第31話 言葉が出ない少女

竜、狼、虎、鷹、4つの紋章が4つの扉の前に飾られている。年配の教師が生徒の名前を読み上げる。


「竜 、ウルリッヒ・ゼンゲル。狼、アリス・ブランジェ。虎、ウイリアム・ピレイ。鷹、ディーター・ヘッセン。4人にぞれぞれクラスの代表をしてもらう。それ以外のものは扉の横の掲示を確認して教室へ入ってくれ」


「今年は2公爵・2侯爵かぁ。俺らはどのクラスかな」「半野良は避けたいよな」「ブランジェ家のあの女、魔法が上手く使えないらしいぜ。それも避けたい」「おっ、ウルリッヒ様のところか。当たりだな」


掲示板を見ながらみんなが小声で騒いでいる。名前があるのは推薦されたパーティの代表者のようだ。


「ハルト、私たちは狼のクラスよ」


「狼、静かに敵を狙う。探索者のイメージに合っているわ」


「パーティーごとに分けられるんですね。みんなとハルト様と一緒で良かったです」


掲示に僕の名前を見つけてみんなが嬉しそうに話している。 そして僕たちは教室に入り目立たぬように後ろの席に座った。



「ラルフ・シューアだ。ラルクと呼んでくれ。クラス代表アリス・ブランジェ、司会を任せる。パーティごとに自己紹介させてくれ」


「み、み、み、みな・・・」


「みなさん。このクラスの代表のブランジェ公爵家アリス様よ。私はメアリー・バルチェル。バリチェル家は子爵で私の母はブランジェ公爵家なのよ。アリス様とはいとこの関係になるわ。よろしくお願いね。では順にリーダがパーティの紹介を始めて」


みんなが着席したあたりで教師が一人の生徒に挨拶を促す。背の高い女性が立ち上がる。背が高いが顔が小さく華奢に見える。水色の長い髪も女性らしさを引き立てている。だがその女性の顔は青ざめ、そして上手く挨拶できないでいる。その隣の勝気な雰囲気の女性がその女性を嗤いながら自己紹介をした。


クラスの半分くらいがつられて笑う。ほとんどが貴族だ。貴族の中には事情を知っている人たちもいるのだろう。貴族の一部は見なかったことにし、僕たち平民は状況が分からず、青ざめた顔の女性をただ気の毒に感じているだけだった。


「コーエン子爵家のゲイリーです。ハリソン伯爵の推薦を受けています」


「ヤン・ミューエ、伯爵家の4男です」


「ハンナです。ヘンケル子爵家の3女です。メンバーには平民もいますが凄く優秀なので仲良くしてください」


挨拶が続いて行く。リーダの全員が貴族でメンバーもほとんどが貴族だ。身分を誇ったり身分で笑われたりしている。僕たちはみんな平民だ。少し不安になる。だけど僕たちを推薦してくれたルミエールさんや僕の成長を期待してくれているサクヤたちに恥じない自分でいよう。息を吸い込み立ち上がる。


「ハルトです。家名はありません。トワ、リン、カスミの4人での参加です。ルミエール様の推薦です」


4人とも平民服を着ていたのは僕たちだけだ。必然、僕たちが最後の自己紹介となる。家名が無いことに対するどよめきが、ルミエールさんの推薦と言ったときの驚きが拡がる。


次第に"野良が”、"黎明の賢者の知恵も鈍ったと見える”、嘲りが多くなっていく。そんな中、アリスさんが僕たちを見て小さく拍手しているのに気が付いた。


「賢者の推薦で勘違いをしている平民もいますが、彼らも同級生です。みんな仲良くやっていきましょう」


どよめきが残る中、アリスさんではなくメアリーさんが自己紹介の終わりを宣言した。その表情はどことなく得意げだった。



次は授業の概要が説明される。勇者・冒険者の学園だけあって、剣・魔法の授業が主体だ。戦技基礎では武具防具の種類・長所短所、身体の可動域・動かし方などを体系づけて学ぶ。戦技実技で剣の振り方やいなし方を、戦技実践では教師や生徒同士で模擬戦などを行う。


魔法についても同様だ。基礎で魔力・属性・体系について学び、実技で魔法の発動を、そして実践では防御魔法や強化魔法などを用いてパーティ同士で対戦したりする。


癒し・聖魔法については教会の領域なのか簡単に述べられるに留まる。一方探索術については罠外しやサバイバル術のほかにマッピングなどの種々の技術を学ぶことができる。


その他、勇者や冒険者の心構え、政治、歴史についても学ぶ機会がある。そして、王都の迷宮での探索実習などもあるようだ。


ルミエールさんやレオナスさんの言っていた通りだ。いろいろな学びができそうだ。そう思いながら初日の授業を終えた。



「おはようございます」

「おはようございます」


僕は平民だ。最も臆病なものだ。ちっぽけなプライドなどは持たない。ルミエールさんたちの期待に応えるためにも少しでも学園に馴染もう。自分から壁を作らない。返事は期待しない。そう思い挨拶をする。半分くらいのクラスメイトが戸惑いながらも挨拶を返してくれる。ちょっとずつ、顔なじみになれば良い、自分に言い聞かせる。


