第3話 変化する、魔獣
魔獣が、私達に接近してくる。
移動による振動で、木々が揺れ騒めき草や土が舞い上がる。
私は、地面を蹴って魔獣に走り出す。 素早く弓を構えると、魔獣の目掛けて射る。
矢は、魔獣の胸に刺さるが、怯む事なく迫って来る。
「……浅いか」
魔獣が、私に攻撃しようと手を振り上げる。
だが、魔獣の顔に矢が飛んできて、片目を射抜く。
後方の援護射撃によって、魔獣はバランスを崩して木に激突する。
木は、魔獣の巨体により薙ぎ倒される。
「へぇ……やるじゃない」
「私を、誰だと思っていますの?」
魔獣は、再び立ち上がる。
だが、先程と何か様子が違う。 苦しんでいる様にもみえるが、力を込めている様にもみえる。
そんな様子を見ていた私達は、矢を構える。
「どうしたのかしら?」
私が、矢を解き放とうとした一瞬、魔獣は両腕を広げたと思ったら、空に向かって咆哮を上げて魔獣の体が更に大きくなっていく。
黒い体毛も琥珀色に染まり、風で揺らめく毛並みはまるで燃え盛っている炎を思わせる。
「何がなんだか分からないけど、怒らせたのは間違いないみたいね。 森全体が、震えてるわ」
雄叫びにより、遠くの方で鳥達が飛び立ち、散っていた草葉がヤツを中心に吹き飛んでいる。
そんな、私の言葉を聞いたクロエが、苦笑いをする。
「アリス……ましかして、貴女ビビってますの?」
「まさか……そっちこそ、逃げるなら今の内よ?」
そう言いながら私は、限界まで引いた弦を鳴らす……だが、魔獣は素早く避ける。
さっきとは、比べ物にならない動きだ。
「!?」
「……動きが、良くなった?」
私達は、魔獣が突然俊敏になった事に驚く。 だが、更に目を疑う事が起こる。
魔獣に、刺さっていた矢が抜け落ちていき、傷が再生していったのだ。
射抜かれた眼も、綺麗に完治する。
この状況に、クロエは苦笑いをしている。
「ちょっと、これはヤバい相手ですわね」
「そうね。 再生されたんじゃ、長期戦だと私達が不利だわ」
クロエと私は、再び矢を解き放つが、魔獣は再び回避する。
そして、体格に似合わない速さで一気に距離を詰めると、発達した前腕を振り下ろしてくる。
「く!」
私は、なんとか攻撃を避ける。
回避行動の中、再び攻撃出来る様に矢筒に手を伸ばす。 しかし、それに気付いた魔獣は腕を地面に叩きつけ、地面にめり込んだ腕をそのまま私に向けて振り払う。
これにより、大小様々な飛び石が私の体に牙を向く。
「――!」
拳サイズの石が、私の持つ弓に直撃し折れてしまう。
弓だけではない。 数多の石や砂が頭や体に当たり、私はよろめき膝を着く。
この隙は、今の状況では命取りだ。
隙を見せた私に、魔獣が大きく振りかぶっている。
「アリス! くっ! この!」
クロエは、魔獣に矢を放つが、その攻撃も振り払ってしまう。 この時の魔獣は、まるで無駄だと私達に言っている様だ。
クロエは、息を大きく吐き出す。
「もう、矢では太刀打ちできませんわね」
クロエは、弓矢を投げ捨てると近接用の大型ナイフに持ち変える。
魔獣も、彼女を仕留めようと飛びかかる。 だが、クロエはナイフを待たない手を魔獣にかざす。
魔獣の周りに小さな水の弾が現れる。 これは、クロエの魔法であり、生み出された水弾は日光に反射して、幻想的に映る。
「喰らいなさい!」
クロエが叫ぶと、魔獣の顔めがけて炸裂する。
しかし、魔獣は一瞬怯むだけで彼女に接近する。
「まだまだ!」
クロエは、懐から投げナイフを取り出すと、魔獣の顔面を目掛けて投げる。
彼女の、ナイフ投げの技術はとても高い。 ナイフは、まるで引き寄せられているかの様に、相手の額に刺さる。
しかし、魔獣は顔を振ることでナイフを抜く。 攻撃はあまり効いて無さそうだが、クロエは不敵な表情をする。
「効かなくても、一瞬の隙があれば十分ですわ!」
そう言うと、彼女は地面を蹴って上空高く跳ぶと、腰に装備していた鉤爪の着いた縄を投げ付ける。
鉤縄は、魔獣の首に掛かる。 それを確認したクロエは、そのまま大型ナイフを片手に魔獣に飛び付く。
「これなら、どうかしら!」
クロエは、魔獣の首に深くナイフを突き刺した。
魔獣は、首周りに纏わり付いている彼女を振り払おうとするが、クロエはしがみつきながら何度もナイフで刺している。
その間に、体勢を立て直した私も、予備装備としての中型ナイフを取り出す。
「今から、援護するわ!」
魔獣へと走り出した時、突然魔獣の体毛が逆立つ。
「!?」
そして、魔獣の胸と首が膨らんでいく。 私は、何か嫌な予感が胸をよぎる。
