あやお


佳代子には、昔から妙な癖がある。

気がつくと真っ直ぐに立たず、右側に重心を傾けてしまうのだ。

この癖のせいで、佳代子はよく母親に叱られた。


「真っ直ぐに立ちなさい!なんであんたはそうなの!」


母親の怒った顔は、怖かったがどうにも癖は治らなかった。



佳代子はこの癖のせいで、いつもついていなかった。

集合写真を撮る時、バスに乗った時、

後ろの席の子にはほぼ毎日、怒られた。

母親には、いつか酷い目に遭うよ、と呪いのように毎日言われ続けた。

この癖は、本当にろくでもない。



ある日、学校から帰ると母親にお隣さんに回覧板を持って行くように言われた。

面倒だが、母親を怒らせるのは面倒だ。

私はランドセルを下ろして、回覧板を手に取り玄関へ向かう。

佳代子!と呼ばれ、振り向くと母親が険しい顔をしている。


「あんた、お隣さんにそのみっともない癖みせるんじゃないわよ」


吐き捨てるように言われ、私は、はぁいと返事をして扉をあける。


何度言われても、癖というものはなかなか治らないもので、私もなおせるならなおしたいのだけど……。


お隣さんの家につき、インターホンを押す。

ーーピンポーンと音がしたあと、しばしの沈黙があり、そのあとバタバタと足音が聞こえてくる。


ガチャリ


「はいーどちらさまですかね?」


玄関からは、優しそうなおじさんが現れた。

だが、お隣さんではない。

私が困惑していると、おじさんは、ごめんごめんと言った。


「おじさん、ここのうちのオバさんの従兄弟でね。お風呂の調子が悪いって呼ばれたんだよ」


「そうなんですね」


私は納得して頷いた。


「これ、回覧板です」


そう伝えて、回覧板を手渡す。

おじさんが、ありがとうと言って、受け取った拍子に、私のいつもの癖がでてしまった。


ぐっと体が右側に傾くと、ドアの隙間から奥が見えた。

そこには、口に猿轡を咥えて、涙を浮かべながら寝転がっているおとなりさんがいた。


私は、そのまま前にいるおじさんの顔をみる。

一瞬とても怖い顔をして、さっきまでのようにニコリと笑う。

そして、私の腕を力強く握る。


「美味しいお菓子があるんだよ。食べていっておくれ」


私はお母さんの言葉を思い出す。


本当にこの癖はろくでもない。




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あやお @ayao-novel

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