第12話 商売繁盛。タクミ工務店の行列が国境を越える

「……なんだ、この騒ぎは?」


爽やかな朝。最強のマイホームで目覚めた俺は、窓の外から聞こえてくる異様な喧騒に眉をひそめた。

普段なら小鳥のさえずりと風の音しか聞こえない静寂の森が、まるでバーゲンセール会場のような熱気に包まれている。


「タ、タクミさん! 大変です!」


フィオが慌てた様子でリビングに飛び込んできた。エルフの耳がパタパタと忙しなく動いているのは、彼女がパニックになっている証拠だ。

「どうした? またオーガの群れか? それともドラゴンの夫婦でも引っ越してきたか?」

「違います! 人間です! たくさんの人が、家の結界の前に並んでいて……!」


「人間?」


俺はコーヒーカップ(陶土から焼成した自作品)を置いて、玄関のモニター――水晶板に映し出された外の様子を確認した。

そこには、驚くべき光景が広がっていた。

冒険者、商人、さらには立派な馬車に乗った貴族らしき人物まで。数十、いや百人近い人々が、俺の敷地を取り囲む結界の前で列を作っていたのだ。


「……何の行列だ、これ」

「聞こえてくる話だと、『ここで最強の武器が手に入ると聞いた』とか、『どんな病気も治す野菜があるらしい』とか、『壊れた馬車を一瞬で直してほしい』とか……」


どうやら、先日ギルドでガレスの剣をへし折った件と、巨大トマトを卸した件、そして城壁修理の噂が合体して、尾ひれがついて広まってしまったらしい。

「森の奥の賢者様」ならぬ「森の奥の万能修理屋」として。


「参ったな。ここは俺のプライベート空間だぞ。勝手に観光地にされてたまるか」


俺はため息をついた。

追い返すのは簡単だ。セキュリティシステムを作動させて、麻痺ガスでも撒けばいい。

だが、相手は魔物ではない。ただの客(になりたい人々)だ。それに、よく見ればバルガスの街でお世話になっている顔馴染みもいる。


「……仕方ない。打って出るか」

「戦うんですか?」

「いや、ビジネスだ」


俺はニヤリと笑った。

これだけの需要があるなら、供給してやればいい。ただし、こちらの言い値とルールでな。

俺の技術を安売りするつもりはないが、資金源が増えるのは悪い話じゃない。


          ◇


一時間後。

俺は敷地の結界の外、森の入り口に近い開けた場所に、即席の建物を出現させていた。

ワイバーンの骨の余りと、現地の木材を組み合わせて作った、ログハウス風の事務所だ。


看板には大きくこう書いた。

『タクミ工務店 ~建築・修復・リフォーム・人生相談(嘘)~』


「お待たせしました。これより受付を開始します」


俺が姿を現すと、待ちわびていた群衆がドッと押し寄せようとした。

「おお! タクミ様だ!」

「俺の剣を直してくれ!」

「いや、私が先だ! 金なら出す!」


「静粛に!」

俺は拡声魔法(風魔法の応用)を使って声を張り上げた。

「順番は守ってください。割り込みをした者は、即座に森から放り出します。あと、当店の料金設定は高いですよ?」


俺は看板の横に、急遽作った料金表を掲示した。


【修理(武器・防具):金貨一枚~】

【修理(馬車・道具):金貨三枚~】

【リフォーム・建築:要相談(金貨百枚~)】

【トマト販売:一個につき銀貨五十枚】


群衆がざわめく。

一般的な修理屋の相場の十倍、いや百倍近い価格設定だ。

普通なら「ぼったくりだ!」と怒って帰るレベルだ。

俺もそれを期待していた。「高すぎるから帰ろう」と思ってくれれば、平穏が戻る。


だが。


「や、安い……!」

「Sランクの魔剣を指で折る腕前だぞ? 金貨一枚でその技術が買えるならタダみたいなもんだ!」

「トマトも買います! あれを食べたら長年の腰痛が治ったんだ!」


予想に反して、客たちは財布の紐を緩めまくった。

バルガスは最前線の街だ。命に関わる道具には金を惜しまない冒険者が多い。商人も、投資対効果(コスパ)を理解している。


「……計算外だな」

「タクミさん、大盛況ですね!」

フィオが即席の受付カウンターで、嬉しそうに釣り銭の準備をしている。彼女、意外と商魂たくましいな。


「よし、開店だ。一人目、どうぞ」


最初にやってきたのは、歴戦の冒険者風の男だった。

「頼む! この槍を直してくれ! オーガの皮膚を貫こうとしたら穂先が曲がっちまって……愛用してるんだが、鍛冶屋には『直しても強度が落ちる』と言われたんだ」


男が差し出したのは、ミスリルコーティングされた立派な槍だ。確かに穂先が飴細工のようにひしゃげている。

「ふむ」

俺は槍に触れた。

【構造解析】。

金属疲労の蓄積と、熱処理のムラが見える。


「直せますか?」

「直すだけなら三秒だ。だが、これじゃあ直してもまた曲がるぞ。この槍の芯材、鉄と銅の合金だが、配合比率が悪い。粘りが足りないんだ」

「そ、そうなのか? どうすれば……」

「オプション料金追加で、構造強化(アップグレード)するならやってやる」

「頼む! いくらでも払う!」


俺は『修復』を発動させた。

ただ形を戻すのではない。金属の分子配列を組み替え、不純物を排出し、炭素原子を浸透させて鋼(はがね)としての強度を飛躍的に高める。

さらに、穂先の形状を流体力学に基づいて、空気抵抗と貫通力を最適化した形状へリデザイン。


カッ!

光が収まると、そこには新品以上に鋭く輝く槍があった。


「お、おおお……! 軽い! それに、魔力の通りが段違いだ!」

男が試しに槍を一振りすると、風切り音と共に空気が裂けた。

「これならドラゴンだって貫けるぞ! ありがとう、タクミ様!」

「お代は金貨五枚だ」

「安い!」


男はホクホク顔で帰っていった。

それを見ていた後ろの客たちの目が、さらに血走る。

「すげえ! 本当に一瞬だ!」

「次は俺だ!」


二人目は商人だった。

「タクミ様、噂の馬車というのは……」

「ああ、乗り心地改善か」

俺は彼の馬車の車輪周りを改造した。

板バネだけの原始的な構造を撤廃し、スライムの核を利用したオイルダンパーと、コイルばねを組み合わせた独立懸架サスペンションを導入。さらに車軸にはベアリング(ミスリル製)を組み込む。