「クロエ! そいつから離れ――」
私が言い終わる前に、魔獣は天を見上げて咆哮を上げる。 その瞬間、体に爆風が直撃した様な衝撃が走り、私は吹き飛ぶ。
幸いにも、魔獣と距離がありダメージが少なかった私は、倒れながらもなんとか意識は保てている。
「あ……が……!」
しかし、立ちあがろうとした瞬間、足に激痛が走る。 今まで生活を送っていて、体験したことが無い痛みだ。
「ぐぁ! わ、私の足……一体どうしたっていうのよ?」
正直、見るのが怖い。 この感情は、きっと本能だ。 身体が、現実を見せない様にしている。 しかし、今は一刻を争う。
本能に抗い、私は足を見る。
「! そ、そんな……足が……⁉︎」
足は、吹き飛んだ際に激しく木に叩きつけた様で、変な方向に曲がっている。
それだけじゃない。 足の内側から、枝のような赤黒く濡れた棒が、皮膚を突き破っていた。
この足を見た私は、血の気が引き青ざめる。 だが、すぐにクロエの事を思い出して考えを無理やり切り替える。
魔獣の方は、咆哮の影響か、大きく息を吐いてその場に留まっている。
あの咆哮は、体力消費が激しいのかもしれない。 そう考えながら、私はクロエを探す。
「う…………ぐっ!……あ……くっ! クロエは……ぶ、無事なの?」
私は、足を抑えながらゆっくり這いずり、クロエを探す。 周りを見渡しながら上を見ると、彼女が木の枝に引っ掛かっている。
しかし、全く動かない彼女を見て、私は冷たい汗が流れ出す。
「そ、そんな……まさか?」
最悪な想像をしていると、再び動き出した魔獣は、視界に入ったであろう彼女に近づく。
それを見た私に、嫌な予感がよぎった。
アイツは、クロエを狙っている。 動かなくなった、彼女を捕食しようとしている。
そんな事を、させてたまるか。
「! おい! 私は、まだ動けるわよ!? 彼女に、手を出す前に! 私を、先に仕留めてからにしなさい!」
私は、血の味が広がっている口を大きく開けて声を出し、意識をこっちに向かせようとする。 自分の声によって、足が痛む。
しかし、魔獣は私の大声に少し反応するが、無視して再び彼女に近づいていく。
「く! クソが!」
私は、周囲にある大きめの石を掴むと、可能な限りの力で魔獣に投げつける。
石は魔獣の背中に当たる。 私は、間を入れずに次を投石する。
魔獣は、動きを止めて横目で見ている。
五月蝿い私に、意識を向け出しているのだろう。
「……これなら、どうよ!」
私は、近くに転がっているクロエのナイフを掴む。 そして、上衣を引き裂きながら石がハマるポケット部分を作る。
そして、掴む部分の片方を手首に括る。
子供の頃に聞いた、弓矢が無かった時代のエルフが使っていた投石具に似せた物だ。
長さは足りないが、今はこれで十分だ。
「当たるか分からないけど、手で投げるよりはマシね」
私は、投石具を素早く回して、思いっきり投げ付ける。
だが、体制もあり石は魔獣に当たらなかった。 だが、石の当たる音が凄まじく、魔獣は私に向き直り警戒する。
「そこから離れないと、次の投石来るわよ?」
私が、再び石を込めて回し始める。
村の大人達が来ていない現状、私がコイツの注意を少しでも引いて時間を稼がなければ、彼女が喰われるだろう。
私が、喰われる可能性は高まるだろうが全然良い、彼女の喰われる所を見せられるよりはマシだ。
「今度は、当たりなさいよ?」
私が投石すると、石の軌道は魔獣の顔面に飛んでいく。 だが、魔獣はジャンプして回避すると、私の目の前に着地する。
そのまま私は、その大きな前脚で掴まれてしまう。
魔獣は、唸りながら私を見つめる。 この時、生暖かい鼻息が、私の顔を撫でる。
「動けない私を見つめて、どうしたのかしら? 求愛でもしてるのかしら?」
こんな奴に、弱い所を見せたくない私は、最後の強がりを見せる。
何があっても、叫びなど上げるものか。
魔獣の握る手が、強くなっていく。
「! あ! が!」
魔獣は、力を少し緩めては更に強く握る事を繰り返す。 コイツは、獲物を楽しそうに嬲り殺そうとしている。
気のせいか、魔獣がとても楽しそうに見えた。
「あ! あぁ! がぁぁ!………………か……か!」
もう、息が出来ない。 やるなら早くして欲しいと考えてしまう。
徐々に、痛みも感じなくなっていき、視界が真っ暗になっていく。
そして、私の意識は途切れる。
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