第四章:結・世界のリノベーション

第26話 最終決戦。崩壊する世界を支えるたった一つの柱

「……おいおい、これは『解体』なんて生易しいもんじゃないな」


サンクチュアリの自宅の庭で、俺、相沢匠(タクミ)は空を見上げて絶句していた。

美しい青空だったはずの天蓋には、今やどす黒い亀裂が無数に走り、蜘蛛の巣のように広がっている。

その隙間から覗くのは、星空でも宇宙でもない。

「無(ヌル)」だ。

何もない、ただ白いだけの虚無。


そこからパラパラと、黒いノイズのような砂が降り注いでいる。

その砂に触れた木々が、音もなく消滅していく。

燃えるのでも、枯れるのでもなく、データが消去されるように「無かったこと」になっているのだ。


「世界の強制削除(デリート)……本気かよ、女神様」


俺の手には、魔王ゼノスから託された『世界の設計図』――七色の結晶が握られている。

そこから脳内に流れ込んでくる情報は、絶望的なものだった。

世界の崩壊率、35%。

主要な地脈(レイライン)の断裂、多数。

そして、この世界を物理的に支えている概念上の支柱『世界樹(ワールド・ピラー)』の耐久値が、残りわずか数分でゼロになるという警告。


「タクミさん! 街の人たちが……!」


フィオが蒼白な顔で駆け寄ってきた。

サンクチュアリの住民たちがパニックに陥っている。

結界の外の森がどんどんノイズに飲み込まれていく光景を見て、泣き叫ぶ子供や、祈りを捧げる老人たち。

俺の作った最強の防衛システムも、物理攻撃ではない「存在の消滅」に対しては効果が薄い。


「落ち着け、フィオ。俺がいる限り、この場所は指一本触れさせない」


俺は住民たちに向かって、拡声魔法で声を張り上げた。

「全員、中央広場に集まれ! 絶対に結界の外に出るな! 俺の家の敷地内が一番安全だ!」


その時、懐の通信機がけたたましい音を立てた。

バルガス城のグラハム辺境伯、そして王都のアイリス王女からの同時通信だ。


『タクミ! 空が割れている! 城壁の一部が消滅した! これは一体どうなっている!?』

『タクミ様! 王都の地下の「礎」が……光を失いかけています! このままでは国が沈みます!』


二人の声は悲痛だった。

世界中で同時に崩壊が始まっているのだ。


「分かっています。今、管理会社(女神)がリセットボタンを押したんです」

俺は冷静に答えた。

「ですが、まだ間に合います。俺がその指をへし折って、再起動を阻止しますから」


『阻止すると言っても……どうやって? 空の向こうだぞ?』


「足場を作ります」

俺は空の亀裂――その中心にある、一際大きな「目」のような穴を見据えた。

あそこが、女神のいる管理領域への入り口だ。

だが、あそこへ至る道はない。飛行魔法で近づこうにも、あの一帯は空間座標がバグっていて、近づいた瞬間に身体が裏返るか消滅する。


「道がないなら、作るまでだ。それに、崩れそうな天井を支えるには、新しい『大黒柱』が必要だろ?」


俺は通信を切ると、庭の中央に立った。

インベントリを開く。

今まで集めた資材のすべてを投入する時だ。

魔王城の残骸から回収した黒魔鋼。

ダンジョンで得たミスリルとオリハルコン。

エルフの里の千年樹。

そして、ゼノスから託された『世界の設計図』の結晶。


「フィオ、魔力を貸してくれ。いや、フィオだけじゃない。ここにいる全員の魔力が必要だ」


俺は広場に集まった一万人の住民たちを見渡した。

「みんな、聞いてくれ! 今からデカい塔を建てる! 世界を支えるための柱だ! 俺一人じゃリソース不足だ。お前らの魔力を、少しずつ俺に分けてくれ!」


一瞬の静寂。

だが、すぐに誰かが叫んだ。

「タクミ様がやるって言うなら、間違いねえ!」

「俺たちの命、好きに使ってくれ!」

「この街を守れるなら!」


人々が手を掲げる。

小さな光の粒子が、無数に舞い上がり、俺の元へと集まってくる。

一万人分の魔力。

さらに、転移ゲートを通じて、バルガス城の兵士たちや、王都の魔導師団からの魔力供給も始まった。

かつて敵対していた者たちも含め、世界中の「生きたい」という意志が、俺という一点に集約される。


「……重いな。だが、悪くない重さだ」


俺は全身に満ちる膨大なエネルギーを感じながら、大地に手を突き刺した。


「『構造解析』――対象:世界全域」

「『超・大規模構築(ワールド・ビルド)』――起動!」


ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!


