第32話 公女を拾う

「おはよう」

「おはよう」


クラスの半分くらいとは挨拶できる間柄になった。学園の中では敬語でなくても大丈夫とも言われている。メアリーたちの嫌がらせが酷く、嫌がらせについて行けない者の中で緩くまとまっている感じだ。


「ハルト、訓練付き合ってくれ」

「了解、フリッツ」


街に居を構える商人の息子もいれば、旅商人の娘もいる。半野良と呼ばれている平民を含むパーティは実力重視のところが多い。僕たちがルミエールさんの推薦通りの実力を示したことで、普通に話してくれるようになった。


3か月間だ。訓練も大事だが、仲間作りも大事だ。そう思いクラスメイトの訓練に付き合う。魔法と剣の両方を扱える僕は訓練相手として最適のようだ。癒しの魔法まで使ったらかなり驚かれた。


トワたちは女性陣と仲良くなっている。きっかけは模擬戦だったりするが、貴族といえどガールズトークは好きなようで、そこから毎日楽しそうにお喋りしている。引っ込み思案だったリコもサングレイブの経験から自分を出せるようになっている。見ていて楽しい。


僕たちの挨拶に返事をしないパーティもいる。たいていは身分の高い貴族が多く、野良、半野良と僕たちを侮蔑する。彼らは彼らの中でワイワイやっている。それは良い。だけどアリスさんが浮いている。誰とも話さず、俯いている。見ていると目が合う。無理に微笑んだその顔に悲しくなった。



月末、成長を測る日だ。1ヶ月目はクラスごと、2ヶ月目と3ヶ月目は4クラス合同で行う。


「熾き火よ、環となりて鉄を蝕め」


ルミエールさんのためにも成長を見せる。僕は両手を2つの的に向けて魔法を詠唱する。緊張の中2つの環が的を包む。少し左が小さい。だが、強化された金属を蒸発させるのには十分だった。どよめきが拡がった。


「平民でもあんなに簡単に発動するのよ。アリス様、恥ずかしい失敗はしないでくださいね。公爵様からも聞いているわよね。今回失敗したらアリス様は公爵家から勘当されますわ。もちろん嫡子からも外されますわよ。


私たちのパーティから抜けてもらうわ。そして公爵様のお屋敷からも出ていただくのよ。このことは公爵様、奥様もご承知よ。公爵様はお優しいから学園には通って良いと仰っていたわ。授業料を既に収めていることですし。さあ公爵家嫡子として魔法を見せてください」


メアリーさんがアリスさんを揶揄う。だが今回は揶揄いという枠を超えていた。


「ほ、ほ…」


「勘当ね。もうあんたなんて貴族でもないわ。そこらの平民よりずっと下よ。いつもお上品に澄ましている顔が気にくわないのよ」


アリスさんが言葉を紡ごうとして泣き出す。メアリーが揶揄い、そして酷い言葉をぶつける。パーティメンバーや格の高い貴族たちが嗤う。アリスさんは無言のまま立っている。僕はふと家で何もできずにいた自分を思い出した。


アリスさんは尊敬できる。自分ができなくても人の成功を喜んでくれる。笑われても前を向いて頑張っている。僕は一歩踏み出す。トワも一歩踏み出す。相談していた訳ではない。二人でアリスさんの手を取った。


「野良パーティですが入りませんか?魔法使い枠が空いています」


「歓迎します」「一緒に頑張りましょう」


戸惑うアリスさんをサクヤとリンのいる場所まで引っ張って連れてくる。サクヤとリンは文句も言わず賛成してくれる。なんだか嬉しくなる。アリスさんが戸惑いながらも頷いてくれた。


「野良パーティなんてお似合いね。せいぜい足を引っ張らないことね」


僕たちの行動が意外だったのだろう。メアリーが悔しそうな表情で睨む。他の貴族たちも笑うのを止めて睨んでくる。僕と仲良くしてくれているパーティはみんな心配そうに見ている。


睨まれるのは怖い。恨みを買うのも怖い。だけどアリスさんが昔の僕と重なる。ここで見捨てたらきっと後悔する。睨むような視線を無視する。嫌味や罵声も無視する。胸を張ってアリスさんに微笑む。


「アリス・ブランジェ。確かにブランジェ公爵様の手紙により勘当となる。そしてこれよりただのアリスだ。メアリー・バルチェル、公爵様の意志によりアリスのパーティからの追放を認める。そして学園生のアリスが他のパーティに入ることはもちろん問題が無い。学園は学び場で仲間を作るところでもある。今回の件はこれで終わりだ」


