第13話 王都からの刺客。暗殺者の身体能力も「構造」に過ぎない

「整理券番号105番の方ー。はい、本日の受付は終了です。また明日お越しください」


夕暮れ時のタクミ工務店前。

俺の声が無情に響き渡ると、並んでいた数百人の行列から一斉に落胆のため息が漏れた。

中には煌びやかな鎧を着た騎士や、どこかの国の使者らしき身なりの良い人物もいたが、俺に特例はない。

王様だろうが勇者だろうが、俺の平穏な生活の前では等しく「客」の一人に過ぎないのだ。


「ふぅ、今日も繁盛したな」


店仕舞いをし、即席の事務所に鍵をかける。

隣でフィオが疲れ切った顔で、しかし充実した様子で伸びをした。

「タクミさん、今日の売上、過去最高ですよ。隣国の第三王女様までいらっしゃいましたね」

「ああ、あのお忍びの人か。壊れたオルゴールを直してやったら泣いて喜んでたな」


オルゴールの構造自体は単純だったが、中に込められた「思い出」という名の魔力が劣化していたので、そこを補強してやったのだ。

技術屋冥利に尽きる仕事だった。


「さて、帰って飯にするか。今日は奮発して、市場で買った霜降り肉ですき焼きだ」

「わぁっ! 私、野菜切りますね!」


俺たちは談笑しながら、母屋へと戻った。

平和な日常。

充実した仕事。

可愛い同居人との美味しい食事。


これ以上ない幸せな時間だ。

だが、そんな俺のささやかな幸福を土足で踏みにじろうとする不届き者が、闇に紛れて迫っていることに、俺はすでに気づいていた。


          ◇


深夜二時。

森は深い静寂に包まれている。

俺はリビングのソファに座り、暗闇の中でモニターを見つめていた。

フィオはすでに自室でぐっすりと眠っている。彼女を起こす必要はない。これは「害虫駆除」のようなものだ。


「……来たな」


モニターの水晶板に、五つの影が映し出された。

全身を黒いタイトなスーツに包み、顔を覆った集団。

彼らは音もなく森を抜け、俺の敷地を囲む結界の前に到着した。


「ふん、結界か。だが、我ら『影の牙』にかかればこんなものは……」


先頭の男が、懐から奇妙な形の短剣を取り出した。

魔力を打ち消す「破魔の短剣」だ。あれで結界を切り裂いて侵入するつもりなのだろう。


だが、甘い。

俺の作った結界は、単なる魔力の壁ではない。

『構造解析』によって空間の座標そのものを歪曲させた、メビウスの輪のような無限回廊だ。

外から見ればそこにあるように見えるが、実際に触れようとすると空間が滑って永遠に辿り着けない。


「……? なんだ、切れないぞ?」

「バカな、手応えがない。すり抜けている?」

「ええい、強行突破だ! 跳躍しろ!」


男たちが結界を飛び越えようとする。

その瞬間、俺は手元のスイッチ――遠隔操作用の魔石――を押した。


「いらっしゃいませ。深夜料金は高くつくぞ」


俺が指を弾くと、庭の芝生が一斉に発光した。

『地盤操作』――モード:粘着(スティッキー)。


「なっ!?」

「足が……動かん!?」


着地した瞬間の五人。

彼らの足元の地面が、強力な接着剤のように変化し、靴底をガッチリと捕らえたのだ。

慌てて足を抜こうとするが、もがけばもがくほど沈んでいく底なし沼仕様だ。


俺はゆっくりと玄関のドアを開け、庭へと出た。

月明かりの下、黒装束の男たちが俺を睨みつける。


「よお。こんな夜更けに何のご用で? 予約のお客様リストには名前がないようだが」


