第7話
目の前には、絶命した岩食いネズミが転がっている。
さて、ここからが問題だ。
今の俺は鋭いナイフもなければ、器用な手先もない。あるのは丸っこい前足と、少しばかり鋭くなった牙だけ。
普通なら詰んでいる状況だが、今の俺には『アレ』がある。
奏多は意識を集中させ、新たに獲得したスキルを起動させた。
(スキル【解体】を発動)
身体が勝手に動く。
まるで複雑なコードの処理をマクロに任せた時のような、オートマチックな挙動だ。迷いのない動きで皮に爪を立て、関節の継ぎ目に牙を入れる。
どこに刃を入れればいいか、ラインが見える。グロテスクさはあるが、作業としての没入感が勝った。 皮が綺麗に剥がれ、肉が部位ごとに切り分けられていく。
最後に、心臓のあたりから小指の先ほどの小さな石――魔石(魔力の結晶)が出てきた。
【獲得アイテム】ロックラットの肉、門歯、皮、魔石。
ドロップアイテム回収完了。次は飯だ。
生のまま肉にかぶりつくという野性味溢れる選択肢もあったが、さすがに元人間の理性が拒否した。寄生虫や食中毒(デバフ)のリスクは極力排除したい。
奏多は肉をくわえ、とことこと拠点へ戻った。
拠点のそば、風通しが良く、煙がこもらない場所を「調理作業場(キッチン)」と定めた。
問題は火種だ。ライターもマッチもない。
だが、奏多の目には解決策(ソリューション)が見えていた。
先ほど回収した『ロックラットの門歯』。 手に取ると、ずしりと重い。
表面はエナメル質というより、黒光りする金属そのものだ。
(やっぱり、あの時食ってたのは鉄鉱石か。消化吸収して歯に蓄積させてたんだな)
生物学的には出鱈目だが、サバイバル的には好都合だ。
これなら「火打ち金(スチール)」の代わりになる。
この歯と、洞窟内に落ちている硬い岩(火打ち石)。これらをぶつければ――。
カチッ、カチッ。 前足で器用に歯を挟み、岩に打ち付ける。
数回の試行錯誤の後、パチリと火花が散った。 あらかじめ用意しておいた乾燥したキノコに火種が落ちる。奏多は慎重に息を吹きかけた。
(コンパイル成功……!)
小さな煙とともに、赤い炎が生まれた。急いで枯れ枝を追加し、火を育てる。
次に、平らで熱伝導率の良さそうな石板を火の上にセットする。
即席の「石焼きプレート」の完成だ。
ジュゥゥゥ……。 熱された石の上に肉を置くと、食欲をそそる音が洞窟内に響き渡った。脂が溶け出し、香ばしい匂いが立ち込める。味付けはなし。素材の味勝負だ。 表面よし、裏面よし。内部温度……たぶんよし! 焼き上がった肉を、フーフーと冷ましてから口に放り込む。
……!
硬い。筋っぽい。獣臭い。 現代日本の焼肉とは比べるべくもない味だ。
だが――美味い。
生きるためのエネルギーが、胃袋から全身へと染み渡っていく感覚。
「ハフッ、ハフッ、ガツガツッ!」
奏多は夢中で肉を平らげた。満腹感とともに、身体の奥底で何かがカチリと音を立てる。
《新スキル【悪食 Lv.1】を習得しました》
《対象の摂取により、抗体が生成されました。スキル【病気耐性 Lv.1】を獲得》
(悪食って……まあ、ネズミだしな)
苦笑しつつも、奏多は満足げに舌なめずりをした。
衣食住のサイクルが回り始めた。
最低限の生存ラインは確保できたと言っていいだろう。
パチパチと爆ぜる焚き火のそばで、奏多は満ち足りた気分で膨れた腹をさすった。 システムは安定稼働中。明日は、もっと奥へ行けるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます