第4話 お嬢様

「なんかシマビの名家のお嬢様相手らしいっス」


「金持ちか。道理で羽振りがいいわけだ」


「とにかく、第一印象は大事っス。身だしなみに気を付けないとね。住居も手配してもらえるなんて好条件ここ以外ないんスよ」


 ユヅは流し見して、見落としたが、寮のようなものにも住めるらしい。


 ルドルフが力説する。


「もうネズミに怯える生活からはオサラバっス。それに、食べ盛りの相棒にもホットケーキ以外を食べさせたいっス」


「俺も毎晩抱きつかれたんじゃ寝苦しいし、なんとか合格したいよ」


「やんごとなき雅なお嬢さんが相手っスからね。楽しませる芸の一つや二つあればいいんスけど」


「俺達サンタは芸人じゃないぜ」


 不服そうにユヅが言った。


「私が思うに、貴族の道楽の一種だと思うんスよねぇ」


「その可能性は高いよなぁ」


「戦闘の腕は関係ないと思うんスよ。だからホワイトベルトでも採用は大いにありうるっス」


「キャンディケインの腕は自信あるんだけどなぁ」


 ユヅがどこか誇らかに雪割一華を撫でた。切れないものはあんまりないとは彼の弁だ。


「今時、キャンディケインの腕前だけでやっていくのは古臭いっスよ」


「俺はいつだってクラシックなサンタさ」


 ユヅが漫画本から顔を上げると、ぼちぼち行くかと立ち上がった。


 ルドルフも追従し、二人はレンタルスーツを身に纏い、ネカフェから出た。



 快晴。秋の匂いが微かにし始め、湿った石畳の匂いと混ざり、鼻腔をくすぐった。


 空には、大小さまざまなソリが行き交っていた。ホログラフィ技術の発展も目覚ましく、ホログラム投影された、紫色のクジラも泳いでいた。その周りを、3Dホログラム広告が展開している。


「もうすっかり秋っスね」


「そうだな、相棒。クリスマスも近い。……グラスの氷が溶けるよりか、この季節は時計の針が早い……!」


 キザったらしく、ユヅが言った。


 時折、通行人がルドルフへ視線を向ける。本人に自覚はないが、目のクマを隠すように薄化粧をした彼女は、人目を引くほど可愛らしい顔をしていた。トナカイ族特有の、ハッキリしたパーツだが、彫りの深くない顔立ち。


 また、本人の童顔も手伝って、ユヅと同年齢くらいの美少女に見えた。


「……たまにちょいちょい通行人に見られるんだけど、おかしな格好してないっスよね?」


「美人で若く見られてんだよ」


「ホントっスか? ユヅくんくらいに見られてたらいいなぁ。……実際、私の方が五つも年上だけれど」


 そう言うと、ルドルフは肩を落とした。ヘコむことはないだろ、とユヅが背中を叩く。


 ルドルフが悩ましげにため息を吐く。


「トナカイ族は人間より少し長寿で、その分、老けるスピードも遅いんスからね」


「あぁ、何度も聞いたよ」


「ユヅくん、私達、相棒として釣り合ってるよね? 私は戦う力がないけど……」


「俺の方が聞きたいくらいだよ」


 ユヅは優しく微笑んだ。


「ルルちゃんのソリの操縦と機械いじりは天下一品だよ。俺の方が釣り合ってるか心配さ」


「いやいや、ユヅくんのキャンディケイン捌きに比べたら……」


 その時、ユヅの目の端に、とある物がちらりと映った。


「ルルちゃん、後で追い付くから先行ってくれないか?」


「へ? 別にいいっスけど」


 ルドルフは小首を傾げたが、特に深く追求せず、素直に行ってしまった。 


 ユヅは往来から少し見えた、路地裏の玩具屋に向かった。


 足元に緑色の薄闇と靄が立ち込めた、不思議な雰囲気の路地裏だ。


 店先に並んでいるのは、新発売らしいソリのプラモだ。


 髪の薄い、赤ら顔の男が威勢よく叩き売りをしている。


「へいらっしゃい! 見て触って確かめて! 笑ってコラえて! 泣いても笑っても今日限り! 旦那ァ、この品はワケありじゃない、ワケお得ってやつでごさい! 持ってけドロボー! ……と言いたいところですが、盗られちゃ困るからこの値段! さぁさぁさぁ! 立ち止まったアンタはもう客人! 買った後悔より買わなきゃバカを見る! さぁ、どうだいどうだい!」


 ユヅ自身が興味があるわけではない。相棒のルドルフが、熱心なプラモファンなのだ。


「新発売か。買ってないだろうしな」


 ユヅはポケットへ手を突っ込んだ。なけなしの五十ジングル札を引っ張り出し、逡巡したが、プラモに手を伸ばす。


 ――と同時に、ユヅ以外の手も二つ伸びてきた。一つは小さな白い、少女の手。もう一つは、日に焼けた浅黒い男の手だ。

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