第2話 お兄ちゃん、お姉ちゃん?

 ほんの少し時をさかのぼる。場所は美少女の聖地と呼ばれる相和そうわ国際学園の校舎屋上。

 そこに1組の男女がいた――


「ごめんなさい。私……髪長めの男子苦手で……」

 オレの名前は南畝のうねんつばさ今日も振られた。通算失恋100敗目。

 30歳まで童貞だと魔法使いだか賢者になれるらしい。告白100敗だと何になれるのだろう。


 記念すべき100敗の女子が走り去った学校の屋上。オレ、生きてていいことあるんだろうか。いっそこの手すりを乗り越えて死んでしまおうか……

 オレは衝動的に屋上の手すりに足を掛けまたいだ。その瞬間ぐるりとした快感がオレの股間を駆け抜けた。悪くない、悪くないぞ‼


 捨てる神あれば拾う神あり! オレにはまだ股間に相がいるじゃないか! 100敗がなんだ! 校内にはまだ見ぬ女子がわんさかいる。その中にきっとオレの人生の相になってくれる女子もいるはず!


 そうと決まればこんなトコをさっさとおさらばして、今の快感を忘れないうちに光の速さで帰宅。ものは……じゃない、ことやって前を向こう!

 善は急げ! いざ妄想の彼女と夢の世界へ レッツ お!


 ――のはずだった。いや、あろうことか童貞をこじらせつつあるオレだが、失恋100敗はさすがに堪えたようで、自分のベッドの中で準備万端整った状態で……まさかの寝落ち。


 このオレが、抜く前に寝落ちだと⁉ 高2の春。オレは自分が思ってるより歳を食ってしまったのかもな。あの頃は肩紐ひとつでイケたものを……


 失恋100敗がそれほどオレの精神を蝕んだとでもいうのか。抜く元気をオレから奪い去るほどに……


 とは言うものの、爽やかな朝。窓越しにチュンチュンと小鳥のさえずる声が聞こえる。そんな爽やかな朝のひと時――


 さぁ、抜いとくか。平穏な1日のために、ささやかな朝のルーティンを始めるとするか。しかしオレの朝の平穏なひと時を台無しにする存在が現れた。そう、妹。ひとつ下のれっきとした、正真正銘、まごうことない血の繋がった妹。


 ちょうどオレが手を伸ばし3枚目のティッシュペーパーを引き出した瞬間。


「――うわっ、キモっ……」

 おい、妹。この際だから言おう。ノックはエチケットだし、思春期の兄がティッシュペーパー3枚準備したからといって、ソレに使うとは限らない。

 重度の花粉症をこの瞬間発病したかも知れんだろ、春なんだし。


 まぁ、どんなに言葉を尽くしたところで、実の妹という存在は兄の言葉を受け入れたりしない。実の妹とはそういうものでしょ。『バカっ、違うよ』が通用するのは義妹まだ。


 だがしかし、甘く見てないか? 実の兄を。実の兄の実力を‼ オレには妄想の世界という大帝国がある! そして今お前のひと言が妄想界のカリスマたるオレの逆鱗に触れた‼


 今朝のオカズは君に決めた!

 そう、オレは伊達に100人もの女子に振られて来たんじゃない。その間に常人がなしえないメンタルを獲得した! そう、それは実の妹をオカズに出来るという、鬼畜的所業をオレは手にいれた‼


 ――とはいえ、これは初の試み。しっかりとしたシチュエーションの構築が必要。精神を統一し、全身の気を下半身に送る。さすれば、例えオカズが実の妹とはいえ、オレの相は快く起動してくれるはず。


 よし、全身の気が十分下半身に集まった。覚悟しろ、兄を『キモい』扱いした報いをいま妄想の大帝国の中で受けるがいい‼ さあ、実の兄のオカズとなるがいい、愚妹よ! 


 オレはまんして神の手ゴッドハンドをパンツの中の相棒の元へと向かわせた!


 し……ん。


 あれ、あれあれ。相棒……どうした、元気がないな。疲れてるのか、それともやっぱ100連敗は堪えたか? なによりオカズが実の妹はやはり無理があったか……オレも口ほどには鬼畜じゃないということか。


 まだまだだなぁ、オレも。そう遠い目をしながら、今朝のルーティンを諦めかけたその時、またしても妹が現れ、意味のわからない質問をする。


「あの……変なこと聞くけど……お兄ちゃんって、?」

 ホントに実の妹というものはわけがわからん。本格的に興が冷めた。起きるには少し早いが気分一新、101度目の告白チャレンジに向け、朝シャンでもすっか!


 颯爽とベッドを抜け出そうとしたが、やはり100敗目の失恋の痛手は相当なものだとみえる。胸が痛い、いや重い。こんなにも胸が重いなんて……今日は学校休むか、こんなにも胸が重たいんだ、きっとこれは恋の病。失恋の痛手というヤツだな…… 


 ***

「お兄ちゃ…? アレおかしい……お母さんが言ったんだ『そろそろ起こさないと』って……お姉ちゃんなの? お兄ちゃんは?」


 おいおい、しっかりしてくれ。朝からなに寝言いってんた? 中学で習わなかったか?


『寝言は寝て言えって』


 やれやれ。失恋の胸の痛みを抱えながらベッドを抜け出す。

 気分も胸も重い。信じられんくらい重い。マジモンの病気かもと胸に手をやると――


「ん?」

「お兄ち……お姉ちゃん! それ!?」

 どれだよ、騒がしいなぁ……オレは重すぎる胸に手を当てていたが、なんだかなぁの違和感。


「(胸を持ち上げ)ある時〜」

「(パンツに手を入れ)無い時……シュン……」


 あるわけないもんが胸にと存在し、あるべき相棒がなくなっていた……


「妹よ……兄ちゃん……なんかあるんだけど。ちなみにものがない――どうゆうこと?」


 オレはあまりの衝撃にパジャマのズボンを下ろし、所在不明の相棒を探そうとしたが、目にしたのは見たことないくらいちっちゃなパンツを履いたオレ。


「あの……妹? オレなんか花がらのおパンツ履いてるけど?」

 顔面蒼白なのは何も俺だけではなかった。妹は慌てて俺のタンスを荒らしてあるブツを取り出した。ピローンと。


「いや、誤解するな妹よ、いくらなんでもオレは妹のブラジャー盗んだりしないぞ……母さんが間違ったんだろ、きっと」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん⁉ 聞いて。これDカップ……私Cだよ、私んじゃない」


 まとめるとこうだ。

 オレの胸には一夜にしてたわわな何かが発生して、股間からは相棒が旅立っていた。

 付け加えると、トランクス派のオレの下半身には花柄パンティーが。そしてタンスには妹のではないDカップのブラジャーが……

 挙げ句、母さんは『お姉ちゃんを起こしてきて』と妹に言う始末。


「お兄ちゃん、これってまさか性転換TSじゃない? よくある」

 よくあるの!? 

 いや、兄におっぱい出来て相棒が旅に出て、母親があたかもオレが娘だって思う状況……よくあるの?


「あとね、お兄ちゃん。ごめんなんだけど、私もちょっとお姉ちゃんだと認識しつつある……初めからお姉ちゃんだって気もしなくもない……」


 マジかよ!? って目に入った部屋に掛けられた制服……ウチの学校のなんだけど……


 世界はオレを女子にしようとしてない? 失恋100敗すると強制TSすんの!?


 オレは女座りでへたり込んだ。






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