第33話 師匠と弟子
懐かしい夢を見た。ほとんど記憶にないはずの母親が父親と嬉しそうに笑っている。語り星の粉のおかげだろう。ルナシェルの側に置いたけれど、僕にまで効果があったようだ。父親だけではない、きっと母親も僕に優しかったことがあったはずだ。何となく嬉しく寂しく懐かしく一日が始まる。ルナシェルも心なしか元気になった気がする。
「おはよう」
「ハルト様、おはようございます」
「し、し、師匠、おはようございます」
「おはよう。アリスもそんなにかしこまらなくても良いわよ。ハルトが困っちゃうじゃない」
「そ、それでも、し、師匠ですから」
アリスはみんなとすぐに仲良くなったようだ。そして優し気な見た目と裏腹に少し頑固なところもある。
「学園に行けるかな?もし気になるなら数日休んでも良いよ」
「だ、大丈夫です。ま、魔法も使えましたし、し、師匠もいます」
魔法の練習が自信となったのか、アリスは少し俯いた後、笑顔を作った。
懸念とは異なり、学園では誰も絡んでこなかった。昨日模擬戦で叩きのめしたこと、そしてリコがしっかりと治したことで、下手に絡めないのかもしれない。今まで話をしてくれていたパーティたちは心配そうにしている。だけどどうすることもできない。みんな遠巻きに見ているだけだった。
☆
「やったね」
「は、はい。し、師匠」
僕の言葉にアリスが嬉しそうに微笑む。水魔法が的に当たる。スピードも威力も不十分だ。だけど昨夜から考えると十分な進歩だ。メアリーたちが憮然とした表情を浮かべる。
「なんでアリスが魔法を使えるの。しかも水属性よ。アリス、どうやって幸福の印を手に入れたのよ。悪いことをしたんじゃないの」
「し、し、師匠から貰った」
メアリーの言葉にアリスが身体を固くする。だが、何かを決意したように口を開いた。ルミエールさんからの貰い物だけどそれを言うとルミエールさんに迷惑をかけそうだ。後で説明しよう、そう思い僕は黙っていた。
「アリス、あなた身体でも売ったの。ハルト、あんたも最低ね」
「そ、そんなことは」
「そんなことはしていないよ。ちょうど手元にあったんだ。パーティメンバーだからね」
「私たちがそんなことはさせないわよ」
僕の言葉に反論しようとするメアリーをトワが黙らせる。アリスは少し恥ずかしそうだ。僕の方をちらちらと見ては顔を赤くしている。
「気にせず練習しよう」
「は、はい」
揶揄う元パーティメンバーや貴族たちを無視して僕たちは練習を続ける。トワやカスミやリコがいるんだ。間違いが起きる訳がない。
水魔法のスピードが上がる。威力が増す。アリスは楽しそうだ。魔法に焦がれて、魔法を使いたくて堪らなかったのだろう。汗を浮かべながらも嬉しそうに魔法を放ち続けていた。
☆
「調子はどう」
「良い感じだよ。我流だった魔法と剣が体系として整理できている」
「そうか。また模擬戦でもしよう。ところでアリスさんは?」
「魔法を使いすぎてダウンしている」
「えっ。魔法を使いすぎて?」
アリスは授業中ずっと魔法を放っていた。魔力は多い方だが、ずっと放っていたらダウンするのが当然だ。ディーターたちが僕たちが孤立しないようにクラスに顔を出してくれる。気の利く友人だ。その友人がアリスの魔法の話を聞いて驚いた表情を浮かべた。
「大丈夫ですか?アリス様」
「だ、だ、大丈夫です」
アリシアがアリスの側に向かい声をかける。アリスが疲れと嬉しさの混ざった声で答える。
「本当みたいだな。後で説明してくれ」
「了解。黎明のパーティハウスで」
「まあ、でも酷いことになっていなくて良かった。ハルトたちの強さなら大丈夫だとは思っていたが、特に問題はないようだな」
「うん。腫れ物扱いはされているけど、時間が経てば落ち着くと思う。心配してくれてありがとう」
「気にするな。後でな」
休憩時間も終わりに近づき、ディーターやアリシアが彼らのクラスへと戻っていく。揶揄ったり睨んだりしていた貴族は顔を逸らし、遠巻きに見ていたパーティたちはホッとした表情を浮かべている。ディーターは良い貴族だ。彼らのおかげで遠からず以前の雰囲気に戻るだろう。心の中でディーターに感謝する。
