第6話 留置所

「お前は……レンツォ・クロイツ! またお前か!」


「またってなんだよ、またって! 喧嘩売られたのはこっちだぜ!」


 レンゾーは不平を言った。


 男達がよろよろと立ち上がり、肩を貸し合いながら、逃げ始めた。


「あ、待ちねィ! あいつらが悪いんだよ、なぁ、お巡りさん」


 レンゾーがユヅへ視線を移した。ユヅは、レンゾーの口の端が切れて、血が出ているのを認めた。


「なぁ、黒髪黒目のアンタ。オレは悪かねぇよな!?」


「少なくとも、俺は完全に被害者だと思う」


 ユヅは言い捨てた。まさか、プラモを買うだけなのにこのような事態になるとは思ってもみなかった。それにしても、とユヅは考える。レンツォ・クロイツという名前は聞き覚えがあった。


 レンゾーはエリサにも呼びかけた。


「おい、エリサ! 元々はお前のせいだぞ!? オレァ悪かねぇよな!?」


「先に手を上げたのはレンゾーさんですし」


 エリサはあっけらかんとしていた。


 アイス警の一人は嘆息混じりに言った。


「とりあえず、留置所だな。お前ら」


 彼はクリスマスリースのように装飾がされたサンタ用の手錠を取り出し、ユヅとレンゾーにかけようとした。


 レンゾーが待った、と声を張った。


「殴られた時、かぶせ歯がとれた。少し待ってくれ。今更、逃げはしねぇよ!」


 四つん這いになって、探し始めた。小さいものだが、黒い石畳の上なので、かぶせ歯はすぐ見つかるだろう。


 ユヅは自身の口にも違和感があることに気付いた。右の奥歯に舌をやると、あるはずの手応えがない。


「俺も治療途中のかぶせ歯がとれたみたいだ」


 ユヅもアイスに待ってもらい、石畳の上を探した。すぐに見つかり、安堵しつつ奥歯に被せた。しかし、どうにも噛み合わない。


 隣では、レンゾーも口をモゴモゴさせていた。


「なんか噛み合わないんだが……」


「俺もだ」


 しっくりくるはずのかぶせ歯が、ガリガリと音を立てる。まさか、と二人がとある答えに同時に辿り着いた。顔から血の気が引く。


 レンゾーが青い顔で震え声を出した。


「ま、まさかオレとお前のかぶせ歯……」


「い、入れ替わってる?」


 二人は同時にえづき、四つん這いのまま戻しそうになるのを堪えて「マジかよぉぉぉ!!」と吐き気に抗った。


 アイス達が「バカかコイツら……」と呆れ、エリサは盛大に爆笑した。


「きゃひひひ!」


 路地裏に、少女の笑い声が高く響いた。



 留置所。そこは暗く静かで、しっとりと湿気を孕んでいた。


「路上での喧嘩は憎むべきことだが、そこに見られるエネルギーは素晴らしい」


 少年が、朗々とした声で言った。

 赤髪の青年が「なんだよ?」と顔をしかめた。


「ジョン・キーツが弟に宛てた書簡で言ってたんだよ」


「ジョン・キーツって誰だ?」


「詩人さ」


 ユヅが辺りを見渡した。


「……レンゾーさん、いま何時か分かる?」


「さぁな、腕時計とか取り上げられちまったし」


 ユヅとレンゾーは向かい合わせの部屋で、鉄格子越しに話していた。


 レンゾーは歳は二十歳らしい。ユヅより三つ年上だった。


 元はアメリカ、アラスカ州のサンタの里出身で、母方はイタリア、父親はドイツの出で、両親どころか一族はほぼ皆サンタ稼業のサラブレッドらしい。


「レンさん、またお前かってサンタポリスに言われてたけど、なんかやらかしたの?」


「あぁ、聞いてくれよ」


 レンゾーは不機嫌だったが、口を開かずにはいられない性分のようだ。生来、明るい性格なのだろう。ユヅも暇つぶしになるので、レンゾーの言葉に相槌を打ったり、時折、質問をしたりなどして気を紛らわせた。


「この街のユーグレ地区の酒場で、バウンサー(用心棒)をしてたときに……」


「ユーグレ地区?」


「なんだ、オメェこの街について知らねぇのか? ユーグレ地区ってのはこの街の、ゴロツキの吹き溜まりだ。常に薄暗い……緑色の薄闇と、緑色の靄がかかった地区だ」


「なるほどね」


「つい一年前までは、クラミ家っていう一族の名士のお陰でユーグレ地区の治安はまだ保たれてたんだがな。その名士がなくなってから、いっきに、たちが悪くなったらしくてな。……おっと、話が脱線しちまった」


