*


 珈琲は一口目がウマい、とはよく言った。何でも最初こそ新鮮。

 だが、二口目以降は一口目よりも感動が薄れてしまうのはなぜか。

 答えは簡単。もうその味を完全に覚えた「つもり」になったから。

 一口目でそれに対する大方の情報を把握し、わかったつもりになっているだけ。

だが、つもりで刑事デカが務まったら世の中飯に困るもんらん!一度味わったそれを二口、三口、やがては二杯、三杯と飲み続け、表面的な味だけでなしにその中に包まれた味、過酷な辺境の地にひっそりと咲く花のような本当の味、即ち〝真味〟を見つけ出す事。こうして幾重にも積み重なった物事や仕事の真味を見出し続け、これは間違いない、と言える絶対的な確信を育てる。世間ではその努力の賜物、真味の実りが〝真実〟と呼ばれる。

 この真実を確実に摘み取っていくのが、いわば我々刑事の凌ぎだ。

 あんじょう、心に留めてかかれ。


 ――儂がまだアマチュアやった頃、先輩に噛んで含められた。あの人はとうに引退して隠居しとるが、現役時代はそれは激しい人やった。仕事がそのまま自分の人生になっている、完璧な仕事人間や。仕事という殻に住み着いている虫、という感じか、よくもまぁ一本のレールを外れず渡り通したモンや。

  つくづく、熱血仕事人には畏敬と畏怖を同時に感じるわ

   もしこの種の人間から仕事を取り除いたら、何が残るんかな

    味噌を抜いた味噌汁みたいになってしまうんやろか

     砂糖を抜いた饅頭みたいになってしまうんやろか

      儂は何を考えとるんや。それにしても、この前からずっと――


 ――松井さん。松井さん。      

 我に返り、隣を見やる。今し方コンビニで買った缶コーヒーを啜りながら、もの思いに耽っていた。この仕事は頭と身体、時に心までもを総動員するので消耗が激しい。

「ゴメン、何やった」「すっごく興味深いですよ、これ。高校生が絡んでます」

相棒がノートPCのキーボードを忙しなく打つ。指から声が出ているみたいだ。

「ほう、そうか。まぁ高校生の坊が夜中にフラついとるのは、条例的にも完全にアウトや。それよりも行く場所がおかしいわな」半ば自分に言い聞かせるような口調。

「山を下りて来たって、何か向こうに隠してあるとか、仲間同士で集まって何か企んでいるとか、どう考えても善良的ではないですね」

「ん、それもたった一人っていうのがあかん。後ろめたい何かが有るんだわな」

「それと関係があるかは微妙ですけど、今回の事件、いくつか線で結べますよね」

「ん。まずおかしいのが、なんで現場の坂道にブレーキフルードが漏れとったかやな」

 通常、車のブレーキ液は意図的にボルトを緩めたりしない限り漏れるという事はないものだ。

「愉快犯にしては用意周到ですし、えらく凝った事をしてますよね」

 中谷は目元を揉みながら、背を凭れた。若いとはいえ二時間しか寝ていないとなるとしんどい筈だ。人員不足で別件から無理に引っ張られてきた彼が不憫だ。法律という強大なシステム運営の端を担う地方の刑事は、そこいらに群生するブラック企業を裕に越す激務が雨あられと降り注ぐ。

「何のこっちゃない。心を病んどる連中がウヨウヨ居るさかいに、する奴はするぞ」

「これは車に詳しい者の仕業、若しくはそういった者の指示か教唆が下地ですね」

「そう。少なくとも、素人に真似できる事ではない」

 中谷は居住まいを正し、一呼吸置いて顔色を変えた。「あの、常習性がある者の可能性は?」

「そりゃまだ分からん。とりあえず知能犯である事は確かや。ほんとのところ、この件は二課の連中が出る幕かもしれん。悔しいけど、相手はなかなかの策士やな、ははは」

 他人事のように無遠慮に笑い飛ばした。

「確かに……それと住人からの証言、あれも些か引っ掛かりますね」

「ああ、それ岡本も言うとった。現場近くの人間が事故前におかしな音を聞いたって。ボンとかゴンとか、腹に響くような」

「そうです。何度か聞こえて、それに混じって怒鳴り声も聞こえていたとか」

「ほお、変な物音に男の怒鳴り声ときたか。香ばし……」店から出た若い男性が車内を一瞥し、フロントを見てからもう一度こちらを見る。一瞬困惑したが、バンパー内の散光灯で捜査車両と見破られたらしい。「あ、あと鑑識が撮った写真ですけど」

