第6話 ギルドの喧騒と七つの影
翌朝、体中が見事に筋肉痛だった。
「……いてて」
ベッドから起き上がるだけで、この有様だ。
まあ、浅層とはいえボス戦をやったんだから当然か。
「おはようございます……」
ミナが眠そうな目をこすりながら挨拶してくる。
「おー、レオンおはよー! 生きてるかー?」
ガイアスはなぜか元気だ。筋肉は裏切らないらしい。羨ましい。
「リィナちゃん、まだ布団と戦闘中……」
ミナが苦笑しながら、隣のベッドを指す。
「あと五分……あと五分だけ……」
「五分で起きたこと一度もないだろ」
ユートが冷静に刺した。
そんな朝からいつもの調子で――俺たちは、ギルドへと向かった。
*
冒険者ギルドは、いつも以上にざわついていた。
朝一番の依頼確認で混んでいるのは普段通りだけど、今日はそれに加えて、妙に視線を感じる。
「なあ、あれだろ?」
「おい見ろよ、《デッドライン》」
「本当に浅層ボス落としたって?」
ひそひそ声が、耳に入ってくる。
(……完全に噂になってるな)
受付カウンターに向かうと、見慣れた受付嬢が顔を上げて――ほんの少し、目を丸くした。
「あ、レオンさんたち。《デッドライン》の皆さん、おはようございます」
「おう! 昨日の報告、ちゃんと通ってたか?」
ガイアスが豪快に笑う。
「ええ、もちろんです。砕石守衛の討伐確認と、第二階層攻略、正式に記録されました。改めて――Eランク昇格、おめでとうございます」
そう言って、受付嬢が掲示板脇のランク一覧を指差す。
確かに《デッドライン》の札は、Fの列からEの列へ移されていた。
「わぁ……本当に、上がってる……」
ミナが感嘆の声を漏らす。
「やったぁぁぁ!! 初昇格だよみんな!」
リィナがぴょんぴょん跳ねる。足、まだ筋肉痛じゃないのか。
「……まだEだ」
ユートは冷静だが、その口元はわずかに緩んでいた。
受付嬢が書類を捲りながら、俺の方を見る。
「それから……補助枠登録のレオンさん」
「はい」
「あなたの記録に、“構造視認能力による戦術補佐あり”という追記が入りました。ギルドとしても、かなり珍しいタイプの能力として注目されています」
「……そんな大したもんじゃないですけど」
本音だ。
俺はただ、視えているものを口にしているだけ。
でも受付嬢は、少しだけ柔らかい笑みを浮かべて言った。
「いえ。昨日の結果を見る限り――十分、命を救える能力ですよ」
そう言われると、さすがに悪い気はしない。
*
「よぉ、お前らが《デッドライン》か」
カウンターから離れようとしたところで、横から声をかけられた。
振り向くと、三人組の男が立っていた。
全員、金属鎧に実戦仕様の剣。装備の質だけ見れば、俺たちより一段上だ。
「FからEになったばっかの若造が、ずいぶん派手に噂になってるじゃねぇか」
真ん中の金髪がニヤニヤしている。
「浅層ボスくらいで騒ぎすぎなんだよなぁ。俺らなんて、二つ目の迷宮でもう中層まで行ってたぞ」
「そうそう。まあ、お前らにしては頑張った方だろうけどさ」
いかにも“先輩風吹かせたい系”の絡み方だ。
ガイアスが一瞬むっとした顔をしたが、すぐに笑いに変えた。
「おう、そうかよ。じゃあ今度、飲み屋で武勇伝聞かせてくれや。中層の話、参考にさせてもらうぜ」
「……は?」
金髪が一瞬固まる。
ユートが横で小声で言う。
「喧嘩腰になるかと思った」
「ん? 俺らまだペーペーだしよ。教えてもらえることは教えてもらったほうが得だろ?」
「ガイアスくん、そういうとこ妙に大人……」
リィナが小さく笑う。
「まあ……調子に乗るなよ、って話だ」
先輩パーティは、最後にそれだけ言って去っていった。
後ろ姿を見送りながら、俺は少しだけ肩をすくめる。
(あれでも、多分悪い人たちではないんだろうな)
ただ、俺たちが“落ちこぼれ”だってことは、ギルド中が知っている。
そこに突然、浅層ボス撃破の報告。
面白くないやつが出てくるのも、分からないでもない。
