第5話 落ちこぼれ五人の死闘──砕石守衛を撃破せよ

 砕石守衛ガード・ロックが、壁から巨体を引きはがすように立ち上がった。

 胸の核石が濃い橙色に明滅し、広間全体の魔力の流れが一瞬で“そいつ中心”に組み替わるのが視える。


(――来る)


 息を呑んで、一歩だけ前に出る。


「来る!」


 巨腕が振り下ろされる。


 バキィィィィン!


 床石が砕け、破片が四方へ飛び散った。


「ガイアス、斧を斜めに! 正面で受けるな!」


「うおおおおおっ!!」


 ガイアスが咄嗟に構えを変える。

 斧がスライドするように衝撃を流し、なんとか押し潰されずに済んだ。


「っぶねぇ!」


「リィナ、右側の足下に《ライトスパーク》! 目くらましだけでいい!」


「任せて! 《ライトスパーク》っ!」


 白い閃光が走り、守衛の視界が揺れる。


 その瞬間を逃さず、ユートが矢を放った。


「……通れ!」


 矢は肩をかすめただけで弾かれた。


「固いな……!」


(今のは悪くなかったけど……核石側の防御流路が強すぎる)


 守衛が唸るように腕を引き、今度は横薙ぎに振ってくる。


「全員、しゃがめ!!」


 叫ぶより早く、俺も地面へ身体を伏せた。

 風圧だけで視界が揺れ、砕石が頭上を通り抜ける。


「ひぇええええ!!」

「っく……!」


 辛うじて全員避けた、が――


「ミナ、大丈夫か!?」


「う、うん……転んだだけ……」


 膝を擦りむいている。

 まだ致命傷じゃない。だが、このまま長期戦したら保たない。


(早めに“足”を折るしかない)


「ガイアス!」


「おう!」


「あいつの足下に、魔力の杭が四本打ち込まれてる。

 三本は左側、一本は右。右の一本だけ、流れが弱い」


「つまり?」


「そこ狙えば、バランスが崩れる」


「最初からそう言えっての!」


 ガイアスが守衛の周りを回り込む。

 守衛はハンマーを振り回しながら追いかける。砕石の床がじゃりじゃりと滑る音を立てた。


 足下の流れが見える俺には、どのタイミングで崩れるかも分かっていた。


「次! 右足が前に出た瞬間、その足首の内側!」


「了解ッ!!」


 守衛の右足がぐっと前に出る。

 その瞬間、ガイアスの斧が、足首の内側を狙って振り下ろされた。


 ガキィィィン!


 硬い手応え。

 そして――杭の魔力が、ぱきん、と折れるイメージが見えた。


「いいぞ!」


 守衛の体勢がわずかに崩れる。

 膝が落ちる。ハンマーの軌道が鈍る。


「ユート!」

「分かってる」


「今度は右肩の関節。流れが一瞬“途切れる”タイミングがある。

 核石が強く光った直後――そこが狙い目だ」


 守衛の胸の核石が、どくん、と光る。

 と同時に、右肩へ伸びていた魔力導管が、一瞬だけ薄くなった。


「今だ!!」


 矢が放たれる。

 空気を裂き、関節部に突き刺さる。


 ビキッ……!


 内部で何かが割れた感触が走った。


「やった……?」


「まだ」


 守衛が吠えるように核石を激しく輝かせた。


 ――嫌な“予感”がした。


「まずい、来るぞ――!」


 守衛がハンマーを高く掲げ、地面へ叩き込む。


 ドォォォォン!!


 衝撃波が円形に広がり、壁や天井が震えた。

 天井の岩がひとつ、ふたつ、剥がれ落ちてくる。


「わああああ!?」

「ミナ、こっち!」


 ミナの腕を引いて、ギリギリで岩陰へ滑り込んだ。

 頭上を岩塊がかすめて落ちていく。


(このままだと、広間全体が崩落する)


 守衛の内部構造が焼き付くように視える。

 核石から暴走した魔力が、全身を駆け巡っていた。


(……あれ、長くは持たない。

 暴走しきる前に“止め”を入れないと、巻き込まれて全滅だ)


「レオンくん! なにか、なにか手ある!?」

 リィナが叫ぶ。


「ある。……リィナ、暴発してもいい魔法は?」


「ないよ!? 今そうなると全滅コースだよ!?」


「違う、暴発“させる”。俺が流れを誘導する」


「……は?」


 リィナがぽかんとする。


「守衛の胸と床の間に“制御線”がある。

 あそこを魔力で焼き切るには、普通の魔法じゃ足りない」


「じゃあどうするの?」


「お前の暴発、そこに直撃させる」


「レオンくんまでひどくない!? 私の魔法そんな爆弾扱いなの!?」


「安心しろ。方向は俺が決める」


 ユートが短く息を飲む。


「レオン、お前――」


「みんな、少しだけ時間稼いでくれ。リィナに魔力溜めさせる」


「任された!!」


 ガイアスが叫び、守衛の懐へ飛び込む。

 巨体の前で暴れて、攻撃を引きつける。


「……レオンくん、本当に大丈夫なんだよね?」

「大丈夫じゃないかもしれないけど、ここで何もせず潰されるよりはマシだろ」


「開き直ったぁ……!」


 リィナが苦笑しながら、深く息を吸う。


「――《エクスプロード・フレア》」


 今まで見たことのない、濃い赤の魔力が杖の先に渦巻き始めた。

 足下の砕石が熱で揺れる。


「ユート、リィナの前に立つな。爆風で吹き飛ばされる」

「了解」


「ガイアス、あと三発だけ耐えろ!」

「三発もかよ!!」


 守衛のハンマーが振り下ろされる。

 ガイアスはギリギリで受け流し、膝をつきながらも倒れない。


「ミナ!」

「わかってる! 《ヒール》!」


 ミナの回復光がガイアスの身体を包む。

 弱い魔力だからこそ、暴発せずに“必要なだけ”が届く。


(……そうか。ミナの回復は“弱い”んじゃなくて、“繊細”なんだな)


 そんなことを思っているうちに。


「レオンくん、もう限界――ッ!」


 リィナの杖先に集まった光が、破裂寸前まで膨れ上がっていた。


「よし――いけ!」


 俺はリィナの前に一歩踏み出し、

 杖先から溢れ出る魔力に、自分の手をかざした。


 構造視界が、暴走する炎の流れを“線”として捉える。


(あそこだ――!)


 床と核石をつなぐ制御線へ向かって、流れを“押し曲げる”。


「うおおおおおおおお!!」

「レオンくん!?!?!?」


 爆発。


 ――でも、俺たちのいる方向には来ない。


 火と光はまっすぐ制御線へと集中し、床を焼き切った。


 ドゴォォォン!!


 砕けた石と鉄片が、守衛の胸下から吹き上がる。

 核石へ繋がる魔力が一気に乱れ、巨体が大きくぐらついた。


「今だ!!」


 ガイアスが最後の力を振り絞って跳ぶ。

 ユートがその背中を狙うように矢を放つ。

 ミナがガイアスの足元に回復を重ね、軌道を支える。


 ガイアスの斧が、

 ユートの矢が、

 暴発したリィナの炎が――


 すべて、守衛の核石へと叩き込まれた。


 バキィィィィン!!


 橙色の光が砕け散り、砕石守衛の巨体がゆっくりと崩れ落ちる。


 地響きとともに、広間の魔力の流れが静かになった。



 しばらく誰も喋れなかった。


 耳に残るのは、自分たちの荒い呼吸と、砕石が崩れる細かい音だけ。


 やがて、ガイアスが息を吐きながら笑った。


「…………勝った、のか……?」


「勝ったな」

 ユートが弓を下ろす。


「ひ、ひぇぇぇ……生きてる……生きてる……」

 リィナがその場にへたり込む。


「よかった……みんな、無事で……」

 ミナの目にうっすらと涙が浮かんでいた。


 俺は、自分の手を見下ろした。

 さっきまで炎を曲げていた指先が、まだじんじんしている。


「レオンくん……!」


 リィナが立ち上がって、勢いよく近づいてくる。


「なに、今の。私の暴発魔法、あんなふうに“狙って”撃たれたの初めてだよ……!」


「暴発って言い方やめろ。ちゃんと当たったろ」


「それはレオンくんが全部どうにかしたからでしょ!?」


 ガイアスも笑って肩を叩いてきた。


「お前、マジですげぇよ! 俺らみてえな落ちこぼれが、まさか初迷宮で浅層ボスまで倒すなんてよ!」


「……落ちこぼれ、か」


「事実じゃねぇか?」

「まあ、それは否定しねぇけどさ」


 ユートが短く言う。


「レオン。お前がいなきゃ、今頃全員下敷きだ」


「そうだね……」

 ミナもこくん、と頷いた。


「レオンくんは、“無職”じゃないよ。

 少なくとも、私たちの中では――立派な“探求者”だと思う」


「……そうか?」


「そうだよ!」


 四人の言葉が、妙に重かった。


(……俺でも、ここにいていいんだな)


 両親を失って、職もなくて、

 自分の居場所なんてどこにもないと思ってたのに。


 今は、少なくとも――この五人の輪の中には、俺の立ち位置がある。



 崩れた守衛の胸のあたりから、核石の欠片が転がり出ていた。


《砕石コア・浅層核》


 ギルドの資料で見た素材だ。

 売れば当分の生活には困らない額になる。


「これ、いくらぐらいになるんだろうな……」

「ガイアスくん、そういうのだけは本当に元気だよね」

「いいだろ? 生きて帰って飯が食えるって最高じゃねぇか!」


 守衛の倒れた先、奥の壁に小さな魔法陣が見えた。


 淡く光る、帰還用の転移陣。

 守衛が倒れたことで、封印が解けたのだろう。さっきまでは魔力の流路に紛れて見えなかった。


「あれ……帰還用の転移陣だな」

 ユートが指差す。


「つまり、ここまでが《砕石の坑道・浅層》の“攻略範囲”ってことか」

 俺が言うと、ミナがほっとしたように微笑んだ。


「じゃあ……帰ろっか」


「おう! 腹減った!!」

「帰ったらちゃんと報告して、みんなでご飯だね!」

「宿代とポーション代も計算するからな」

「ユートくん、そこはちょっとくらい夢見よ?」


 わいわい言い合いながら、俺たちは転移陣に乗った。


 魔力の光が足下から立ち上り――

 視界が白く塗りつぶされる。



 次に目を開けたとき、そこは迷宮入口の転移部屋だった。


「おかえりなさい、《デッドライン》の皆さん――って、え?」


 受付嬢が目を丸くする。


「第二階層までの攻略、確認しました。……え、本当に?」


「本当に、です!」

 リィナが胸を張る。


「砕石守衛の核コアもあります」

 ユートが素材袋を掲げると、周りがざわついた。


「おい見ろよ……あの落ちこぼれ四人組じゃねぇか」

「え、浅層ボスまで……? うそだろ」

「……あれ、無職連れてなかったか?」

「補助枠って聞いてたけど……」


 ざわめきが広がる。


(あー……これはちょっと、面倒かもな)


 俺が内心でため息をついたところで、受付嬢が小さく咳払いした。


「ええと……探索結果、正式に確認しました。

 パーティー《デッドライン》、パーティーランクを一段階昇格。FからEへ。

 加えて――補助枠登録のレオンさん」


「ん?」


「あなたの記録に、“構造視認能力による戦術補佐あり”と明記しておきます。

 ……ギルドとしても、今後の働きに期待しますね」


「期待されるほどのもんじゃないけど」


 そう言いつつ、少しだけ悪くない気分だった。



 *


 その夜。

 宿の一室で、四人はいびきをかいたり、丸くなって寝ていたり、静かに寝息を立てていたりした。


 俺は一人、ランプの明かりの下で、古びたノートを開いていた。


 父が残した、迷宮の記録帳。


《砕石の坑道・浅層 第二階層までの構造、概ね安定。

 守衛ゴーレムは単調な構造。危険度は中程度。

 ――ただし、その下に続く“本当の坑道”が、まだある》


 ページの端には、小さく走り書きがあった。


『レオン、お前にはまだ早い場所だ。

 だけどいつか――自分で選んで、ここより先へ進め』


「……勝手なこと言ってくれるよ」


 苦笑しながら、ノートを閉じる。


 今日、俺は初めて“探求者としての一歩”を踏み出した。


 無職のくせに。

 落ちこぼれパーティーと一緒に。

 浅層ボスまできっちり踏み抜いて。


(……悪くないな)


 ぽつりと、心の中でそうつぶやく。


 両親が消えた迷宮。

 父が書きかけのまま残した記録。


 そこに空いている“余白”を、いつか自分の足で埋めていく。


 ――その続きが、少しだけ楽しみだと思ってしまった。

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