授業の号令はクラスの代表が行う。アリスさんが挨拶しようとし、メアリーさんがフォローする。失敗するアリスさんをパーティメンバが笑う。何度も繰り返すうちにそれはフォローではなく小馬鹿にしているのだと気づいた。ゆっくり待つのではなく、やっと話せそうになったタイミングで遮る。きっと嫌がらせのタイミングも良く分かっているのだろう。


僕たち平民に対する嘲りがかすむほどに、アリスさんへの嘲りは酷く、アリスさん以外のパーティにもその雰囲気が伝わっていく。何となく釈然としない。力が無い自分たちがもどかしかった。



「あまり大きな声では言えないが、ブランジェ公爵家は今は後妻が仕切っている。アリス殿は亡くなった前妻の子で継承順位一位なんだ。だけど 後妻はその間にできた子供を次の当主にしたくて、アリス殿の教育に熱心ではない。むしろ子爵家の娘 メアリーと言ったかな、彼女を使って貶めるようなことをしている。


アリス殿はもともと内気な子だったんだけど、ますます内気になり吃音癖がついた。小さいときに魔法使いの素質を見せていたが詠唱もできなくなり、属性も貰えていないと聞いている」


夕方に黎明の聖光のパーティハウスにディーターがやってきて一緒に訓練をする。学園の訓練施設も使えるが、レオナスさんがいる日はディーターはここで訓練することが多い。その時にいろいろと話を聞いた。


前妻後妻、良く分からない問題だ。だけど、僕にしてもリコにしても親の愛情に飢えていた。だからアリスさんに少し同情してしまう。できることがあれば手助けしよう。


「俺のクラスは雰囲気は良いぜ。俺のパーティ自体が半野良だからな。貴族だって俺より家柄の良いものはいない。平民を馬鹿にする雰囲気は作りづらいようにしている。アリシアも魔法使いとしては優秀だから、実技・実践を見れば嘲る者はいなくなるだろう」


「僕たちはどうやってみんなに溶け込んでいけば良いかな。アリス様への差別や身分での差別も多く、雰囲気がギスギスしているんだ」


「うーん。まずは敵を作らないことかな。無理に仲良くなろうと思っても無理なことが多い。実力の高い奴はハルトのことを認めるだろうから、実技を通して仲良くなっていけば良いんじゃないか。あとはハルトの場合、貴族と無理に仲良くするよりは商人の息子たちと仲良くなっておいた方が後々役に立つかもしれないぞ」


「なるほど。ありがとう」


「俺も侯爵家の次男だ。困ったことがあったら頼ってくれ」


ディーターと知り合えて良かった。サングレイブで依頼を受けられて良かった。ウルリッヒ様に押し付けられたものだが、結局は良い方向に動いた。悪いことが良いことに変わることもある。今の僕ができることに集中しよう。そう思いディーターと訓練を続けた。



「今日は最初の実技の授業だ。まずはみんなの実力を把握したい。魔法を使えるものは的を目掛けて、癒しの魔法については発動してくれれば魔力で推定する。剣士であっても魔力を剣に通せる者は通してくれ」


「そこの野良パーティ、魔法使いはいるかしら?ルミエール様の推薦を受けた力を見せなさい。その後でアリス様が本物を見せてくれるわ」


ラルフ先生の言葉にみんなの緊張が高まる。身分ではなくお互いの実力が分かるんだ。そんな中でもメアリーさんがアリスさんを揶揄いパーティメンバが嗤う。素質はある。だが吃音があって上手く発動できない、きっとそう思って笑っているのだろう。


僕たちもルミエール様の推薦と言われてしまえば手を抜けない。闇魔法で的を消す。闇は勇者の学園に相応しくないかもしれない。光は勇者らしい。だけど破壊力は土や火に劣る。溶かすのが分かりやすいだろう。


「熾き火よ、環となりて鉄を蝕め」


火玉や火弾では貫いて終わりだ。的に纏わり侵していく様を想像する。そしてイメージを口にする。的が徐々に溶けて蒸発していく。そして後には何も残されていなかった。ラルフ先生が絶句する。メアリーさんも、彼女のパーティメンバーも、そしてクラスメイト達もだ。