俺がヘラヘラと笑いかけると、リーダー格の男が鋭い眼光を放った。

「貴様がタクミ・アイザワか。……噂通りの小賢しい真似を」

「小賢しい? 不法侵入者に言われたくないな」

「問答無用! 殺せ!」


リーダーの号令と共に、彼らは驚くべき行動に出た。

地面に捕らわれた靴を脱ぎ捨て、裸足で跳躍したのだ。

さらに、彼らの身体から赤黒いオーラが噴き出す。

身体強化スキルだ。それも、尋常なレベルではない。筋肉が異常に膨張し、速度が人間の限界を超えている。


「なるほど、暗殺者か。王都の『影』ってやつかな?」


五人が四方八方から襲いかかってくる。

手には毒の塗られた短剣。投擲される暗器。

連携も完璧だ。逃げ場を塞ぐように、計算された軌道で刃が迫る。


普通なら、回避不能の絶殺陣形(キリング・フォーメーション)。

だが。


「遅い」


俺はその場から一歩も動かなかった。

ただ、目だけが動く。

【構造解析】が、彼らの動きをスローモーションのように捉え、その筋肉の動き、骨格の負荷、魔力の流れをすべて数値化していく。


右から迫る男。

「大腿四頭筋の収縮率200%オーバー。その速度で急停止したら、膝の皿が割れるぞ」


俺は足元の小石を軽く蹴った。

コツン。

転がった小石が、男が踏み込もうとした地面のわずかな窪みにハマる。

男がそこを踏む。

足首の角度が、構造上の可動域をわずかに超える。


「グアッ!?」


バキリ、という嫌な音と共に、男の足首が逆方向に曲がった。

勢いに乗っていた身体が制御を失い、地面に激突して転がる。


左から迫る二人組。

「連携してるつもりだろうが、呼吸が合ってない。前の奴の影に隠れて死角から攻撃する戦法か……だが、前の奴の体格だと、後ろの奴の視界が15度塞がれている」


俺は前の男の攻撃を、首を傾けるだけで避けた。

すると、その後ろから飛び出そうとしていた男が、前の男の背中に激突する形になる。


「どけッ!」

「見えない!」


二人がもつれ合い、団子状態になったところに、俺は軽くデコピンを見舞った。

前の男の背中にある「ツボ」――神経の結節点――を突く。

ビリリッ!

電流が走ったように二人の身体が硬直し、そのまま仲良く気絶した。


「な、なんだ貴様は……!?」


残るはリーダーと、もう一人。

彼らは距離を取り、驚愕の表情で俺を見ている。

一瞬で三人が無力化されたのだ。しかも、俺はほとんど動いていない。


「魔法か? いや、魔力の予兆はなかった……!」

「ただの物理だよ。お前らの身体構造(スペック)を理解して、一番壊れやすい方向に力を誘導しただけだ」


俺はあくびを噛み殺した。

「で、どうする? まだやるか? 俺としては、さっさと寝たいんだが」


「……舐めるなよ、修復士風情が!」


リーダーが懐から赤い薬瓶を取り出し、一気に飲み干した。

直後、彼の身体がさらに膨れ上がり、血管が浮き出る。

ドーピングだ。魔獣の血を精製した、禁止薬物の類だろう。


「グオオオオッ! この力、貴様の小細工など通用せん!」


圧倒的な質量と速度。

理性と引き換えに得た、暴走する暴力。

彼は直線的に突っ込んできた。地面をえぐり、衝撃波を撒き散らしながら。


「力任せか。一番対処しやすいな」


俺は右手を前に出した。

掌を、迫りくる拳に向ける。

激突の瞬間。


『構造解析』――対象:人体(強化状態)。

『解体(クラッシュ)』――モード:筋繊維結合解除。


ドゴォォォン!!


