二人は残業組。「残業じゃなくて種蒔きとか下拵えとか、そっちの方がしっくりくるなぁ~」

 達也はやんわりと不満を歌い、同年齢の九割九分は心得ぬ運転を続けている。

「新聞で知ったんだけど、この車の持ち主って花屋だったんだな」

「も~散っちゃったけどね~。ぬふふふふ」かつて美しい花々を満載していた荷台には、今では柘榴のような惨殺死体、もとい作品が鎮座する。なんの巡り合せかと思うと、可笑しくて笑いが込み上げて仕方がない。「この辺で止まって」

 竜司が停車を促す。路肩に停車した途端、運転席のドアが一人でに開いた。

「混じりっ気無しのポンコツ」「だね」

 笑いながら車を降り、荷台へ回る。教諭は五つの破片ピースに化けた。

 右足首、右腕、左手首、頭、そして中途半端に手足のくっついた胴体。

「美しき殺人。あえて一歩引いたものってな、ちゃんと歴史に残るんだぜ」

 断面がぐちゃぐちゃした右足首を掴むと、落ち葉の上に放った。「臭ぇぞ藤原の足……」達也は思わず吹き出した。

「な~るほどぉ~。多忙な警察さんに宝探しの息抜きをさせてあげようって訳ね~」

「その通~り。どっかの殺人鬼がさ、ボディを透明にするとかなんとか言ってたけど、死体が見つかるからこそ面白いんじゃないか。宝探ししなきゃ。人生も同じだろ」

 車はおかしな音を立てて商店街の一角にやって来た。長い通り沿いにある店は皆シャッターを下ろしてだんまりだ。唯一営業中なのは、200m先に見えるコンビニのみ。

「中村書店に腕を投げておこうと思う」

 車が中村書店の前に停車すると、竜司は右腕を入り口横にある傘立てに突っ込み、すばやく車に戻った。まるで缶コーヒーを買ってきたような余裕ある挙動だ。

「えへへへ。傘を取ろうとしたら握手出来る訳だね。いいなぁ~死んだ人と握手」

 達也は終始笑顔を絶やさない。時に竜司ですら彼の心中が図れずに困惑する事があったが、ただその場その時を楽しんでいるだけだと思うようにしている。正直、日がな一日微笑を湛え続ける達也は不気味だ。それでも元が甘い顔立ちのせいか他クラスの女子にも人気があるという事なので、それはそれで頂けるのだろう。寂れたアーケード街を少し流し、カラオケ店の前にやって来た。まだ営業中なので、店の外には四、五台の自転車がある。竜司は入り口横にある従業員用の螺旋階段を駆け上がり、踊り場に左手首を放って車に戻った。

「時期外れのサンタクロースさ。村が生まれ変わる前祝いって事で」

「ボクら、いい事してるよね~。世直しだもん、他に誰もやらないよ~」

 その後も村を回って宝をバラ撒き、狂騒的な暗躍を嗜んだ。


          *


 菰田は部屋着のままサンダルを突っ掛け、愛車に向かっていった。

「いやなぬるい空気」

 村の西端に佇むアパート。ワンルーム、管理費込みで家賃三万七千円の干物物件だが、薄給の若い整備士が一人暮らしをするには分相応だ。風呂から上がってテレビを眺めていたが、スマホが無い事に気付いた。うっかりして車の中に置き忘れてしまったらしい。「ここにあったのか……よいしょ」運転席横の僅かな隙間にあった。ポケットから落ちたのだろう、ツナギのポケットは口が大きいから座ったりしゃがんだりした際に物が零れ落ちる事がある。視線を上げると、前の道路を見慣れた人影が横切っていく。

 あれはタツヤ君か?自転車を立ち漕ぎし、脇目も振らずに走り去っていく。何かがおかしい。彼が走ってきた方向は山だ。高校ぐらいしかない。学校に忘れ物を取りに行っていたのか。いや、有り得ない。十一時半を過ぎている。こんな遅くまで職員はいない筈だ。

 達也は菰田に気付いていないようだったが、思いの他焦っているようにも見えた。

「墓穴堀りに行ってるんじゃないといいけどな」

 血塗られた四月二十九日は長い影を残し、二十四時間という短い生涯に幕を下ろした。


          *


「オーライ、オーライ、OKでーす!」 

 五月五日。土曜日。沼田モータースは朝から警察の対応に追われていた。捜査車両に乗った警察の人間が押しかけ、聞き込みをしたり検証写真を撮ったりで半数以上の整備士が対応に駆り出され、通常業務が行えない状態だった。菰田も車検証のコピーやら書類を片手に受話器を握り、依頼を受けていた客に車を帰す日や作業日程が遅れる旨を伝えていた。初ボーナスに色を付ける代わり、急用だから大至急来てくれと呼ばれ休日出勤をしたらこの有様だ。

「イイ迷惑よ。参っちゃうね」六人目への電話が終わった折、古めかしいシャドウ・ストライプスーツに身を包んだ敏行が顔を出した。それはこっちのセリフだと内心で思う。

「朝からご苦労様です。何か手伝いましょうか」

「んん、大丈夫。しかし申し訳ないね。警察の人ら自分の都合ばっかやわ」

 敏行はあの夜車を回収する為に現場に呼ばれており、重要な証言者でもあるので警察へ顔を出すと言う。不慣れな手付きでネクタイを直していた。その時、同僚の一人が事務室に駆け込んできた。「ヤッちゃん。積車にあのイプサム積むから、はよ手伝え」

 ヤッちゃんというのは、初日から与えられた菰田のニックネームだ。「はい、行きます」

 電話を事務員に頼むと、もう一人の整備士と裏の廃車置き場に向かった。

「やってるやってる。面倒くさそうだな~」

 中型の起重機付き積載車がアームを伸ばしていた。少し離れて警察車両と思われる銀色のスバル・レガシィが駐車し、車内で若い男が元気そうに電話をしている。キャップを斜めに被ったレッカー屋が起重機を器用に操り、四人の整備士がベルトを車に掛けたり、落ちそうなパーツを固定したりしていた。脇で整備士と大柄の男性が話し込んでいる。

「長谷川さん、ヤッちゃん呼んできたっす」

 先輩の菊池きくちけんすけが大男と話しているチーフエンジニアの長谷川はせがわ貴洋たかひろに声を掛ける。

「ああ、サンキュ。えっと……まず、ヤッちゃん。ちょいカモン」

 四十代のベテラン整備士、長谷川は敏行の代理として現場に立ち会っていた。

「今こうして刑事さんと話しとったんやけどさ、いくつか大事な話が有るみたいなんよ。僕らもみんな同じ事聞かれたから、ちょっと……とにかくしっかり頼むぞ」

 敏行が呼んでいるのに気付き、会話を中断して行ってしまった。更に菊池は作業に加わった為、菰田は大男と二人きりである。男は五十代前半くらい、グレーのスーツ姿で巨漢だ。小太りの角刈り頭――大きく股を開いて立つ姿は、いかにもデカという雰囲気。メモ帳に目を通していた男は突然、大仰な咳払いと共に「あの、ええですか。わしはこういうもんでしてな、今後しばらくは世話になると思いますんで。よろしくお願いします」と言って上着から縦開きの警察手帳を取り出して見せた。身分証には今より少し若い男の顔写真と共に【警部補 三重県警察 桜署 刑事部捜査第一課 松井まつい晋太郎しんたろう】と記載されている。やはり刑事デカだ。

「いちおう今回の事故の捜査を担当させていただくんで。そういう事で」

 松井刑事は厳つい面を下げた。見た目にそぐわず物腰は柔かい。

「菰田と申します。答えられるかは分かりませんが、何でも聞いてください」

「ん、ありがとさん。……あれ。なんや君、新人?幾つや?ずいぶん若そうやけど、あれか。沼田さんの子か」いやいや、おかしいだろう。それにしてもこの刑事、目算でも身長一八五を裕に越す。目前に立たれると、ガタイのいい彼をも圧倒する威圧感だ。

「十八です。今年高校を出て、ここに職を得たばかりの身です」

 面倒くさい事は嫌いで無視してしまうタチだ。

「ほーお、まだ十八か。そうか。家はどこにあるん」

 中途半端な関西弁と掴みどころのない言葉遣い、この地方独特の話し方。

「実家は日永ですけど、今はここで一人暮らしです」

「そうか、ふぅーん。えらいなぁ。仕事の為にか。真面目やのぉ」

「はい、ありがとうございます」早く本題に入ってくれないだろうか。

「はい、了解しました。分かり次第連絡致します。失礼します」

 聞こえた声に振り向くと、レガシィから男が下りてきた。二つ折りの携帯電話をパタンと閉じ、軽く会釈する。こちらも会釈を返す。二十代後半~三十代前半の若い男で、威勢の良いノーネクタイのワイシャツ。短髪で髭もすっきりと剃られ、更に小柄で童顔な為、少し離れて見ると高校生と間違えそうだ。童顔男が歩み寄る。

「どうも、桜署の中谷と申します。お忙しい中のご協力、有難うごさいます」

「いいえ」中谷刑事。こざっぱりした容姿に似合う控えめな振る舞いだ。

「コレは儂の相棒バディっつってな。一緒に組んで今年で二年目になるけども、なかなか腕が良くて随分と助かってるんですわ。キャリアの子あるあるでちょっと真面目過ぎるとこがあるけど、それもまあ言ってみりゃ一種のご愛敬やわな」松井が自分の息子のように部下を紹介した。

「ナイスコンビって感じですね」それで菰田は、彼にしては珍しく社交辞令を放った。

「あぁ。一人で仕事するよりかずっと楽や。精神的メンタルにも、肉体的フィジカルにも負担が減るでな。よし、前置きはこれぐらいにして本題入るわ。いくつか聞きたい事あるけど、ええか」

 唐突な閑話休題。走っている玩具の機関車をむりやり蹴って脱線させるかのような。

「は、はい、何なりと」

 ひょっとして、わざと雑談を挟む事で相手の緊張と警戒心を解き、有力な情報を引き出そうとする心理マインド操作コントロールの一種だったか。閻魔大王みたいな松井が、重々しく切り出す。

「どんな小さな事でもええから、教えて欲しい。最近この辺りでおかしい人間を見てないか。見た目、行動、服装、とにかく何でもええ。心当たりが有れば教えてくれ」

 おかしい人間……ハッとした。

 ――タツヤ君――ひどく逡巡した。いくら怪しいとはいえ、ただの高校生だ。

「目が泳いどる、ちゅう事は?」松井が炊飯器のように大きな顔をグワッと近づけてきたので、本気でビビった。感づかれたか。探りを入れられても気分が悪い。相手は捜査のプロだ、ここで変にしらばっくれるより、真実を吐く方が賢明だろう。「……実はですね」

          

「なんやと……」

 開いた口が塞がらず、言葉が出てこない。

「そ、それで動けないでいるのかアイツ」「早く離してやれよな、見ているだけで気持ち悪い」「朝から何てモノ見せるんだよ」

 簀子にへたり込んでいる坂田優香の周囲には、次第に黒山の人だかりだ。

「優香が下駄箱を開けたら、鳥の骨が何体も詰め込まれてたの!鳥の白骨死体!」

「はああ!?」

「おい!朝からおまえら何をゴジャゴジャと溜まっとんじゃ!」

 生徒指導室のドアが叩き付けるように開き、体育科の小木曽教諭が飛び出すと、生徒を掻き分け、輪の中心へ向かう。だが、小さな下駄箱いっぱいに詰まった白骨と床に落ちて転がった鳥の頭蓋骨を認めると口を噤んだ。流石の教諭も目を白黒させる。「おい、何やこれ。誰がやった?……誰や!?」生徒を睨み回すが、誰も答えない。教諭のただならぬ剣幕につられ、教室棟の窓からも生徒が顔を出す。「今の悲鳴、なに?」「何あれ?いたずら?」「え、まさかコレって骨?」「やばいやばい!」周りにいる生徒達も状況が把握できると、顔色が変わり始めた。女子生徒の中には、優香と同じように顔を覆ってしゃがみ込んでしまう者も居た。「な、なんで!?どーしてなの!?」パニックを起こした誰かが叫ぶ。それを引き金に、恐怖と戸惑いの狭間で拮抗していた綱が切れ、一気に混乱した。面白がって動画を撮る者、逃げ回る者、友達や後輩を呼びに行く馬鹿でごった返す。優香は遂に泣き崩れてしまった。

「おい、なんか知らんけど他のモンはすぐに教室へ行け!皆川先生、高木先生、これの始末の方を大至急お願いします。小木曽先生も誘導をお願いします」

 二年C組担任の大野教諭が朝練の格好のまま駆けつけ、動揺する生徒と応援に来た教員らに素早く指示を飛ばした。若手英語教師の皆川みながわしょうと小柄で頭の禿げた中年の理科教師、高木たかぎとおるが騒めく生徒達を押し流していく。

「坂田、大丈夫だぞ。先生が来た。とりあえずここから離れよう。立てるか?」

 彼女が小さくしゃくり上げながら手を差し出した時だ。バシャァンカラカラカラン! 思いのほか大きな音と共に、大量の白骨が落ちて砕けた。

「イヤァ!!ヤダヤダ、もう無理ィ」「うぅわ……ん、何だあれ」

 見開かれた大野教諭の目が、ある物を捉えた。骨と骨の間に挟まれた真っ赤な紙切れ。

 一瞬他の景色がぼやけ、紙切れだけが妙に色濃く浮かび上がる。おそるおそる手にとって裏返してみる。何か書いてある。赤いインクで書かれたその文字は手書きで、筆跡が荒い。ハガキくらいの大きさの紙に縦書きで、狂気に満ちた詩のようなものがしたためられている。

 教諭は足元から自分を見上げている白骨を見た。窪んだ黒い目が彼を捉えて放さない。

 いつの間にか、紙を持つ手がじっとりと汗ばんでいた。


          * 


「駿、いただくぞ」「早く、早くして諒。もうギンギン……うああっ」

 昼休みの体育準備室は、カップルが互いの気持ちを確かめ合うのに丁度いい場所だ。染みだらけの体操マットに、人の丈に丁度いいとび箱。高校生カップルと聞くと、世の九割は初々しく清廉な男女を想起するだろう。だが、同性愛者カップルを隅に置くのは時代的にナンセンス。

「ヌルヌルじゃん。我慢汁出しすぎだぞ」

「諒ちゃんのもくわえたい、諒ちゃんのお蜜ほしい、白くて濃~いのちょうだい」

「ほらよ。いっぱい吸えよな」

「あつい、美味しい……んふふ……」

 青春の形は人それぞれ。恋愛の形も、セックスの形も、十人十色。彼らは竜司にだけ自分たちの秘密を明かし、コンドームがいらないから節約になる、と喜々として語ったのだった。


          *

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