 捜査ファイルを閉じ、画像フォルダを開く。表示された画像を見て目を疑った。

「何やこりゃ」

 松井は中谷が愛用するライフブックの画面を覗き込んだ。

「現場の400m手前の地点と、その50m手前から5m間隔で撮られた写真です」

 写真は道路に散乱した硝子片や雑誌、クッション等を写している。「ガイシャの私物ですね」

「こりゃひどいなあ。これだけ物が散乱しとるっちゅー事は、あのオッサンが自分で投げたのやろな。よう居ったんだわ、シャブで飛んでこういう事するの」

「あと、これも見て下さい。そこの少し手前と、その先で車の窓が割れているんです」

 問題提起するような口振りで、次の画像を開く。路面に散乱する硝子片の接写。

「自分で割れる訳ないわなぁ。とすると、やっぱり加害者がおるっちゅう事になってくる。あくまで仮定な。よしよし。ところで他に何か気になる所はなかったか」

「有力そうなのは特に無いですね。強いて言うなら、聞き込みの時にきっと〝おきて〟を破ったから呪われたんだ、って言ってたぐらいかと。……あまり当てになりませんか」

 噎せた。「何を言うとんねん。まったく呪いとかなんとか……この村の連中は阿保なんか?」

「テレビとかでもよく言ってますよね、ここの人達。もしそれが本当なら、警察ではなくて霊媒師の出番ですよ」中谷はPCを閉じ、ハイライトの青箱から一本抜いた。

「違ぇねぇ。いっその事この村自体すっきり御祓いできんもんかな」

 二人は豪快に笑い合った。儂ら警察に呪いなんてモンが通用するとでも思っとんのか。

 どんだけようが、こっちは泥臭い捜査を続けていくつもりや。

 しかし他の調査書にも、村人が呪いについて話した記録が残っている。署内でも同僚達がこの呪いの件についてしきりなしに議論していた。松井は車外で一服する後輩、奔放な格好でぶらぶら行き交う買い物客らを矯めつ眇めつ、大欠伸をかました。

「さぁて、村ぐるみで何を企んどるんかな。また面倒になりそうなこっちゃな~もう」

 舌打ちし、缶を呷る。もう既に空っぽだった。


          *


 ――あの日、普通じゃなくなった。三年前、中学二年になったばかりの頃。

「この村を、俺達のシマにしよう」そう言った竜司の顔を、今もはっきり記憶している。彼は昔から人や物事を仕切りたい、支配したい、思い通りにしたいという占有願望が人一倍強かったように思う。そんな彼が未来と一緒になってから、ますますおかしくなった。

 やがて「この村から俺達の敵となる人間を全員消して、思い通りの楽園に変えよう。俺達がここを牛耳ってやろう」という旨を頻繁に口にするようになる。

 ――もちろん最初の内は、周りもアイツは中二病だと思って適当にあしらっていた。

 ところが彼は、遂に行動を起こしてしまう。何にせよとにかく頭が良かった、いや聡かったから、その明晰な頭脳を悪用した。まるでSF映画に出てくるマッドサイエンティストのようだった。それでこの村に昔から伝わるというある噂に目を付けた。村の人々はこう呼ぶ、〝おきて〟。更に村の住人でなくとも〝おきて〟を守るよう御神山の麓、夜龍峠の入り口と深鏡トンネルの入り口に立て札を設けている。それを利用した訳だ。因みにその内容とは――


一、午後十時以降は大魔の時。何人なんぴとも家の門戸や窓をしっかり閉め、外出を控えるべし。


二、村の北の外れ、小高い山は土地神のもの。何人も、決して立ち入るべからず。


三、深鏡トンネルを自動車で通過する際、自動車の昇降扉、荷室及び全ての開口部を開いたうえ、徐行運転で通過すべし。


 ――というもので、あまり意味が分からないのだが村の至る所に掲示されている。

しかし一と二は守らない者も多く、有って無いようなものだと先輩から聞いた。問題なのは三らしい。祖母に訊くと、昔この村で本当にあったという話を聞かせてくれた。


 時は昭和20年、終戦の年。

 ここ、三重県にも空襲の魔の手が及んだ。【四日市空襲】と呼ばれ、計九日間に渡って行われた記録的大空襲で死傷者併せ2541名の犠牲を出した。その年の六月。空襲から逃れる為、ある家族が御神山に入った。戦火に追われ、着の身着のまま方位磁石や地図など持ち合わせておらず、案の定一家は遭難した。食料も無く、家族は日ごと衰弱していく。きっかけは一番の頼りだった父が沢で足を滑らせ骨折した事だ。子供を身籠もった母と幼い子供五人では食料を探す事もままならない。子供達は栄養が足りず、脚気や壊血病に罹って一人、また一人と力尽きる。13歳の長女だけが残った。彼女は学徒動員により軍需工場で働いていたのだが、腕を怪我した為に偶然その日は家に居り、運良く家族と共に逃げて来る事が出来たそうだ。

彼女はまだ年端もいかぬ弟妹や怪我をした父、身重な母の為に来る日も来る日も山を歩き、傷と腫れ物だらけになって木の実や山菜やきのこを採って家族に届けた。

 しかし、やがて彼女も脚気によって動けなくなってしまう。一家は沢の近くで水を飲み、蛙や苔を食べて飢えを凌ぐようになった。ある日、弱りきった家族を熊が襲った。熊は彼女の両親を見ると衰弱している事を察したのか集中的に攻撃を仕掛けた。目の前で肉親が血染めになり、食い千切られてゆく光景に身動きがとれない。悪夢のような惨状の中、父が最後の力を振り絞って叫ぶ。「逃げろ。お前だけは、生き残れ」それだけ言うと、果てた。

 彼女は熊が両親に気を取られている隙を見て、枝のように細くなった足で蹌踉としながらもやっとの事でその場を離れた。それから三日間、彼女は雑草や木の皮を食べて命を繋ぎ、遂に急勾配の山道で崩れた。美しかった髪は乱れ、可憐な顔は見る影もなく痩せこけ、肌は黒ずみ、生傷と膿だらけ。意識は朦朧としている。

 霞む視界に見慣れぬ物体が現れた。旧日本陸軍の自動トラ貨車ック。彼女は道の中央まで這っていき、乗せてくれと哀願した。だが無情にも乗車を拒否される。そこではおそらくこんな会話があったに違いない。

「お願いです、街まで乗せて下さい」

「だめだ。今、荷台にはたくさんの兵隊さんが乗って居られる。それに何だ、そのみっともない格好は。アメリカにそんな見窄らしい姿を見られたら我々日本帝国人民の恥だ。さぁ立て。自分の足で歩かないか。どこの娘だ、非国民め」

 降りてきた運転手――上等兵とか、軍曹かも――に土嚢のように足で蹴られ、見捨てられそうになった。それでも最後の力を振り絞って立ち上がり、車体を叩く。

「助けて下さい。置いていかないで下さい」

 走り出すトラック。「開けて下さい」それが最期の言葉だった。

 彼女の亡骸は昭和22年の夏、山菜採りに来た男性に発見された。白い寝間着姿の小さくて美しい白骨体だったそうだ。月日が流れ、かつて彼女が息絶えたまさにその場所に深鏡トンネルが造られる事となる。着工前、現場に来た役人が「右を見ても左を見ても全く同じ景色が広がっており、まるで鏡を深く覗き込んでいる錯覚に陥った」ことがトンネルの名の由来だという。因みに、この村と峠の名前の由来も祖母から聞いた。風死見村。この名が付いた訳は諸説ある。この村は山間部にある為、街から村を見るには天を仰がねばならない。その際、眩しいから手を「翳して見る」ということで、語呂合わせでこの名が付いたという話や、その昔、村で死人が出ると必ずその夜は強風が吹き荒れ、家々の門戸を鳴かせた事から「風が死人を見に来る」という所以もある。まるでこの村が恐れられる存在になる事を暗示していたかのようだ。夜龍峠については明治初期、夜に曲がりくねった峠の道を提灯を持った大勢の商人が行列を作って歩いた際、ズラリと並ぶ赤い光がまるで龍のように見えたことから「夜になると龍が現れる峠」としてこの名が付けられた。

 閑話休題。

 トンネル開通に伴って交通量が急増し、村は劇的に栄えた。しかし暫くして奇妙な話が持ち上がった。深夜の深鏡トンネルを車で走っていると、突如前方に襤褸を纏った美少女が現れ、気になってうっかり停車すると「乗せて下さい」と頼んでくるという。不思議に思いながらも、当時の人々は優しく、善意で乗せてあげたのだろう。そうして彼女を乗車させ、全長四百m余りのトンネルを抜けると、それまで大人しく座っていた少女は、突如音もなく姿を消す。