☆
黎明の聖光の夕食は美味しい。ルミエールさんがいる日は特に美味しくなる。
「ディーター殿も気を遣ってくれたようですね。私からも礼を言いいます」
「そこまでではありません。ちょっと顔を出しただけです」
「それでも十分ですよ」
「ところでアリスさんが魔法を使ったと聞きました。水属性の魔法を」
「ハルトが魔法を教えたわ。幸福の印はハルトに対価として渡したものよ。もともとアリスは才能があったわ」
ディーターがアリスの魔法についてルミエールさんと話をする。だけどアリス自身は話すことが得意ではないのか、黙って聞いている。僕が教えたと言うところでディーターやアリシアがチラリと僕を見る。
「細かいことは気にせず、せっかく来たんだから手合わせをしていけよ」
「ハルトはアリスに魔法を教えて。ここ数日はしっかりとやらないと」
レオナスさんがディーターを模擬戦に誘う。そして僕はアリスに魔法を教えに訓練場へ向かった。
☆
「今日は土の魔法を使ってみようか」
「つ、つ、土ですか?」
「見えるものだからね」
「は、は、はい」
ディーターやトワが模擬戦をしているのを横目にアリスと魔法の練習をする。土を生み出す。細かい砂、柔らかい土、硬い土、硬い石、徐々に難易度を上げていく。アリスは最初のうちは戸惑っていたが、すぐに慣れて掌の上に石を生み出せるようになった。
「イ、イメージって大事ですね。お、同じ土でもこんなにあると、ま、迷っちゃいます」
「そうだね。飛ばすときは石、風に舞わせるときは砂、きっといろいろな使い方があるよ。イメージと想像力、アリスは両方あるよ」
「あ、ありがとうございます」
石礫を的に当てる。砂を風に舞わせる。アリスは意識しないで風魔法を使っている。自然に使った方が身に付きやすい、そう思い敢えて指摘せずに使うに任せていた。
「か、風は?し、師匠が嫌じゃなければ教えてください」
ディーターが片手を上げて去っていく。アリスの魔法を見て驚いていたが、アリスが集中しているのに気づき何も言わずに去っていった。トワたちが戻ってくる。周りが少し騒がしくなったのかアリスの集中力が切れ一息つく。そしてアリスが風魔法を使いたいと言った。
「風は空気の動きなんだ。さっき砂を風に舞わせていた。もうすでに風魔法も使っているよ。最初は何かを回すところから始めて、そして石を押し出す、平たく圧縮して風の刃にするなど、順に進めていけば良いと思うよ」
「は、はい」
アリスが僕の説明を嬉しそうに聞く。そして砂が舞った。砂が消え風が舞う。石が加速する、石が消え圧縮された空気の玉が飛んでくる。そして風の刃が的を切り裂いた。
「すごいね。そろそろ遅くなるから、明日にして今日は終わろうか」
「は、はい。し、師匠。ありがとうございます」
やっぱりアリスには才能がある。話すのが苦手な分、想像するのが得意なんだ。きっと僕と似ている。そう思い褒めるとアリスは嬉しそうに笑った。
「ルナシェル、そしてこれが語り星の粉。ルナシェルは一緒にいるだけで心が安らぐよ。語り星の粉は良い夢が見られる。心が少しずつ元気になる」
ふと思いついて、アリスにルナシェルと語り星の粉を渡す。ルナシェルは癒しだ。語り星の粉も心を癒してくれる。アリスはずっと我慢してきた。もっと元気になっても良いだろう。
☆
「ハルト、アリスさんに何を教えたんだ。アリシアが私より凄いって言っていたぞ」
「詠唱が苦手だったからイメージを描くようにアドバイスしたんだ。それがアリスには合っていたみたいだ。もともと魔力が多い方だから無詠唱で魔力消費が少し多くなっても問題ないからね」
「無詠唱か。難しいと思っていたけど人に依るんだな」
「そうみたいだね」
ディーターが僕たちのクラスに来てアリスのことを褒める。アリスは照れ隠しなのか、僕の上着の裾を掴んだ。
