とうめいな絵の具

不思議乃九

 みずきは、今日も机の上にコップの水を置いていた。

 絵の具なんてなくても、おえかきはできる。

 だって、**とうめいないろは、いちばんきれいな色**だから。


 「みててね、かあさん」


 白い画用紙の上に、水のついた筆をすべらせる。

 線は見えない。

 でも、みずきにはちゃんと見える。


 空の色。

 おはようの色。

 やさしい笑顔の色。


 筆を動かすたび、机にこぼれた水が光って、

 部屋の中に小さな虹がゆれた。


 「ここが、おててつないでるとこ」

 みずきはそう言いながら、

 見えない線を、何度もなぞった。


 トントン、と部屋の戸をおばあちゃんがたたく。


 「みずき、ごはんよ。

  ……また、おえかきしてたの?」


 「うん。かあさんに、みせるの」


 おばあちゃんは少しだけ困ったように笑った。

 でも何も言わず、そっと部屋を出ていった。


 みずきは筆を止めない。

 とうめいな絵の具は、乾くともっと見えなくなるけど、

 そのぶん、胸の中ではっきりしてくる。


 「ねえ、かあさん。

  きょうは、どこにお散歩いきたい?」


 答えは返ってこない。

 だけど、みずきは泣かなかった。


 この絵を完成させたら、

 ようやく言える気がしたから。


 かあさん、

 いないんだってこと。


 筆に残った最後の水を、そっと画用紙にのせる。

 その部分だけ、光を吸いこんで、ゆっくり乾いていく。


 みずきは顔を上げて、小さくつぶやいた。


 「かあさん。

  とうめいな色はね、さみしいときの色でもあるんだよ」


 窓から差しこむ冬の日ざしが、

 乾きかけた画用紙の“なにも描かれていない場所”を

 そっと照らした。


 そこには、

 みずきが描いた“かあさんと手をつないでる場所”が、

 ほんとうにあるように見えた。

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とうめいな絵の具 不思議乃九 @chill_mana

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