そんな中、トワやカスミは自慢げに胸を張りリコは拍手をしてくれる。クラスメイトを見るとアリスさんだけが小さく拍手をしてくれていた。子供のようにニコニコしている。


「次はアリス様の番ね。せいぜい本物を見せてくださいね」


ラルフ先生の咳払いで我に返ったのか、メアリーさんがアリスさんに魔法を放つように促す。パーティメンバーもニヤニヤとしている。ニコニコしていたアリスさんは顔を青ざめさせ、そして震えながら前へ出てきた。


「ほ、ほ、ほ、ほの、ほの」


「おかしいわ。平民でも使える魔法が公爵家の嫡子であるアリス様が使えないなんて。アリス様、ふざけてないで真剣にやってください」


「ほ、ほ・・・」


魔力が揺らぐ。かなり大きく揺らぐ。素質は確かにある。だけど魔法は発動しない。詠唱しなければ良いのに。あれだけ素質があるのだから。そう思いながら見ていると、メアリーさんがアリスさんを揶揄う。魔力の揺らぎが消える。アリスさんの弱々しい言葉とメアリーたちの嗤い声だけが残った。


「こうやるのよ。炎よ。玉となりて飛べ。アリス様はこの程度もできないのかしら。そういえばまだ属性も得ていないんでしたっけ」


メアリーさんが笑いを止めそして火玉の魔法を詠唱する。魔力も大したことはない。詠唱も不要な魔法のはずだ。それでもパーティメンバは嬉しそうにアリスさんを貶し、メアリーさんを褒める。アリスさんはただ俯いている。


各パーティの魔法使いの順番が終わったところで、他のメンバの魔法の確認をする。全てをさらけ出す必要はない。だけど舐められない程度には出す必要がある。リコ、トワ、カスミが普段使っている魔法を披露する。


「リコは癒し手として優秀だね。この若さでこれだけ使えるのなら将来聖女にさえなれるかもしれない。トワの炎は凄いね。剣との相性も良い。カスミは風を使っているね。相手の気配を感じたり自分の気配を消したり凄く良い使い方だ。ハルトの先ほどの魔法と言い、さすがルミエール様が初めて推薦なさったパーティだね」


ラルフ先生の言葉にメアリーさんが悔しそうな顔をする。貴族の中には感心して見ているもの、悔しそうに睨んでいるものがいた。全員に褒められる必要はない。褒められるよりしっかりと力を伸ばして、サクヤの助けに、街の人たちの助けになれれば良い。そう自分に言い聞かせる。


「みんなお疲れ。ルミエール様の名前に傷を付けなくて良かった。帰りに屋台でも寄ろうか」


「賛成~」「楽しみです」


アリスさんが少し気になる。だけれど僕たちではどうしようもない。それよりも頑張ったパーティのみんなを認めることが大事だ。屋台は予想よりもみんなに響いたようだ。



座学も面白い。有名な勇者や賢者についての話は冒険への憧れを強くする。炎竜を討伐した勇者アルディス、豪胆だが仲間思いで意外に安全第一だったというのが興味深い。聖女セルフィは荒れた土地に泉を湧かせ多くの人を救った。優しいだけではなく悪人には容赦しない厳格な性格だったようだ。


探索術の授業では地図作成を学ぶ。普段はカスミがやってくれている。だけれど複数人で確認した方がより精度が増す。それに罠などでパーティメンバがバラバラになることもある。その場合に備えてある程度の基礎はできるようになっておいた方が良い。他のパーティが授業に飽きる中、僕たちは真剣に授業に取り組んだ。



「平民風情が」


「そうよ。卑怯よ。倒れている人に剣を向けるなんて。彼は子爵家の3男よ。身分を弁えなさい」


僕が突きつける剣先でパウル・ウーデットの顔が歪む。メアリーさんが僕を責めてくる。ふとそちらを見ると、アリスさんが感心したように僕を見て、そしてメアリーさんに睨まれていた。きっと公爵家という枠を外せは素直な良い子なのだろう。


「入学して2週間だ。だいぶ慣れてきたかな。学園は3ヶ月だ。最初の1ヶ月は能力を見ながら基礎を伸ばす。2カ月目は応用に重きを置く。3カ月目は実践がメインになる。探索演習なども予定している。


各月の末には能力の伸展を測る。自分の成長が分かるとやる気になるだろう。またやる気のない生徒を振るい落とすことも目的としている。まずは今月末に向けてみんな頑張ってほしい」


模擬戦が終わる。先生が手を叩いてみんなを集める。戦技実践の授業を終えたある日、ラルフ先生が僕たちに月末の能力測定について伝えた。


「ヤバい」「やってやるぜ」「ずっと騎士として鍛えてきたんだ。俺の力を見せてやるぜ」


焦る者、意欲を見せるもの、斜に構えるもの様々いる。僕たちはルミエールさんやサクヤの期待に応えたい。しっかりと頑張ろう。そう思った。

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