「構造解析」スキルで異世界を修復(リノベーション)します~不遇職の建築士ですが、魔王城の耐震強度がゼロだと気付いたので指一本で崩壊させてもいいですか?~
第11話 噂を聞きつけた元・仲間たち。今さら戻れと言われても
第11話 噂を聞きつけた元・仲間たち。今さら戻れと言われても
「……なあ、フィオ。これ、本当にトマトか?」
爽やかな朝の光が降り注ぐ、我が家の庭。
そこに広がる家庭菜園の前で、俺は腕組みをして唸っていた。
俺の目の前にあるのは、子供の頭ほどもある真っ赤な球体だ。
ツヤツヤと輝く皮は、まるで宝石のルビーのように光を反射している。
「ええ、間違いなくトマトですよ、タクミさん。ただ、肥料の栄養価が高すぎたのと、土壌改良した土に含まれる魔素が強すぎたみたいですね」
隣でフィオが苦笑している。
俺が「ただの野菜作りじゃつまらない」と、土壌に砕いた魔石の粉末を混ぜ込み、水やりには地下水脈から汲み上げた高純度のミネラルウォーター(魔力入り)を自動散水システムで与え続けた結果だ。
「鑑定してみるか」
【名称:魔トマト(変異種)】
【品質:S】
【効果:疲労回復(大)、魔力微増、美肌効果】
【備考:皮の強度は鉄板並み。食べる際はナイフではなくノコギリを推奨】
「……食材というより、鈍器だな」
試しに指で弾いてみると、カキンッという硬質な音がした。
だが、味は保証付きだ。昨日一個割って食べてみたが、濃厚な甘みと酸味のバランスが絶妙で、一口食べただけで徹夜明けの疲れが吹き飛ぶほどだった。
「まあ、失敗作ではないな。市場に卸せば高く売れるかもしれない」
「そうですね。バルガスの街でも、高品質な食材は不足していますから」
俺たちは収穫作業に入った。
普通のハサミでは茎が切れないので、俺がミスリルで作った特製の枝切り鋏を使用する。
カゴいっぱいの巨大トマト、それに大根(見た目は白い岩柱)、キュウリ(棘が釘のように鋭い)を収穫し、インベントリに収納した。
「よし、今日は久しぶりに街へ買い出しに行くか。こいつらを換金して、調味料や日用品を補充しよう」
「はい! 私、新しい服の生地も見たいです!」
フィオが嬉しそうに耳をピコピコ動かす。
すっかりこの生活に馴染んでいるようで何よりだ。
俺たちは身支度を整え、最強のマイホームにセキュリティロックをかけて出発した。
◇
バルガスの街は、以前にも増して活気に満ちていた。
魔王軍の襲撃を見事に撃退したことで、街の治安と安全性が評価され、近隣の村や商人たちが集まってきているのだ。
俺が作った城壁は、今やこの街のシンボルとなり、「難攻不落の白亜壁」と呼ばれているらしい。
「あ、タクミ様だ! おはようございます!」
「よう、建築士の兄ちゃん! 今日もいい天気だな!」
通りを歩いていると、街の人々から次々と声がかかる。
城壁の一件以来、俺の顔はすっかり割れてしまっていた。
最初は戸惑ったが、悪い気はしない。
前世では現場監督やクライアントに怒鳴られてばかりだったが、ここでは感謝と尊敬の眼差しを向けられる。
「おはよう。今日はいい野菜が入ったから、ギルドに卸しに行くよ」
「おおっ、タクミ様の作った野菜か! そりゃあ楽しみだ!」
笑顔で手を振りながら、ギルドへと向かう。
冒険者ギルドに入ると、いつもの喧騒が俺たちを迎えた。
「いらっしゃい、タクミさん。今日は素材の納品ですか?」
受付嬢がパッと顔を輝かせて対応してくれる。以前俺を馬鹿にしていた態度はどこへやら、今ではVIP待遇だ。
「ああ、ダンジョン産じゃないけどな。家庭菜園の余りだ」
俺がカウンターに巨大トマトや岩のような大根をゴロゴロと並べると、ギルド内がどよめいた。
「で、デカっ!?」
「これ本当に野菜か? 魔物の卵じゃないのか?」
「タクミさんが作ったなら、食ったらパワーアップするんじゃねえか?」
そんな冗談交じりの会話が飛び交う中、俺は買取の査定を待っていた。
その時だ。
「おい、そこのお前」
背後から、不躾な声が掛かった。
聞き覚えのある、嫌な響きの声。