凄まじい衝撃音が響いた。

だが、俺は吹き飛んでいない。

吹き飛んだのは、リーダーの方だった。


「ガ、ア……ッ!?」


彼は数メートル後ろに弾き飛ばされ、地面に転がった。

右腕が、だらりと垂れ下がっている。

骨が折れたのではない。筋肉が、骨から「外れた」のだ。

俺が衝撃の瞬間に、彼の筋肉と腱の結合部をスキルで強制的に解除したからだ。

輪ゴムが切れたように、力を伝える手段を失った腕は、ただの肉の塊でしかない。


「力っていうのは、支える構造があって初めて意味を持つんだよ。土台のないところにビルを建てても崩れるだけだ」


俺は倒れ伏すリーダーに近づき、冷たく見下ろした。

薬の効果が切れ、激痛に顔を歪める男。

残ったもう一人の部下は、あまりの恐怖に腰を抜かし、ガタガタと震えている。


「ひ、ひぃぃ……化け物……」

「失礼だな。化け物はお前らの方だろ。人の家に土足で上がり込んで、薬漬けで暴れるなんて」


俺はリーダーの胸ぐらを掴み、引き上げた。

「さて、尋問タイムだ。誰の差し金だ?」


「く、殺せ……俺は喋らん……」

「そうか。なら、お前のその強化された肉体、全部『解体』して、ついでに痛覚神経だけ100倍の感度に『修復』してやろうか?」


俺が指先に魔力を灯すと、男の顔色が土気色に変わった。

俺の技術がハッタリではないことを、身をもって知ったからだ。

死ぬよりも恐ろしい「改造」の恐怖。


「ま、待て! 言う! 言うからやめてくれ!」

「素直でよろしい」


男は震える声で白状した。

依頼主は、ボルトン男爵。

あの王都で俺を追放した、デブ貴族だ。


「男爵様は……貴様の噂を聞いて激怒されていた。自分が追放した男が、辺境で成功しているのが許せないと。それに、貴様の持つ技術と財産を奪えば、王都での地位も上がると……」

「なるほど。逆恨みと強欲か。分かりやすい」


さらに男は続けた。

「それに……裏には『宰相』も絡んでいる。貴様の作った城壁や武器の噂を聞き、危険分子として排除するか、あるいは洗脳して国の兵器として利用しろと……」


宰相。

国のナンバー2か。

どうやら、俺の存在は一貴族の私怨を超えて、国家レベルの懸案事項になってしまったらしい。


「分かった。情報は十分だ」


俺はリーダーを気絶させ、残りの部下たちもロープ(ミスリル繊維入りで絶対に切れない)で縛り上げた。

さて、こいつらをどうするか。

殺すのは簡単だが、死体処理が面倒だ。庭が汚れる。


「……バルガス辺境伯に突き出すか」


彼なら、王都の暗部とも渡り合えるだろうし、この暗殺者たちを外交カードとして利用できるはずだ。

俺にとっても、王都への牽制になる。


翌朝。

俺は縛り上げた五人を荷車に乗せ、バルガスの城へと向かった。

早朝の訪問に驚く衛兵たちを尻目に、俺は辺境伯に面会を求めた。


「なんと、王都からの暗殺者だと!?」


執務室で報告を聞いたグラハム辺境伯は、激怒して机を叩いた。

「ボルトンの豚め! 我が領の恩人に対し、なんたる狼藉! それに宰相まで……これは明らかな主権侵害だ!」


「こいつらが証拠です。尋問すれば、もっと詳しいことも吐くでしょう」

俺は転がした五人を指差した。

「俺としては、静かに暮らしたいだけなんですけどね。向こうがその気なら、こちらも考えがあります」


俺の言葉に、辺境伯がハッとしてこちらを見た。

俺の目は笑っていなかったと思う。

「タクミ、貴様……王都を敵に回す気か?」

「敵に回すつもりはありません。ただ、俺の邪魔をするなら、それが誰であろうと『構造的弱点』を突いて解体するだけです」


「……くっ、ハハハハ!」

辺境伯は突然笑い出した。

「頼もしい! いや、恐ろしい男だ! 良いだろう、この件は私が預かる。王都には厳重に抗議し、貴様の身の安全は我が領が全力で保証しよう」


「助かります。その代わり、城壁の追加補強工事、サービスしておきますよ」


俺はニヤリと笑った。

これで、王都との対立は決定的になった。

だが、後悔はない。

売られた喧嘩は買う。そして、買うからには完膚なきまでに叩き潰す。

それが、元・ブラック企業社畜として耐え忍ぶことをやめた、俺の新しい生き方だ。


「さて、帰ってすき焼きの続きだ」


俺は城を後にした。

足取りは軽い。

だが、俺の心の中には、新たな設計図が描かれ始めていた。

それは、ただの防衛ではない。

降りかかる火の粉の発生源――腐敗した王都そのものを「リノベーション」するための、壮大な計画図だった。


次なるターゲットは、ボルトン男爵。

そして、その背後にいる宰相。

俺の『構造解析』の前では、権力という名の鎧も、陰謀という名の壁も、すべてはガラス細工のように脆い。


「待ってろよ。最高の『お仕置き』を設計してやるからな」


バルガスの青空の下、俺は静かに闘志を燃やしていた。

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