第3話 ルドえもん
「み、見付けたっス」
「どうせ末端の末端のしょっぱい仕事だろ?」
「そんなんじゃないっスよ! ベルトの色も不問! 一カ月に基本給一万ジングル! しかもボーナスあり!」
パソコンからルドルフが顔を上げ、明るい声で続けた。
「なんでも、護衛の任務みたいっス」
「千ジングルの間違いじゃなくってかい?」
ユヅも興味をそそられたように、パソコンを覗き込んだ。一万ジングルあれば、一ヶ月間、高級なディナーを食べてもお釣りがくる。
「護衛ときたら腕が立つかどうかだろ? ベルトの色不問ってのも、書いてあるだけで実際は振るい落とされるんじゃ……」
「言ってもしょうがないっスよ。面接行くだけならタダだし!」
「それもそうだな」
ユヅは納得した。
「パッと稼いで、ソリをなんとか手配しないと……クリスマスの日までに!」
ユヅはバックパックの中をあさった。中には、洗い立てのサンタスーツが一式ある。
ルドルフが見咎めた。
「ユヅくん、サンタスーツで行くつもりっスか?」
「あぁ、普段着はさすがに。広告には普段着で来ても構いませんってあるけど」
ルドルフは表情を曇らせた。そして、まるで小さな子を教え諭すように、ユヅへ言った。
「そういう時はオフィスカジュアルってやつっスよ。本当に普段着で行っちゃダメっス」
「だったらサンタ服で良いだろ。俺もスノーパンクとはいえサンタの端くれだし」
「うーん、一応スーツで行こう。明日早めに出てレンタルするっス」
ユヅは腑に落ちないように唸った。
「にしても普段着で構いませんで本当に普段着で行ったらダメって理不尽じゃないか? 普段着のまま来る人出てくるだろ」
「まぁ、一人ぐらいはそんな人もいるかもしれないっスけどね。スカジャンとかダメージジーンズで行ったり。そんなん、柔道の大会にバスローブで出るようなモノっスよ」
「そこまでか……」
「とにかく、早く寝て明日に備えよう」
ルドルフはそう言うと、パソコンを落とした。ユヅも特に反対することもないので、キャンディケインを納杖し、横になった。いつでもキャンディケインを抜けるように、傍らに置いておく。
疲れてはいないが、すぐに眠気がきた。何もなかったのであれば、すぐに深い眠りにつけただろうが、ユヅは甲高い声で起こされた。
ルドルフの声だ。物憂い体が咄嗟に反応して、愛杖の雪割一華を引っ掴んだ。
「どうした!? ルルちゃんッ!」
「ネ、ネズミ……!」
血の気の引いた顔で、口をパクパクとさせる。視線の先には、茶色い小さなネズミがいた。
ユヅは得心した。そう、ルドルフは大のネズミ嫌いだった。
「ほら、あっち行きねィ」
ユヅがしっしと追い払う。ネズミは鳴きながら、部屋を出ていった。
しかし、なお、ルドルフはユヅの腕に縋りつくのをやめなかった。
「も、もう無理ぃ! ネズミが出てくるなんて……」
「まぁ、ボロい建物だしな。ネズミの一匹や二匹出るだろう」
ユヅは腕に柔らかい豊かなモノが当たってるのを頭から、なるべく追い出すよう努めた。
この年上の相棒は、ユヅを異性として見ていないのか、時折、彼を困らせた。
「ルルちゃん、そろそろ離れてくれねぇか」
「こ、今夜だけ……お願い、傍にいて」
「そう言ってもな」
「いつも隣で寝てるじゃないっスか!」
「……ルルちゃん、ちゃんと俺を男だと思ってる?」
困ったようにユヅが訊いた。ルドルフはさも当たり前だと言わんばかりに、大きく頷いた。
「当たり前じゃないっスか。頼りになる男性だから頼ってるんスよ?」
ユヅは頭を抱えた。当惑と少しばかりの怒りから、少し棘のある態度をとってしまう。
しかめっ面で、ルドルフの目を覗き込んだ。
「もう俺も子供じゃないんだからさ」
「……子供じゃないから、一緒に寝てるんスよ」
ルドルフが弱々しい、どこか妖しい笑みを浮かべた。
「どういう意味だよ、そいつは」
ユヅが顔を赤くしながら、目線を外した。
昔、ネズミに噛じられて少し欠けたらしい左耳が目に入る。ユヅがいよいよ参って「好きにしなよ」とため息を吐いた。ルドルフは一転してご機嫌になり、キツくユヅの腕に抱きついた。
「やっぱりユヅくんは優しいね」
「今夜だけだぜ」
ぶっきらぼうに言った。
(明日は寝不足かな)
ユヅは胸中、愚痴を漏らしながら、目を瞑った。
翌日、まだ暗いうちから二人は起きた。薄明の中、緑茶と紅茶をそれぞれ啜り、互いの目に出来た隈を笑いあった。
折り畳み式の小さなフライパンで、ホットケーキを作り、朝食を済ませた。
面接は昼からだ。まだ時間の余裕はあるということで、二人はネカフェで漫画を読んでいた。
「それで、具体的にはどんな仕事なの?」
ユヅが漫画を読みながら、さほど興味がなさそうに訊いた。
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