振り返ると、そこには見覚えのある顔ぶれがいた。
全身を派手な金の装飾が施された鎧で固めた戦士の男。
露出度の高いローブを着た魔法使いの女。
そして、ニヤニヤと笑う盗賊風の男。
三人組のパーティだ。
「……誰だっけ?」
俺は首を傾げた。
正直、記憶の片隅にはあるが、名前が出てこない。
「忘れたとは言わせねえぞ! 王都のギルドで会っただろ! 『疾風の牙』のリーダー、ガレス様だ!」
戦士の男――ガレスが顔を真っ赤にして怒鳴った。
ああ、思い出した。
俺が転生して二日目、王都のギルドで「修復士」だと判定された時、真っ先に大笑いして俺を突き飛ばした奴だ。
確か、あの時「邪魔だ、雑魚」と吐き捨てたのもこいつだったか。
「ああ、あの時の。随分と田舎まで遠征に来たんだな」
「フン、王都の依頼(クエスト)が退屈でな。辺境で面白い稼ぎ話があると聞いて来てやったんだよ」
ガレスは俺を値踏みするようにジロジロと見た。
「お前、ここで随分と有名になってるらしいじゃねえか。『建築士』だとか『城壁を作った』だとか」
「まあな。それが何か?」
「へっ、どうせハッタリだろ? お前みたいな不遇職が、そんな大層なことができるわけねえ。俺たちは知ってるんだぜ? お前が王都を追放された落ちこぼれだってことをな」
ガレスの声が大きくなり、周囲の冒険者たちが不快そうに顔をしかめる。
バルガスの冒険者たちは、もう俺の実力を知っている。
だが、余所者であるガレスたちは、噂を信じきれていないようだ。あるいは、認めたくないのか。
魔法使いの女、ミリアが口を挟む。
「でもガレス、この人の装備、見て。あの服、ワイバーンの皮じゃない?」
「あ? ……チッ、確かにいい素材を使ってやがる。おい、お前。その服と、さっき出した野菜の売上、俺たちによこせよ」
「は?」
俺は耳を疑った。
「なんで俺があんたらに金や装備を渡さなきゃならないんだ?」
「とぼけるなよ。お前、王都にいた頃、俺たちのパーティに入りたがってたよな? あの時は断ったが、特別に入れてやるよ。その代わり、入会金として装備と金を献上しろって言ってんだ」
ガレスがニタリと笑う。
盗賊の男も同調する。
「そうだぜぇ。俺たち『疾風の牙』は今や王都でも注目のBランクパーティだ。お前みたいなソロの生産職が、俺たちの後ろ盾を得られるんだ。安いもんだろ?」
……なるほど。
典型的な「虎の威を借る狐」ならぬ、「過去の栄光(ないけど)に縋る負け犬」か。
王都でパッとしなかったから、辺境に来て威張り散らしているのだろう。
そして、噂になっている俺を見て、「あいつなら昔みたいに脅せば利用できる」と考えたわけだ。
「お断りだ」
俺は即答した。
「俺は今の生活に満足してるし、ソロの方が気楽だ。それに、あんたらのパーティに入るメリットが一つも見当たらない」
「なんだとぉ!?」
ガレスが激昂し、腰の剣に手をかけた。
「調子に乗るなよ、不遇職風情が! 俺たちが下手に下手に出てりゃあ! 力ずくで分からせてやってもいいんだぞ!」
ギルド内が一触即発の空気になる。
フィオが俺の前に出ようとするが、俺はそれを手で制した。
ため息が出る。
せっかくの買い出しが台無しだ。
「力ずく、ね。やれるもんならやってみればいいが……その前に一つ、忠告してやるよ」
「あぁ? 命乞いか?」
「いや。あんたのその剣、柄(つか)の中が腐ってるぞ」
俺はガレスの腰にある長剣を指差した。
【構造解析】で見れば一目瞭然だ。
外見は手入れされて光っているが、柄の内部、刀身を固定している目釘(めくぎ)周辺の木材が湿気で腐食している。
王都からここまでの道中、雨ざらしにしたまま放置していたのだろう。
「はっ! 適当なことを言うな! この剣は名匠の作だぞ! 手入れも完璧だ!」
「そうか? なら、抜いてみろよ。……ただし、勢いよく抜くとスッポ抜けるけどな」
「嘘をつけぇッ!!」
ガレスは俺の言葉を無視し、怒りに任せて剣を引き抜こうとした。
右手に力を込め、鞘から一気に引き抜く――動作をした。
バギッ!!