「試乗してみろ」

商人がおっかなびっくり馬車に乗り込み、少し走らせる。

「な、なんだこれは!? 揺れない! まるで雲の上を走っているようだ! これなら卵を運んでも割れないぞ!」

「長距離移動でもケツが痛くならない仕様だ。金貨十枚」

「払います! 一生ついていきます!」


そんな調子で、次々と客を捌いていく。

修理、改造、建築相談。

俺の『構造解析』と『修復』にかかれば、どんな難題もパズルを解くより簡単だ。

フィオも受付嬢として覚醒し、手際よく客を案内し、売上を帳簿(俺が作った複式簿記システム)に記録していく。


昼過ぎには、行列はさらに伸びていた。

「おい、聞いたか? 最後尾はもう街の門まで続いてるらしいぞ」

「隣の国から早馬で来たって騎士もいたぞ」


どうやら、バルガスだけでなく、国境を越えて噂が広まっているらしい。

『タクミ工務店に行けば、神器レベルの武器が手に入る』

『魔法の馬車を作ってくれる』

『美少女エルフの受付嬢がいる』


最後のは余計だが、とにかく商売繁盛だ。


          ◇


夕方。

ようやく客足が落ち着いてきた頃、一人の老人が現れた。

みすぼらしいローブを纏っているが、その目はただ者ではない。杖をついているが、足取りはしっかりしている。

【構造解析】で見ると、体内に膨大な魔力を秘めているのがわかった。


「……ふむ。お主が噂の『修復士』か」

「いらっしゃいませ。じいさん、何か修理か?」

「うむ。ワシの腰を直してくれんか?」


「は?」

俺は手を止めた。

「腰? 整体院じゃないんだぞ、ここは」

「どこの医者に見せても治らんのじゃ。魔法薬も効かん。骨がズレておるわけでもないのに、痛みが引かん」


老人は悲痛な顔をした。

俺は少し迷ったが、興味が湧いたので彼に近づいた。

「ちょっと触るぞ」


老人の背中に手を当てる。

【構造解析】――対象:人体(腰椎周辺)。


「……なるほど」

見えた。

骨には異常がない。だが、神経系に異常がある。

長年、強力な魔力を行使し続けた反動で、神経回路(魔力パス)が焼き切れてショートしかけているのだ。

いわゆる「魔力過多による神経障害」。大魔法使い特有の職業病だ。


「じいさん、あんた魔法使いだな? しかも相当な使い手だ」

「ほう、触れただけでそこまで分かるとは」

老人がニヤリと笑う。

「直せるか?」

「道具とは違うが……原理は同じだ。『配線』が焦げてるなら、繋ぎ直せばいい」


俺は指先に微細な魔力を集中させた。

『修復』――対象:神経回路および魔力伝導管。

切れた神経を一本一本繋ぎ合わせ、滞っていた魔力の流れをスムーズにする。ついでに、老廃物が溜まっていた血管もクリーニングしてやる。


「う、うおお……!?」

老人の体から、黒いモヤのようなものが吹き出した。

数秒後。

俺が手を離すと、老人は恐る恐る腰を回し、そして目を見開いた。


「痛くない……! いや、それどころか、二十年前の全盛期のように魔力が漲る!」

老人は杖を放り出し、その場でジャンプしてみせた。

元気すぎるだろ。