*
「さて、と。次は素材の換金だね」
ユートが言う。
「核コア、高く売れるといいなぁ~!」
ガイアスが期待に目を輝かせる。
「レオンくん、行こ?」
ミナが控えめに袖をつつく。
俺たちはギルドの奥、素材鑑定と買い取りを行っているカウンターへ向かった。
カウンターの奥には、白い髭の老人が座っている。
顔は皺だらけで、目だけがやたらと鋭い。
「じいさん、砕石守衛の核コア、持ってきた」
ユートが袋を置くと、老人はちらりとこちらを見る。
「……お前さんらが例の《デッドライン》か。思ったより死んでねぇ顔してるな」
「どんな評価だよ」
思わず突っ込んだ。
老人はふん、と鼻を鳴らしてから、袋を開ける。
砕石コア・浅層核を取り出し、光に透かし、魔力測定具の上に置く。
「……ほぉ」
低い唸り声。
「どうだ? 高く売れそうか?」
ガイアスが身を乗り出す。
「値段の心配は後だ。……レオン、だっけな」
「え? 俺ですか」
「こいつの中、どう見える?」
いきなり指名されて、思わずコアを見つめ直す。
橙色の核石の内部。
砕けたはずの構造が、微かに――
(……脈打ってる?)
一瞬だけ、小さな“七つの点”が並んだように見えた。
星図みたいな、七角形のような、曖昧なパターン。
すぐに消える。
「……さっき、一瞬だけ“別の配列”が見えました」
「別の配列?」
ユートが聞き返す。
「核の表層じゃなくて……もっと奥。深層の石に近い波形というか」
自分で言いながら、少し自信がなくなってくる。
でも老人は「ふむ」と頷いた。
「やっぱり、視えてやがるか」
「じいさん、何か知ってるのか?」
ガイアスが訊く。
「砕石守衛の核に、こんな“揺らぎ”が混じることは滅多にねぇよ。普通はもっと安定してる」
老人は核石を指で軽く叩いた。
「こいつは浅層核の癖に、ちょいと深いところの“匂い”がする」
「深いところ?」
ミナが首をかしげる。
「おう。……レオン、お前の父親、覚えてるぞ」
老人が、急に俺の名前を呼んだ。
「……親父を?」
「ああ。物好きな男だった。七つの迷宮全部踏破しようとしてたからな」
さらっと、とんでもないことを言われた。
「七つ……?」
思わず聞き返す。
「聞いたことねぇか。大陸中に散らばる“七つの大迷宮”。どれも、今お前らが潜ったような浅層なんぞ比べ物にならん、本物の“地の底”だ」
七つの大迷宮。
別に、この世界の誰もが知っている、というほどポピュラーな話ではない。
けど、酒場の噂で名前くらいは聞いたことがある。
「親父は、そこに行こうとしてたのか」
「行こうとしてただけじゃねぇ。いくつかは本当に潜ってた。……あいつが最後にここへ来たとき、こう言ってたぞ」
老人は、少しだけ声を潜めた。
『七つの核を揃えれば、“迷宮そのもの”の正体に手が届く』
――そんな言葉。
「七つの、核……?」
「まぁ、酔っ払いの戯言かもしれん。あいつ、いつもだいたい酒が入ってたからな」
老人はそう言って肩をすくめる。
「詳しい話を聞きたいなら、そのうちまた来な。今ここで全部しゃべる気はねぇ。……まずは、目の前の報酬とランクに慣れろ」
「……わかりました」
老人は核石を測定具からどかし、紙に数字を書き込んだ。
「砕石コア・浅層核一つ。状態良好。買い取り――この額だ」
提示された金額を見て、ガイアスが目をひん剥いた。
「マジかよ!? こんなに!?」
「みんなで割れば、しばらくはまともな飯が食べられますね……」
ミナがほっとする。
「宿もワンランク上げられるかも!」
「ポーション代が先だ」
ユートが冷静に釘をさした。
俺は、老人の言葉が頭から離れなかった。
(七つの迷宮。七つの核。親父は、何を見ようとしてたんだ)
――このときはまだ、“本当に厄介な異常”が近づいているなんて、誰も思っていなかった。
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