勧誘

「えっと……」


 俺は鼻の頭をポリポリと擦る。大阪にある『セントモウエエワ学院』に入学した俺は部室棟の一室にいた。入学式を終えて、体育館を出たところに、多数の上級生による部・サークル活動への新入生勧誘の渦に巻き込まれたのだ。部やサークルに関しては、後日紹介の時間を設けてあると聞いていたのに、なんともまた気の早いことである。まあ、そんな悠長なことは言っていられないのであろう。


 そこで俺はたまたま一枚のビラを受け取る。ビラにはこう書いてあった、『Mkー1グランプリ研究会』と……。さすが、お笑いの本場大阪だ。こういうサークルがあるとは恐れ入った。年末に放送されるあのテレビ番組を見るくらいには、お笑いに興味がある俺だ。この後に特に予定もないことだし、ビラの配布主である小柄な三つ編み眼鏡の女子についていくことにした。部室に入ると、三つ編み眼鏡は元気よく声を上げる。


「いやいや、よく来てくれた! ええっと……」


「あ、難波翔人なんばしょうとです」


「難波くんか、ええ苗字やな!」


「いや、苗字を褒められても……」


「なんやなんや、ツッコミはもっと自信を持って言わんとアカンで?」


「……っていうことは今のはボケだったんですね?」


「まあまあ、軽いジャブやがな」


「はあ……」


 俺は部室をさっと見回す。う~ん……これは……?俺は首を傾げる。


「なんや、気になることでもあるんか?」


「いえ……」


「遠慮せんと、言うてみいや」


「いや……なんだか部室らしくないなあと思って……」


「ああ、まあ、基本的には使わんからな」


「そうなんですか?」


「主な活動は屋外やからな」


「それはずいぶんとまあ……積極的ですね」


「積極的か? 自分らではそないな感覚はないけれどな……自然とそうなってしまうというか……」


「はあ……」


 人前でお笑いをやることは結構度胸がいることだと思うのだが……どうしてなかなか、意識の高いサークルのようだ。


「難波くん、入会するということでええかな?」


「ええっ、それはちょっと……」


「なんや、嫌なんか?」


「嫌ってわけじゃないですけれど……今日は見学のつもりで来たので……」


「そないなこと言わんと、これも何かの縁っちゅうやつやで。ちゃちゃっと入会してまおうや」


「そ、そう言われても……」


 小柄で愛らしいと思っていたら、この人、大分強引だな……。


「さあ、この用紙にサインを頼むわ」


 三つ編み眼鏡は用紙を差し出してくる。『入部・入会届』と書いてある。


「え、ええ……ちょっと待ってください」


 俺は困惑する。三つ編み眼鏡は眼鏡をクイっと上げて呟く。


「正味の話……世の中待ったなしやで」


 なにを悟ったようなことを……たかだか一年か二年早く生まれたくらいで……。ん?そういえば、この人の名前をまだ聞いていないな。


「せ、先輩のお名前は?」


「ああ、これは失礼。申し遅れました、ウチは三年の阿部野橋遥あべのばしはるかや。この『モノノケーワングランプリ研究会』のキャプテンをやってます」


「はあ、阿部野橋先輩……ん?」


「阿部野橋先輩って長いやろ? 気軽にキャプテン遥って呼んでくれてもええんやで?」


「呼ばないですよ」


「呼ばないんか……」


 阿部野橋先輩は顔を少し俯かせる。


「そんなことより……」


「そんなことって」


「モ、モノノケーワングランプリって言いましたか? エムワングランプリではなく?」


「ああ、そうやで。ビラを見てみいや。Mと横線の間に小っちゃい『k』がちゃんと入っとるやろ?」


「! た、確かに……」


「と、いうわけで……目指せ!モノノケーワングランプリ!」


「ええっ!?」


 阿部野橋先輩が拳を高々と突き上げる。俺は思いっきり面食らう。

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