「神経のバイパス手術みたいなもんだ。もう無理な魔力放出は控えた方がいいぞ」

「素晴らしい! 神の手じゃ! 礼を言うぞ、若いの!」


老人は懐から、ずっしりと重い袋を取り出した。

「治療費じゃ。取っておけ」

中を見ると、白金貨(金貨百枚分)が入っていた。

「おい、多すぎるぞ」

「構わん。ワシにとっては安いものじゃ。……ふふ、良い土産話ができた。王都の連中に自慢してやらねばな」


老人は意味深な言葉を残し、転移魔法(!)を使って一瞬で消え去った。


「……あのおじいさん、一体何者だったんでしょう?」

フィオが呆気に取られている。

「さあな。まあ、白金貨をポンと出すあたり、ただの隠居老人じゃないだろうけど」


俺は袋をインベントリに放り込んだ。

これで今日の売上は、とんでもない額になった。

城壁の報酬と合わせれば、もう遊んで暮らせるレベルだ。


「タクミさん、もう受付終了の時間です。まだ並んでいる方もいますが……」

「今日はここまでだ。続きはまた明日、もしくは完全予約制にするか」


俺は「本日の営業は終了しました」という看板を出した。

並んでいた人々からは悲鳴が上がったが、「明日の整理券を配ります」と伝えると、大人しくなった。

整理券システムまで導入することになるとは。


事務所を閉め、俺たちは母屋に戻った。

リビングのソファに倒れ込む。

「疲れた……」

「お疲れ様です、タクミさん。肩、揉みましょうか?」

「頼む」


フィオの細い指が、俺の肩を揉みほぐしてくれる。

彼女も一日中立ちっぱなしで疲れているはずなのに、献身的だ。

「フィオこそ疲れただろ。今日はゆっくり風呂に入ってくれ」

「はい。……でも、楽しかったです。タクミさんの技術で、みんなが笑顔になって帰っていくのを見るのが」


フィオの言葉に、俺は少し考えさせられた。

前世では、仕事は「苦役」だった。

納期に追われ、理不尽な要求に耐え、誰も感謝してくれない。

だが今は違う。

俺の作ったものが、目の前の人を助け、喜ばせている。

そして、その対価が正当に支払われる。


「……まあ、悪くないか」

金儲けだけが目的じゃない。

俺の技術が、この世界で「正解」だと認められていく感覚。

承認欲求が満たされていくのを感じる。


「でも、これだけ目立つと、そろそろ面倒な連中も寄ってきそうだな」

先ほどの老人や、国境を越えてくる客たち。

有名税というやつだ。

特に、俺を追放した王都や、あの男爵あたりが嗅ぎつけてこないとも限らない。


「その時はその時だ。俺の城(ホーム)は、誰にも渡さない」


俺は強く心に誓った。

しかし、俺の予想よりも早く、事態は動き出していた。

先ほどの老人が、実は隣国の「宮廷魔導師長」であり、彼が持ち帰った報告が、国家レベルの騒動を引き起こすことになるのを、俺はまだ知らなかった。


そして翌日。

タクミ工務店の前に、今度は軍隊の旗を掲げた一団が現れることになる。

「商売繁盛」なんて生易しい言葉では済まない、「国家機密級の勧誘合戦」の幕開けである。

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