鈍い音がした。
ガレスの手には、剣の「柄」だけが握られていた。
刀身は鞘の中に残ったままだ。
腐っていた留め具が、引き抜く瞬間の負荷に耐えきれずに折れたのだ。
「……は?」
ガレスが、手の中にある柄と、腰に残った鞘を交互に見る。
魔法使いと盗賊も、目を丸くして固まっている。
「言ったろ。構造上の欠陥だ」
俺は冷ややかに告げた。
「あんたらのパーティも同じだ。見た目だけ取り繕って、中身はボロボロ。連携(チームワーク)という名の接着剤も剥がれかけてる。そんな欠陥住宅みたいなパーティに、誰が好き好んで入居するかよ」
「き、貴様ぁ……! 細工をしたな!?」
ガレスが柄を投げ捨て、素手で掴みかかろうとする。
「魔法か何かで俺の剣を壊したんだろう! 卑怯者め!」
もはや言いがかりのレベルだ。
俺は一歩も動かず、彼を見据えた。
「卑怯? 自分の道具の管理もできない三流が、何を言うか」
その時、周囲で見守っていたバルガスの冒険者たちが立ち上がった。
「おいおい、余所者が粋がるんじゃねえぞ」
「タクミさんはこの街の恩人だ。難癖つけるなら俺たちが相手になるぜ?」
「王都のBランクだか知らねえが、装備の手入れもできねえ奴がデカイ顔すんなよ、みっともねえ」
ドスの効いた声が四方八方から飛んでくる。
この街の冒険者たちは、実力主義だ。そして、一度認めた仲間への結束は固い。
俺の作った城壁に守られ、俺の作った装備(こっそり直してやった奴もいる)を使っている彼らにとって、俺はもう「身内」なのだ。
「ぐ、ぐぬぬ……!」
ガレスは周囲を見回し、完全にアウェーであることにようやく気づいたらしい。
顔を真っ赤にして、捨て台詞を吐いた。
「お、覚えてろよ! ただじゃおかねえぞ! こんな田舎街、こっちから願い下げだ!」
「行くわよ、ガレス!」
「ちっ、運がいい奴め!」
三人は逃げるようにギルドから出て行った。
嵐のような騒動が去り、ギルド内には笑い声が戻った。
「ハハハ! 見たかあいつの顔! 柄だけ握ってマヌケだったなぁ!」
「タクミさん、さすがっすね! 触れもせずに撃退とは!」
「いや、あれは本当にただの手入れ不足だよ」
俺は苦笑しながら肩をすくめた。
受付嬢が申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、タクミさん。不快な思いをさせてしまって……」
「気にするな。素材の査定、続けてくれ」
査定の結果、魔改造トマトたちは破格の値段で売れた。
ガレスたちのことなど、もう俺の頭の中にはない。彼らは俺の人生という設計図において、考慮に値しないノイズでしかないのだから。
◇
買い物を終え、街を出る頃には夕方になっていた。
帰り道、フィオが少し心配そうに聞いてきた。
「タクミさん、本当に良かったんですか? あの方たち、王都での知り合いだったんですよね?」
「知り合いってほどじゃないよ。ただ、一度すれ違っただけの他人だ」
俺は空を見上げた。
「俺には今、帰るべき家がある。一緒にいてくれるパートナーもいる。過去に俺を見下した連中に構ってる暇なんてないさ」
「……はい! そうですね!」
フィオが嬉しそうに微笑み、俺の腕にギュッと抱きついてきた。
エルフの体温が伝わってきて、少しドキッとする。
「それにしても、あの人たちの装備、本当にボロボロでしたね。タクミさんの目には、全部見えてたんですか?」
「ああ。魔法使いの杖もひび割れてたし、盗賊の短剣も重心がズレてた。あんな状態でダンジョンに入ったら、最初の罠で全滅するだろうな」
「……教えてあげなくてよかったんですか?」
「忠告しても聞く耳持たないだろ。それに、学ぶことも冒険者の仕事だ。痛い目を見て気づけばいいさ」
俺は冷たいかもしれないが、それがこの世界のルールだ。
自分の身は自分で守る。自分の道具は自分で管理する。
それができない奴は、淘汰されるだけだ。
「さあ、帰ろう。今日はトマト鍋にするか」
「賛成です! ミスリルのお鍋で煮込みましょう!」
俺たちは最強のマイホームへと帰った。
ガレスたちがその後、近くの浅いダンジョンでスライムに装備を溶かされ、パンツ一丁で逃げ帰ってきたという噂を聞くのは、数日後のことである。
バルガスの街での俺の地位はさらに盤石なものとなり、同時に「建築士には逆らうな、装備の恥まで暴かれるぞ」という新たな教訓が冒険者たちの間で広まることになった。
俺としては、ただ静かにモノ作りをしたいだけなのだが。
そんな俺の元に、今度は「商売」の話が舞い込んでくることになる。
俺の作る「完璧すぎる構造物」に目をつけた商人たちが、黙っているはずもなかったのだ。
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