第3話

我が学び舎、宍戸森女子高ししどもりじょしこうの歴史は古い。

昭和初期に建てられた建造物も、補修を繰り返し現存している。

それぞれの建物は、世相に合わせて用途を変えて使っているが、特に旧体育館は我が校の名物的建物として知られている。


旧体育館。現在の呼称を「宍戸森記念礼拝堂」。


今日に至る途中で、教育カリキュラムに神学を盛り込むこととした宍戸森は、増えた生徒数に順応できなかった旧体育館を改築して和モダンな礼拝堂に仕立てたのだ。


「そして今では、田代さんと私のたまり場になっているわけですね、ふふ」

「矢倉先輩の公認なら、何も後ろめたいことは無いです」

「まぁ悪い後輩、ふふ」


矢倉望睲やぐらのぞみ。2年生。

神学科目当てで入学し、礼拝堂の維持管理を手伝う保全委員会に立候補し、それを口実で放課後は礼拝堂に入り浸っている、風変わりな先輩。


私が入学直後、校舎内で道に迷った時に声をかけてくれた先輩で、第一声は


「どうされました、迷える子羊さん。ふふ」


今でも忘れない。


一見アブない人かと身構えたがそうでもなく、なんというか、神だとか神秘だとか加護だとか慈愛だとか、そういうスピリチュアルなものに傾倒しているユニークな女性なだけだった。


そこからは顔見知りになって、校舎内ですれ違う度に話し、次第に礼拝堂に遊びに来させてもらうようになったわけだ。


「今日も先輩だけなんですか?」

「そうですよ、皆さん部活や塾でお忙しいですから」

「先輩は部活入らないんですか」

「えぇ、神は見ておられますから。御前から離れることはできません」

「……なるほど」


保全委員会に属したところで、内申点的に有利になるわけではないが。

本人が独自の哲学に則って満足しているのなら、水は差さないでおこう。


「さて、例の妹さん、クラスには馴染んでいらっしゃいますか?」

「明智さんの妹?まぁそりゃ、ね。姉の代わりに席番を引き継ぐっていうのが、やり過ぎな気もしますけど。……そこは家族愛ってことなんでしょうね」

「そうですね、お美しい生き方だと思います」


矢倉先輩は明智姉妹の件に限らず、学内の噂のようなものに興味があるようで、そういった会話を頻繁にする。

交友関係が広くない私にわざわざ聴くのは、気になっている割には自分で情報を仕入れられないかららしい。聞くところによれば自分のクラスでやや浮いているようだ。

若干シンパシーを感じるのも、私が礼拝堂に遊びに来るようになった理由のひとつ。


「鐘の塔には来られますか?今日は晴れてますから、夕陽が綺麗に見えますよ、きっと」

「いやいや、もう見飽きましたよあそこからの景色」


鐘の塔。

礼拝堂1階の階段を上ると行ける、青銅の鐘が吊るされた小さな塔のこと。

大きな鐘の隙間に数名ほど立っていられる空間があり、そこから学校内や周囲の街並みを一望できるのだ。

初めこそ物珍しさでよく登らせてもらったが、今となってはさすがに飽きてしまった。


「そうですか、残念です」

「塔に誘うってことは……うわ、もうこんな時間か。私見たい配信があるので今日はこれで」

「えぇ、またいつでも。ふふ」


そう言って私は礼拝堂を後にして、帰宅した。








田代さんが帰られました。

今日は空気も澄んでいて、本当に良い景色が見られたのに、残念です。

田代さんがよく言う「背信はいしん」って、なんなんでしょう?

楽しみにしている様子なので、あまり深入りしないよう努めてきましたが……やはり邪な響きですね。今度、さりげなく聞いてみましょうか。


こつこつこつ、ぎぃ


階段の板がきしむ音。

お茶菓子を食べすぎたでしょうか?

自制が必要ですね。


鐘にぶつけないよう頭をかがめ、塔に入る。

頭上を確認してゆっくりと立ち上がる。


「やっぱり、今日もいい景色」


日が沈みかけ、茜色と青紫色の二層が重なった空が、街を覆う。


夕日をしばらく眺め、真反対の方向へ振り返る。


すると目の前に見えるのは、校舎普通棟の屋上。


「あの夜も、。田代さん」


見えるのは、明智夕陽が死んだ場所。













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アオハル代理戦争 我惑りろん @daifukucrimson

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