そうか奇跡か。田島にもきっと奇跡は起こるさ。何たってお前は良い奴だ」

「くっ。嬉しそうな顔が憎めない、コイツ……!」


 悔しそうに拳を握りしめるも、田島はすぐに笑った。「何か進展があったら教えろよー」と言って自分の席に戻っていく。

 あの裏表のないさっぱりしたところは田島の長所だよな、と湊は思う。


「さて、福音の様子を見てくるか」

「私も行こう」


 声をかけてきた鋭理とともに、保健室へと向かう。

 途中の廊下で、何やら鋭理が真面目な口調で尋ねた。


「ミナト、我々は親友だよな。私はお前に命を預けたのだから。もしかして、それでは足りないということなのか? その……何か過去の秘密を明かさないといけないのか?」


 どうやら田島との会話に聞き耳を立てていたらしい。湊は苦笑し、首を横に振った。


「さっきの話は気にしないでくれ。俺はもう、鋭理と親友だ。これからも絆を結んでいきたい。ザイルみたいにな」

「そうか。それなら安心だ」


 言葉通り、鋭理は安堵の表情を見せる。


「ではミナト。これからも互いの肉体感覚を共有していこう。目標は子作りだ」

「……ん?」

「私にとって親友とは肉体の結びつきがあってこそ完結する。つまり子作りだ」

「んー……」


 田島なら目を血走らせて興奮しそうなセリフに対し、湊は腕を組んで考えた。倫理観と貞操感がズレたふたりの会話は、幸い他の生徒たちの耳に届いていない。


「鋭理。親友としてはっきり言うが、それは違うだろう」

「違う? どこが」

「親友同士は普通子作りしない。まずは絆だ」

「では、ミナトと私は親友ではない。絆なんて言葉はノイズだ。肉体の共有こそすべて。お前はそれを理解してくれているものと思っていたぞ」

「いーや。それは違うね。だったら同性同士じゃ親友になれないじゃないか」

「んむぅ。子作り……肉体感覚の共有の極地ではないか……ミナトのわからずや」

「拗ねるな。そもそも、何でそこまで肉体の繋がりを重視するんだ」


 確かにクライミングで味わった一体感は他に代えがたい。しかし、だからといって親友同士で子作りをするのは、さすがにノーデリカシーの公爵といえど同意できなかった。


 少し躊躇ってから、鋭理は答えた。


「これは誰にも言ってない私の本心だが……私の家族は、みんな『心』を大事にしているんだ。その分、あまりにも理想の世界に浸かりすぎている。いい人すぎる人たちだ。だから私は、肉体感覚を――現実の『身体』を信じる。欲は身体に出るからな。そうすることで家族のバランスが取れて、皆が幸せになれる」


 私はそう信じているんだ――と語る鋭理は、ふわりと表情を緩めた。本当に、心からそう信じている様子だった。

 鋭理の横顔を見つめた湊は、小さく息を吐いた。


「納得はできない」

「む!」

「だが、事情はわかった」


 それから彼女の手を取り、自分の首筋へと持っていく。湊がどう思っているか、身体で鋭理に伝えるために。


「話してくれてありがとう、鋭理。俺が浅慮だったようだ。すまない」

「ミナト……お前」

「てっきり熱でも出たのかと思ってしまった。すまない」

「ミナト……お前」

「考え方は違うが、鋭理の感覚は尊重するよ。なにせ親友だからな。俺たちは違ってていいんだ」


 鋭理は目を瞬かせた。指先でさらりと湊の首筋を撫でる。「本心からそう思ってくれているんだな」と彼女は呟いた。


「違ってていい、か。そうだな。その通りだ。私こそすまなかったな、ミナト。こんなに感情的になったのは本当に久しぶりなんだ」

「家族のことなら、仕方ないさ。俺も同じだし」


 そこであることを思いつく。


「そうだ、鋭理。今度、お前の家族と会わせてほしいんだ」

「両親に紹介しろということか? その前に子作りをするべきだろう」

「べきだろうじゃない。二重の意味で違うから。そうじゃなくて、参考にしたいんだ」


 首を傾げる鋭理に自分の思いを説明する。


「鋭理がそれほど大事に思っている家族。きっと温かくて、互いに信頼し合っている家族なんだろう。俺の理想だ。前にも言ったとおり、俺は妹と再び家族としてやり直したい。そのために、目指すべき家族の姿を見ておきたいんだよ」

「なるほど。事情はわかった」


 鋭理は少し悪戯っぽく、湊の言葉を繰り返した。


「姉さんに話しておく。私の自慢の姉なんだ」


 そう言って、彼女ははにかむように笑った。



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2025年12月29日 20:05
2025年12月30日 20:05

タイムリープした元プロゲーマーの俺、人生やり直しでヒロインと親友になろうとした結果、幼馴染みモブ男からヒロインの心を奪ってしまった件~公爵君のラブコメ~ 和成ソウイチ@書籍発売中 @wanari

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