緊張した静けさの中、ラルフ先生が言葉を発する。メアリーたちは悔しさを押し殺すように僕を一睨みし踵を返した。


「ラルフ先生、ありがとうございます」


「気にするな。ルールに則っているだけだ。アリス様、いや今はアリスさんかな。彼女は頑張り屋だ。放り出すには惜しい。面倒を見てやってくれ」


その後、沈んだ空気の中、模擬戦が行われる。アリスを魔法使い枠で誘ったため、僕も模擬戦に出る。貴族の子弟たちが出てくるが当然手加減などしない。リコの治癒魔法をアピールする練習台になってもらう。


トワと決勝を行うところで、僕たちは剣を合わせて試合を止めた。力を使い果たすと何かあったときに対応できないからだ。



「ダメとは言わないと思うけど。貴族のごたごたを持ち込んだらルミエール様に迷惑をかけちゃうかしら」


「その時は宿に移ろう。ルミエール様のご厚意に甘えてばっかりでは良くないからね」


「す、す、す、すみ、すみません。わ、わ、私のせいで」


「アリス様のせいじゃないよ。誰が悪いかは言えないけど、アリス様が頑張っていることは伝わっているよ」


「あ、あ、ありがとうございます」


帰り道、今後のことについて話す。どこまでルミエールさんに甘えて良いんだろう。推薦してもらったんだ、だからこそ線を引かないとダメだったかもしれない。だけど僕たちには後悔はなかった。


「勘当されているんでしょう。公爵家と関係が無ければ問題が無いわよ。むしろ街中に放り出したままだと公爵家としても外聞が悪いから、文句は言われないと思うわ。念のため勘当の文章を教師から貰っておいてね。


アリス・ブランジェ嬢だったかしら。確か小さいころに魔法の素質があると期待した子ね。魔力は鍛えているわ。問題は吃音だけね。ハルト、教えてあげて。できるでしょう」


「はい。僕もその方が良いと思っています」


ルミエールさんに相談したところ、特に問題が無いとのことだった。トワもリコもホッとしたような表情を浮かべる。


「あ、温かい」


「安心すると良いよ。ハルトたちは優しいからね」


公爵令嬢だとは思えない言葉を発し、涙を流している。何となくアリスさんの状況が分かり切なくなる。ルミエールさんが優しい言葉をかける。


「魔法の練習なら早めの方が良いよ。自信がつくと気分もきっと晴れるよ」


「分かりました。アリス様、大丈夫ですか?」


「は、は、はい」


「そうだ。ハルト、これを上げる。これでも貰った枝の価値に及ばないからね。教会の泉はまだ使える時間だ。王都だと観光名所になっているから遅くまで開いている。この手紙を渡せば少しだけなら貸し切りにしてくれるはずさ。行っておいで」


「えっ。あ、ありがとうございます」


ルミエールさんがアリスのことを気にかけてくれる。何気ない仕草で放り投げたそれは、青、緑、黄色に輝くコインより大きい幸福の印だった。



「ハ、ハ、ハル、ハルト師匠」


「アリス様」


「ア、ア、アリスで、よ、良いです。も、もう平民ですし。それより、そのし、し、印、使って良いんですか?」


「ルミエール様のご厚意に甘えよう。そしてルミエール様の期待を裏切らないよう頑張ろう」


「は、は、はい」


教会は貴族街にほど近い繁華街にある。夕食を食べ終えたカップルが泉を見に行く。家族連れが手を合わせている。王都だと夕食後まで開いていても不思議はない。


「5分待って下さい。それから5分間だけお二人のための泉にします」


門番にルミエールさんの手紙を見せる。門番は少し驚いた後、人の整理をし始めた。そして教会の扉が閉まり、泉の前には僕とアリスだけが立っている。


光る泉は教会の中だと荘厳に見える。柔らかな輝きに思わずため息が出る。だけどここは観光名所だ。時間はない、見惚れている自分に言い聞かせる。


「迷っていてもしょうがない。やってみて」


「は、は、はい」


「あっでもちょっと待って。おまじない。もう大丈夫だよ」


「は、は、はい」


幸福の印をアリスに手渡す。世界樹の葉を泉に浮かべる。アリスが光る泉に幸福の印を投げ入れた。


「印を受け取ったぞ。人の子らよ。水と風と土だな。素晴らしい大きさだ。そしてこの世界樹の葉。娘よ。試練を受けるが良い。そしてお主、我と少し話をしようぞ。世界樹の葉。この柔らかさ。この甘さ。素晴らしい」


