第2話
明智夕海は転校初日にしてクラスの注目の的だった。当然ながら。
クラスメイトからの、亡き姉への哀悼や思い出話に、妹の夕海は涙しながら共感したりお礼を言ったり。
双方が打ち解けるのに時間など要らなかった。
そこから1週間、1ヶ月と経つ頃には、彼女はすっかり、明智夕陽の生まれ変わりとしてクラスに馴染んだ。
姉妹揃って気立てが良く、かつての明智夕陽と同じように、夕海も私のようなパッとしない人間をも遊びに誘ってくれた。
以前夕日がいたころは、遠慮して誘いに乗ることは少なかった。
しかし今となっては亡き本人のためと思って、誘われたら参加するようにした。
1度目にカラオケ、2度目に放課後の寄り道に誘われて、3度目に勉強会兼女子会に誘われた。
「綴理ちゃん現国は強いんだから、教えてよ〜」
とのことだった。
言い方が鼻についたが、特に気にせずお邪魔することにした。
その日は友達の古城未咲と、夕海と親しいクラスメイトが同席することになった。
噂は聞いていたが、明智家は洋風の豪邸だった。
玄関も廊下も部屋のひとつひとつも、全てが私の家の2倍以上はあった。
夕海の私室に案内され中をゆくと、その手前に
「YUHI」
とプレートが下がったドアがあった。
私の視線に気づいたのか、夕海が先に言った。
「……まだ、そのままにしてあるんだ。パパもママも、今はそれが良いって」
「ぅあ!ごめん、気悪くした?」
「まさか。むしろ嬉しい」
ぎこちないやり取りに、大人な返し方をされて、私は赤くなった。
くす、と静かに夕海が笑う。
そしてその奥の「YUMI」のプレートが下がった扉を開け、部屋で4人で勉強と談笑を始めた。
長時間の着座と勉強で疲れたころ、同時に尿意を催してしまった。
おずおずと夕海に声をかけると、
「分かりづらいから着いていくね」
わざわざ部屋を離れ、その場所まで案内してくれた。
確かに家が広く、内装もおしゃれなので、初見でその扉がトイレだとは気付かなかった。
しかしクラスメイトをトイレに着いてこさせた事実が小っ恥ずかしくなって、また私は赤くなりながらトイレを出た。
「おかえり」
すると、そこにはまだ彼女がいた。
私も子どもじゃない、てっきり帰りはひとりで部屋に戻るものだと思っていた。
「待っててくれたの?ごめんね」
「いいのいいの」
悪いな、と思って急ぎ足で部屋に戻ろうとすると、背後から右肩を思い切り掴まれた。
その確かな力加減に、私は振り返ることもなく硬直してしまった。
「綴理ちゃん、お父さんって何されてる方なの?」
突拍子もない質問に唖然とする。
「え、き、記者、だけど」
私の父はそこそこ有名なニュースポータルサイトのライターと編集者を兼任している。
「ふぅん、そうなんだ、かっこいいね」
「ありが、と……?」
「あ、手ごめんね?どうしても気になって変な止め方しちゃった」
肩から手がパッと離れる。
なんだかんだ言っても良いところのお嬢様だ。
他所の親が何の仕事しているか気になるのだろうか、年収のマウントでも取るために。
案外腹黒い人間なのかもしれない。
このことを、勉強会の帰り道で古城未咲に話した。
未咲とは小学校からの友人で、クラスの中でも特に心を許している。
「へ〜、なんだろね急に」
「親の職業聞くにしても、やり方っていうかタイミングがあるじゃん?」
「アレじゃない?どこかで親御さん同士で仕事したことがあるとか?」
「うちの父さんと、明智さんところの親が?」
「だって、私のパパとツヅリのお父さんが仲良くなったのも、仕事がきっかけだったじゃない。案外世間は狭いものだよ、ツヅリくん」
「何その変なキャラ。……でもまぁ、有り得なくはないの、かも?」
未咲のお父さん、古城明(こじょうあきら)と私の父が仲良くなったのは、確かに仕事の関係がきっかけだった。
若手政治家と、その記者団のメンバー。という関係で、当時知り合っていた。
後になって、同じ地域に家庭を持ち、進学先を同じくする娘が互いにいることを知って、家族ぐるみで仲良くしている。
政治家と記者という立場上、どうしても我が田代家が気を遣わなければ行けない気もするのだが、父がかなりサッパリとした性格のため、そこまで気にせず仲良くやれているようだ。
少なくとも、未咲と私の関係は良好である。
「ただの同苗だと思ったら。盲点だったわ」
勉強会解散後の明智家。
私室でスマホを操作する、明智夕海の表情は険しかった。
その眼には、田代綴理の父「実(みのる)」の検索結果が映る。
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