「あぁ。捕まった理由だっけ?」


「おう。小遣い稼ぎしようと、運送の仕事を少ししたのが運の尽きよ」


「読めてきたぜ、レンゾーさん。配達物が……って、ところか」


「おうよ。オレは中身を知らなくて……察しの通り、運んだブツがヤバいもんでな」


「ヤバいモノ?」


「あぁ、メタモール薬だ」


 ユヅは「聞いたことがあるな」と頷いた。


「確か、別名スガタカエール。意識を失うまで顔形を変えられる、トントゥ族の秘薬だっけ」


「おうよ。もちろん禁制品。小林製薬みたいなネーミングセンスだよな」


 レンゾーが立ち上がり、伸びをした。背はユヅより拳一つ分大きい。体つきもしっかりしていた。


「こう狭い場所に閉じ込められると体が鈍るな。……それで、捕まってだな、一日拘置所に容れられた挙げ句、何日も質問攻めにあったんだよ」


「なるほどな。でも、出られたんだ」


「かなり疑われたけどな。……まあ、捨てる神あれば拾う神ありで、今の雇い主には力があってな」


 そう言うと、彼はニヤリと薄く笑った。


「お前はどうか知らないが、今回、オレはすぐ出られると思うぜ」


「権力者の食客でもやってんのかい?」


「当たらずとも遠からずだな」


 レンゾーは豪快に笑った。


「あとだな、オレの本当の名前はレンゾーじゃなくてレンツォだ。……あのガキが舌ったらずでレンゾーとか呼ばれてるだけで……」


「確かに発音しづらいな。レンゾーさん」


「チッ、お前もその名前で呼ぶのかよ……」


 レンゾーがむくれる。でも、とユヅが笑みを零す。


「ずいぶん優しいよな、レンさん。その左腕で殴れば、あの偽赤髪は気絶どころかステーキがまともに食えない状態だったろうに」


「あぁ。右利きだから咄嗟に右手使っただけだ。……でも、分かるんだな、オメェ」


 レンゾーが左手の手袋を外した。彼の左腕は、機械仕掛けの腕だった。


 サンタは人間界より数世紀進んだトナカイ工学とトントゥ族の妖精医療のお陰で、欠損した部位は殆ど治せるのだ。


 事故か決闘によるモノだろうか、とユヅは思案した。


 レンゾーはふと、真顔になり、


「オメェ、なんで捕まったんだ? いや、巻き添えくらったのは分かるが、そんなにプラモ欲しかったのかよ」


「いや、自分はそこまで。相棒がソリのプラモオタクなんだ」


「相棒?」


「あぁ。トナカイ族の、典型的なソリマニアでさ」


 ユヅはルドルフの笑顔を思い出し、胸が暖かくなるのを感じた。少し太い垂れた眉に、柔和な光を湛えた大きな瞳。人間の耳の位置より少し高いところにあるシカ科の耳。すべてがユヅの心を慰めた。


「ベタな、型式通りのトナカイ族でさ、人が良くて機械いじりが好きなんだ」


「へッ、相棒の為ね。ちなみに、そいつ男? 女?」


「女性さ」


「……なるほどな。合点がいったよ。そういうことか」


「いや、家族みたいなもんだし」


 軽口を叩き、飄々としていた態度の少年の変化を、目敏くレンゾーは捉えた。


「恥ずかしがることじゃねぇだろ」


「本当にそんなんじゃないって。五歳も年上だし、弟みたいな扱いじゃないかな」


「へぇ、年上ね」


 レンゾーがニヤついた。


 ユヅは照れ隠しに仏頂面をする。


 二人は意気投合とまではいかないまでも、互いに好相性だと思ってるらしい。ユヅは年上のこの同性のサンタに不思議と心を開き、レンゾーもまた、既にかなり、ユヅに心を許していた。


 ユヅはふと、気になり


「なぁ、レンゾーさん」


「なんだよ」


「レンツォ・クロイツってどっかで聞いたことあるような……」


 いいさした言葉が途切れた。


 重々しい扉が開く音がした。


 苦虫をかみ潰したような顔のサンタポリスが入ってくる。




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貧乏サンタとトナカイ族の少女は、今日も巨大七面鳥と戦い、ソリのローンを返済する 〜そしてお嬢様の護衛へ〜 ゆうくん @yuukun_damarinei

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