精霊が現れアリスの目の焦点がブレる。そして精霊は僕に話しかけてきた。


「そうだ。良いものがある。これは語り星の粉というアイテムだ。枕元に置いておくと妖精たちが優しい夢を見せてくれる。少しずつだが心を癒す効果がある。お主のところに傷ついた聖獣がおったであろう。きっと役に立つぞ」


精霊が綺麗な小瓶を差し出す。中には銀色の粉末が泉の光を受けて輝いている。


「ありがとうございます」


「うむ。世界樹の葉の礼にはちょっと不足かもしれないが、きっと役に立つだろう。娘は無事精霊と契約できたようだぞ。それではまた会おう」


精霊が溶けるように泉に姿を消していく。アリスの目の焦点が定まり始める。


「ハ、ハ、ハルト師匠。さ、3属性です。み、水と風と土。あ、ありがとうございます」


「アリスさんが頑張ったからだよ。ルミエール様にお礼に行こうか」


「ア、ア、アリスです」


「僕もハルトと呼んで」


「し、し、師匠は師匠です」



ルミエール様にお礼を伝えて訓練場へ向かう。アリスは期待と不安が入り混じった表情をしている。属性を得たせいか、期待の方がやや大きいだろうか。アリスの嬉しそうな表情を見てトワたちもついてくる。


「ルミエール様も僕も無詠唱で良いんじゃないかと思っているんだ」


「む、む、無詠唱ですか?」


「多少威力は落ちるかもしれないけど、発動も早い。魔力が多めのアリスなら無詠唱から始めるのもアリだと思う」


「わ、分かりました。む、む、無詠唱を、お、教えてください」


「僕は平民だったから誰にも習わず魔法を使っていたんだ。イメージだけでね。その後に魔法を教えてもらって分かったんだ。詠唱はイメージを固めるものだって。

イメージが固まっている方が魔力も少なく済むし確実に発動する。だけどイメージをしっかり固められていれば、無詠唱でも魔法は発動するんだよ。慣れると魔力の消費も少なくなる。発動が速い分、無詠唱の方が良かったりもする」


「イ、イメージですか?」


「僕の手のひらに水を出すから、その水を見て、それを頭の中でイメージして。イメージできたら、そのイメージを今度は自分の手のひらに描くんだ」


「は、はい」


僕は両掌を合わせ、その中に水を生成した。アリスはじっと見ている。そして両手を合わせる。魔力が揺れる。揺れる。5分くらい経つだろうか、手が少し疲れてきた。だが、アリスはまだじっと水を見て手を合わせる。魔力が揺れる。少しずつ揺れが収まりアリスの手に集まってくる。そしてついにアリスの掌に水が浮かんだ。


「し、師匠。み、み、水です」


「凄いね。こんなにすぐにできるなんて。疲れはないかな?もう一度やってみる?」


アリスが嬉しそうに笑う。その瞬間水が零れて落ちた。アリスは一瞬残念そうな顔をした後、嬉しそうに頷き、再び手を合わせた。


「今度は丸く、宙に浮く感じで。そしてそれを向こうの的にこんな感じで飛ばすんだ」


「あっ。き、き、消えちゃいました」


アリスの言葉とは裏腹に僕たちは驚いている。一回目で途中まで飛んだんだ。


「凄いよ。初めてでこんなにできるなんて」


「し、師匠」


「ごめん。ただ本当にびっくりしたんだ」


思わずアリスの肩を掴む。アリスは驚いた後、嬉しそうにはにかんだ。トワたちも後ろで練習している。リコが水を手に浮かべ、トワは四苦八苦している。カスミは風でのチャレンジだ。ルミエールさんの言う通り、アリスは魔法の才能があるのだろう。


もう一回やってみる。弱弱しいが、確かに的まで飛んでいく。アリスは僕の手を見ずに自分のイメージだけで魔法を発動できるようになっている。


「得手不得手は人それぞれだね。アリスは僕と一緒で無詠唱の方が向いている。今日はいろいろあって疲れていると思う。しっかり休んでまた明日頑張ろう」


「は、はい。あ、ありがとうございました」


僕の言葉にアリスが満面の笑みを浮かべる。学園では見られない顔だ。思わず嬉しくなる。人には得手不得手があるんだ。できないと思っても別のアプローチであっさりとできたりする。僕自身にも当てはまることがあるだろう。新しい気づきだ。師匠と呼んでくれるアリスに心の中でお礼を言った。

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