クラスメートたちが話しかけてくる。特に女の子がアリスと話をしたいようだ。綺麗でおしゃれで気品があるから、きっと色々聞きたいのだろう。言葉に詰まりながらもクラスメイトと話すアリスはすごく活き活きとしている。
アリスの話し方が可愛いのか女の子たちがアリスをマスコット扱いしている。貴族の枠から外れたことがもしかすると良い方向に作用しているのかもしれない。不運が幸運に変わることがあっても良いじゃないか。
☆
「昨日は風と土を混ぜたから、今日は水と土を混ぜてみようか」
「は、はい」
「これくらいの柔らかさの土だと泥になる。だから飛ばすと意外に有効なんだ。泥は剣で切っても飛んで行く。水よりもダメージを与える。砂に水を混ぜると流動性が増す。だから足元に広げると、動きが取れなくなる。土の質・水の量、いろいろ考えて試してみると良いよ」
「は、はい」
手の上に泥や流砂が生まれる。それが飛んでいく。足元に広がる。アリスの額に汗が浮かぶ。
「また、ハルトがおかしなことをやっている」
「本人が一番凄さを分かっていないわ」
「さすがハルト様」
後ろから少し呆れたような声が聞こえる。だけど、凄いのはアリスだ。理解力も応用力もある。
「さすがだね」
「い、いえ。し、師匠のおかげです」
「風と水で最初に思いつくのは霧かな。霧が舞う。慣れてくると霧を矢のように飛ばすこともできる。風の刃に水を重ねると切れ味が良くなる」
「す、凄いです。や、やってみます」
霧が出る。霧が舞う。霧が矢となる。そして風の刃が水に変わり地を抉った。少し疲れたのか、アリスの両手が下がる。だがその顔には達成感が浮かんでいた。
「すごいね。また一回で成功だ。今日はこれくらいにしようか」
「すごいわ」
僕だけではなくみんなアリスを褒める。本当に驚きの才能だ。明日は何を教えよう。あっという間に抜かれてしまいそうだ。アリスとの魔法の訓練は僕の刺激にもなっていた。
☆
「今日は水と風と土の3つを混ぜてみよう」
「は、はい」
「砂嵐に水を足してみよう。あっという間に泥嵐だ。格好良くはないが砂よりも重く身体にへばりつく。有効な魔法かもしれないね」
「は、はい」
「霧に砂を足してみようか。中に入るだけで泥だらけだ。防具の隙間にも泥が詰まる。身を隠したいときなど、霧の中に気づかれない程度に少しだけけ砂を入れるのが良いかもしれない」
「は、はい」
「すごいね、アリスは。すぐにできる。次は泥沼に風を足してみよう。風で身体が揺られる中、足元が泥沼に嵌っていくんだ。石礫も加えようか。動けなくなり石が飛んでくる。魔物もきっと驚くよ」
「は、はい」
アリスは本当にすごい。僕が適当に思いついたことをあっさりと再現する。3属性魔法は少し疲れるのだろう。軽く汗を浮かべながらも、アリスは充実した顔で笑っていた。
「ハルトが訳の分からないことをしているわよ」
「アリスも変なところがあるのね」
「いつも通りです。ハルト様は凄いんです」
トワとカスミとリコも訓練を終えたのだろう。僕たちを見て何か呟いていた。
☆
「し、師匠。きょ、今日は?」
「今日も応用かな。いろいろと考えてみよう。例えば昨日は霧に薄く砂を足したけど、たくさん土を足したらどうなるかな?動きが大幅に阻害される。硬い土だと割れて終わりだけど、泥の壁だと割ることができない。そして風が舞っていると割れたところが自然と補修される」
「す、すごいです」
「少し難しいけど、霧の中に土で人形を作り相手を惑わせることもできる。それから風の上に水を薄く張った膜を作り広範囲に小雨を降らすのはどうかな。街の人の喉の渇きをいっぺんに潤せるかもしれない。アリスも何か思いついたら教えて」
「は、はい」
一週間ほど、アリスと僕は魔法の練習、開発に取り組んだ。ずっと一人で空想ばかりしてきた。その空想を一緒に楽しめる相手がいる。何となく嬉しい。それにアリスは魔法のセンスがある。僕が思いついた魔法を全て自分のものにしていた。友達って、師匠って、弟子って良いものだ、そう思った。
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