第5話 君たちはどうイキるか

 「あ」と白い手の華奢な少女が言った。まだ十二歳かそこらだろう。耳が尖っていた。


 トントゥ族か、とユヅは思った。


 トントゥ族は人間より長寿で、二百年の間、若い期間を保てるらしい。陽気でイタズラ好き、というイメージがユヅにはあったが、実際に間近で見るとその華奢な骨格と向こうっ気の強そうなつんとした顔立ちが強く印象に残った。金髪碧眼の容貌には何とも言えぬ品があり、着ている服も上等そうだった。


「おいおい、先に買おうとしたのは俺だぜ」


 浅黒い手の持ち主は、下卑た笑みを口元に上らせながら、少女からプラモをひったくった。燃え立つような赤髪で鼻が長い。何人か組らしい、ガラの悪い男達が下品な笑い声を立てた。


 サッと少女は顔を怒りで赤らめた。


「私の方が先に手に取りました!」


 鈴のような声だった。少女は続ける。


「ねっ? レンゾーさん」


 少女の後ろにはまるで従者のように付き従っていた男がいた。レンゾーと呼ばれた男は、面倒に巻き込まれたと言わんばかりに頬を掻いた。その際、付けていた黒縁メガネがズレる。

 

 赤茶けた頭で、スカジャンを着ている。左耳だけピアスを下げていた。更に、左手だけ手袋をしていた。


 背中には長いキャンディケインを帯びていた。


「別にいいじゃねぇか、プラモぐらい」


「良くないです!」


 少女は地団駄を踏んだ。


「プラモなんて実は興味ないだろ。どうせ、いつものお前の思い付きだろうが、エリサ」


 レンゾーはにべもなく言った。ユヅはどうしても欲しいというわけではないので、二の足を踏んでいたが、赤毛の男は金髪の少女……エリサに譲る気は毛頭ないらしい。


「まあよ、とにかくこれは俺のだから」


「えぇい、決闘です。決闘! レンゾーさん、やっちゃってください!」


 赤毛の男が品のない笑い声を上げた。


「おいおい、お前ら。この俺を知らないとみえる」


 赤毛の男は、得意になって続ける。


「俺は『赤髪』だぜ。懸賞金のかかったサンタを狩りまくってる……まぁ、自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃ腕は立つからな」


 場の空気が一瞬、張り詰めたのをユヅは感じた。それまで、面倒そうな顔をしていたレンゾーの表情が固まった。

 静かに、メガネを外した。


 そして、口元を引くつかせながら、レンゾーはゆっくりと言葉を紡いだ。


「誰が……『赤髪』だって……?」


「そりゃ、この俺のことよ。最近噂の……って田舎モンに言っても知らねぇか」


「お前、嘘をつくのも大概にしろよ」


「嘘だって?」


 赤毛の長っ鼻の男が不遜な笑みを浮かべた。


「さてはお前ビビってんだろ。腰抜けが。赤髪は……俺は、ブラックベルトサンタ十人相手にしても負けないって評判だからな」


 レンゾーが右の拳を引き、自称赤髪をぶん殴った。


 突然のことなので、エリサは目を剥き「そこまでしなくても!」と狼狽えた。


 レンゾーは男達に吠えた。


「俺が例の『赤髪』だ。人の名前勝手に盗ってんじゃねぇよッ!」


 偽赤髪は一発で伸び、男達が蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

「仇をとれ!」「相手は一人だ! 畳んじまえ!」「なんだ、ケンカか!?」野火が広がるように騒ぎが伝播した。


 血気盛んなスノー・パンクの多い路地裏だ。あちらこちらで喧嘩が始まった。


(キャンディケインを使わない戦闘は得手じゃないんだけど)


「お前もコイツの仲間か!」


 ユヅは何故か勘違いされ、赤毛の男の一団の一人に殴られた。一瞬、怯んたが、切れた唇を舐めて間合いをとった。


 ユヅの左の拳がサッと顎を捉え、間髪入れずに右の上段回し蹴りが相手の顎を跳ね飛ばした。


 息衝く間もなく、また赤毛の一団の男と取っ組み合う。


 ユヅは細身だが、その痩身に似合わない膂力を備えていた。力任せに首相撲に勝ち、膝蹴りを数発、腹に入れた。男が呻いて倒れたのを確認すると、サッと辺りへ視線を走らせた。


(……強いな)


 赤髪、もとい、レンゾーは本物だった。ユヅが二人を倒す間に、彼は残り四人を一度に相手して勝利したらしい。


レンゾーの周りに、呻き声を漏らす四人の男達を認めたあと、面倒事はゴメンだ、とユヅはその場を立ち去ろうとした。


 その時、数発の銃音が響いた。次いで、キャンディケインで武装した複数の男達がやってくる。


「おい! お前ら、何をやってる!」


 サンタポリスである。サンタの治安維持機構、I.C.E(アイス).……インターナショナル・クラウス・ フォースメント。

 粗にして野な、スノー・パンクに目を凝らす存在、それがアイス。通称、サンタポリスとも呼ばれる。


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