サンクチュアリの大地が咆哮した。

俺の足元から、巨大な光の柱が噴き上がった。

いや、光だけではない。

地面からせり上がってきたのは、輝く金属と岩石、そして樹木が複雑に絡み合った、直径数百メートルの巨大な「塔」だ。


それは生き物のように成長し、天を目指して伸びていく。

素材は、俺の持つ最高強度の建材すべて。

設計思想は、東京スカイツリーの制振構造と、ゴシック建築の飛梁(フライング・バットレス)、そして世界樹の有機的な柔軟性を融合させた、ハイブリッド構造。


「伸びろォォォッ!!」


俺が叫ぶと、塔は雲を突き抜け、さらに上昇した。

高度一万メートル。成層圏へ。

そして、空の亀裂――「無」の領域へと到達する。


『――警告。不正な構造物の侵入を検知。排除します』


天上から女神の声が響く。

直後、亀裂の中から白い人型のモノたちが無数に溢れ出してきた。

顔のない天使。

システム防衛用の自律プログラム「消去者(イレイザー)」だ。


「排除? こっちは正規の手続き(住民の総意)で工事してるんだよ!」


俺は塔の頂上――建設中の最先端部分に立っていた。

迫りくるイレイザーの群れ。

その手には、触れたものを消滅させる白い槍が握られている。


「フィオ、迎撃だ!」

「はい!」


俺の背後で、フィオが弓を構えた。

彼女の放つ矢は、塔を流れる膨大な魔力の供給を受け、レーザービームのような閃光となって敵を貫く。

さらに、塔の側面からは、俺が配置したサンクチュアリの防衛ゴーレムたちが顔を出し、一斉射撃を開始した。


「やらせはしない! この塔は、みんなの希望なんだから!」

フィオが叫び、次々とイレイザーを撃ち落としていく。


俺はその隙に、塔の「接続」作業を進める。

この塔の目的は、単に高い場所に行くだけではない。

崩壊しかけている『世界の礎』の代わりとなる、新しい支柱として機能させることだ。


「座標固定。アンカー射出!」


俺が塔の先端を操作すると、オリハルコンの鎖が四方八方に飛び出した。

それらは空間の亀裂に突き刺さり、裂け目が広がるのを物理的に縫い止める。

バチバチバチッ!

世界が悲鳴を上げるような音が響くが、崩壊の進行が止まった。


「よし、仮設足場の固定完了! これで世界は簡単には沈まない!」


俺は額の汗を拭った。

眼下を見下ろせば、雲海の下に広がる大地が見える。

俺が建てたこの一本の柱が、今、文字通り世界を支えている。


「……まだだ。これはあくまで仮設だ。元凶を叩かないと終わらない」


俺は塔のさらに上、女神のいる白い空間を見上げた。

イレイザーの数は減らない。

むしろ、空間の裂け目がさらに広がり、そこからさらに巨大な影が現れようとしていた。


全長数百メートル。

白鯨のような巨大な消去プログラム。

口を開けると、空間そのものを削り取るような波動を溜め始めている。


「チッ、重機まで持ち出してきたか」


あれを撃たれれば、この塔ごと消滅する。

フィオの弓やゴーレムの砲撃では、サイズ差がありすぎて防ぎきれない。


「タクミさん! あんなの、止められません!」

フィオが絶望的な声を上げる。


「大丈夫だ。計算の範囲内だ」


俺は懐から、一つの魔石を取り出した。

それは、ダンジョンで手に入れた物でも、魔王城から持ち帰った物でもない。

この世界に来て一番最初、遺跡で拾ったただの石ころ。

だが、そこには俺がこの世界で過ごした日々、建築し、修復し、生活してきた「記憶」が刻まれている。


「フィオ。俺は建築士だ。建築士ってのはな、建てるだけじゃないんだ」


俺は魔石を塔の先端にある制御装置に嵌め込んだ。


「時には、環境に合わせて『リフォーム』する。敵の攻撃すらも、建材の一部として利用するんだよ!」


白鯨が波動を放った。

世界を白く染める消滅の光。

それが塔に直撃する――その瞬間。


「『構造解析』――対象:敵性消滅エネルギー」

「『変換(コンバート)』――属性:物理障壁!」


俺が叫ぶと、塔全体が眩い虹色に輝いた。

ゼノスから託された『世界の設計図』の権限を行使し、襲い来る「消去エネルギー」の定義を書き換えたのだ。

「消す力」を「守る力」へと反転させる。


ズガァァァン!!


光が塔にぶつかり、弾けるどころか、塔の表面に吸い込まれていく。

そして、塔の周りに巨大な光のドーム――絶対不可侵のフィールドが形成された。


「な……敵の攻撃を吸収した!?」

フィオが目を見開く。


「エネルギー保存の法則だ。質量ある攻撃なら、それは資材(リソース)になり得る。サンキューな、女神様。おかげで最強のバリアが張れたよ」


白鯨は自らの攻撃エネルギーを奪われ、しぼむように縮んで消滅した。

イレイザーたちも、光のドームに触れた瞬間に浄化されていく。


道は開けた。

光の塔の頂上から、女神のいる天上へと続く、光の階段が現れる。


「行くぞ、フィオ。これが最後の現場だ」


俺はフィオの手を取った。

彼女は強く頷き、俺の手を握り返した。

「はい! どこまでもついていきます、タクミさん!」


俺たちは光の階段を駆け上がった。

目指すは世界の最上層、『天上の管理室』。

そこにいる傲慢な管理者に、現場からの叩き上げの意地を見せてやる。


「待ってろよ。お前の作った欠陥だらけの世界、俺が最高の理想郷(マイホーム)にリノベーションしてやるからな!」


二人の背中が、白い光の中へと消えていく。

地上では、世界中の人々が、天を支える巨大な柱と、そこを登っていく二つの星を見上げて祈っていた。

それは後に『救世の塔』と呼ばれることになる、伝説の始まりだった。

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