「はぁ?それ本当?」

 俺は思わず笑った。オチが、完全によくある怪談のそれじゃないかって。

 だけど、婆ちゃんは恐ろしいのはここからだと凄んだ。もしも気味悪がって乗せるのを拒むと、少女は小さな拳で車体をバンバン叩いて「乗せて下さい!!助けて下さい!!」と叫び喚くのだそうだ。気味が悪くなって車を発車させると、走って追って来るもののすぐ見えなくなる。

 ホッとして前へ向き直ると、そこにはさっきの少女が変わり果てた姿でフロントガラスに張り付いている。「なぜ乗せてくれないのですか」という怨念の込もった、低くて重たい声が耳元で響き、乗車拒否をした者は必ず事故に遭う。そして、必ず顔面を酷く損傷する。

 ……なんて、現代っ子からしたら「うーん……」だけどね。そんなこんなで、この悪習に目を付けたあいつは、ある種、着眼点はよかったのかもしれない。

「今夜、始動する。興味のある奴は見に来い」

 三年前の五月三日。変な嵐が来ていた。俄かに足の速い風と暗雲に怯え、殆どの人間は家に閉じ籠る時。未来ちゃんと悪ノリでついていった遊び仲間の俺と美幸と翼、小春ちゃん、それと他校へ進学していった女子二人を集めての観劇が始まる。

「いよいよだ。俺達の時代が始まるぞ」

 トンネル入り口で未来ちゃんが見張り、〝おきて〟を無視して通過する車があると技術の授業で作ったトランシーバーで連絡を取り合う。電気オタクの級友に教わった竜司がハンダごてを持ち、信号のタイミングを制御している基盤から銅線を独立させて青信号用の銅線のみをリレーに直に接続する。こうする事で、信号の表示が青に固定される。だが交差する方の信号も青だ。滅茶苦茶な話だが、トンネルから交差点を見ると上手い具合に両側の土地の盛り上がりに信号の光が隠れる為、自分と交差する方も青なんて分からない。そして小柄な小春ちゃんにボロボロの着物を着せて、車の前方に佇んでもらう。因みにこの着物は演劇部の備品で、文化祭で『泥かぶら』をやった際に美術部が制作した物だ。

「小春ちゃん、必ず運転手と目を合わせるんだよ」

「おっけー!あぁ、ワクワクする。ねぇ似合ってる?怖い?」

 彼女は赤色のカラコンを付けた目を淫靡に輝かせる。

「すごくね」「竜司、通信ボタンってどれ?」「ここを押しながら話す。押しながら、な」

 この怨霊仕様の小春ちゃんを見た者は村の噂が頭を過ぎり、恐怖に駆られて逃げ出す。

『白の軽トラが無視した。そっちに行く!』「了解だ」

 予想は見事に的中し、車はエンジンを唸らせて逃走した。おお、これ幸い、先の信号は青だ。実にタイミングが良い――なーんて思ったか。右から直進してきた軽自動車と激突。当然の事だ。交差点の信号の全てが青になっていたのだから、これが本当の魔の交差点って訳だ。

 不条理というスパイスがピリッと効いた、竜二シェフ一押しの逸品。

 頬っぺたが落っこちそうだね。実際落ちたのは運転手の頭部だったけど。

 竜司は完全に車をコントロールして〝事故を創作〟したんだ。

「本気だよな?」

「もちろん!俺も新しい時代の創設者になりたい、将来お札に載りたい!」「素質アリ」

 それから俺達も手伝うようになった。二人が持つカリスマ性――嬉々として取り組む姿勢と完璧なまでの自信と希望、創造意欲に魅了され、骨の髄まで酔いしれた。

「いいかお前ら。世の中の常識だの正攻法だのはもう古い。今の世の中自体が干上がってる、こんな環境に浸かっていたら俺達までカンピンタンだ。生き地獄不可避だな。何でも始めは小さくていい。まず自分を変えろ。理想を手に入れる一番の近道だと思っていい」

 ――一月後、以前と同じ方法で狩った二台の車から死体を引きずり出し、すぐ脇の田んぼに頭から突っ込んだ。【逆さ案山子死体事件】とメディアが勝手に名付けた件だ。   

この頃になると、他の級友も勇んで参入するようになっていた。

「よぉアンタ。最近ここらでヤイヤイ言わせとるようやなあ」

「うん、でもまだ下拵えの段階だけどね。君は誰だっけ」

「は、何を。まだオェの名前知らん奴おったんかぇ。辻・方や手に書いとけタコ助が」

「辻方君か」

 威圧感たっぷりの自分を見ても怯え一つ見せない竜司は、非常に不愉快な存在だった。

「けっ。灯台元暗しっての、知っとるか?八面六臂の革命家さん」

「褒めてくれているのかな?ん~。だとしたら嬉しい。だけど生憎、社会情勢に疎くて。君は見たところ賊かな。何だか俺と同じ匂いがする」

「一緒くたにされちゃかなわんわ。族なんは当たっとるが副長や。かしらの直下で張ってんねん。それとな、オェはアンタみたいな胡散臭い奴ぁ大ッ嫌いやでぇ」

 いつもやるように、上目遣いに射殺そうとした。ところが簡単に透過していく。

「そう。俺は君のそういう大胆さが好きだ。どうだ、俺らと一緒に世直ししないか」

「は、世直しィ?直すところなんて無いやろが。アンタ言っとくけどな、オェのシマ弄り回したらワレただじゃおかんぞ。そこ理解出来るか?」

「とんでもない。これは挑戦状じゃなくてヘッドハンティングだよ」

 まったく蒟蒻問答だ。

「なんやそらぁ、オェとそんな訳の分からん格闘技をして、何を」

「格闘技じゃないよ。言ってみればそう、スカウトだね。その歳で副長を務めてしまう君は俺の作戦に於いてイイ仕事をしそうだものね。大物の匂いがする」

「何を物欲しそうな目ェして。友達探しかぇ」辻方は憧憬にも似た視線を笑い飛ばした。

「そう、仕事ビジネス友達パートナーを随時募集中の寂しい身でね。一人じゃとても出来ないんだ。でも君なら、俺を高い所へつれていってくれそうな気がする。そのいい腕っ節も一役買いそうだし」

「ほ~、言うねぇ革命家さん。そこまで言うんやったら、ちょっくら暴れたるかいのぉ。ただしええか、オェは絶対に依存はせんからのぉ。そこ覚えとかないかんで」

「ありがとう。むしろこっちが君に依存してしまいそうだから」

(一匹釣れた)

 重量級の辻方は達也と共に無免許運転の常習者でもあった。とあるスイミングスクールの送迎バスを狩る際、いつものように信号を使うものの、他の車と絡ませないよう単独事故を狙った。バスの前に辻方がトラクターで現れ、急ハンドルを切らせて電柱へと導く。結果、狙いは少し外れて信号柱に衝突して破壊してしまったものの、バスはしっかりと潰れた。重体で動けない運転手をバス諸共引きずって近くの貯水池まで運び、沈める。修と竜司が二人掛かりで瀕死の運転手を全裸にし、同じく水葬に伏した。後日、服や携帯電話などの私物は学校の焼却炉に捨て、用務員に火葬してもらった。事故の真相は水底に沈み、往に掛の駄賃として運転手の処理も済ませられた訳だ。

 丁度この辺りから、村の様子や世間の目が変わり始めた。作戦の規模が大きくなるに従って道具が必要になった折、ダットサンと丸目四灯トラックを仕留めた。渡りに船とはこういう事を言う。丸目の運転手の男性は衝撃で失神していたが、一方の女性二人は「幸か不幸か」軽傷だった。俺達は堂々と二人に近づいていった。丁度良かった、助けて下さいと懇願する親子と思しき二人をスタンガンで飛ばし、胸と頭をハンマーで殴って殺害。丸目の男性も同じように殺害し、車が停まっていた場所にそれぞれ遺棄した。車を悠々と基地まで乗り入れて〝事故〟は完成。その後の警察の捜査の結果、被害者が撲殺された事は判明したのだが、車が忽然と姿を消したという事で見事に世間が沸いた。『今世紀最大の怪・風死見村交差点事件』『著名霊能者ら、正式に呪いの存在を主張』『警視庁、遂にFBIへの捜査依頼も検討』

 ――しかし何だ、この燃え滾る欲望と染み出す快感と名状し難い優越感。

 ジェットコースターで降下する寸前や射精する寸前にも似た感覚が、止まらない。

 

          *

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