第8話

腹も満たされ、ステータスも万全。

奏多は再び薄暗い洞窟の奥へと歩を進めていた。

さっきのネズミエリアを越えてから、空気が変わった。

湿度は高いが、風の流れがある。

それは出口が近いことの証明か、あるいはもっと広大な空間に繋がっているのか。


しばらく歩くと、鼻先に微かな違和感が漂ってきた。

獣臭ではない。もっと古く、乾いた匂い。そして、錆びた鉄の匂い。


(嫌な予感がする)


警戒レベルを引き上げ、スキル【忍び足】で気配を消しながら角を曲がる。そこは少し開けた通路の脇道になっていた。

壁にもたれかかるようにして、それはあった。


(……やっぱりか)


白骨死体だ。 ボロボロになった革鎧を身にまとい、手には剣を握ったまま朽ち果てている。かつてこの洞窟に挑み、敗れた冒険者の成れの果てだろう。

普通の人間なら悲鳴を上げる場面かもしれない。だが、奏多は冷静だった。

前世、前任者が残した解読不能なスパゲッティコード(=負の遺産)を処理した時の絶望に比べれば、物理的に動かない死体など可愛いものだ。


(南無。悪いが、使えるものは貰っていくぞ)


奏多は骸に近づき、遺品を物色し始めた。剣は重すぎて持てない。

鎧もサイズが合わない。

だが、腰元に付いていた小さな革製のポーチに目が止まった。


(これなら……!)


留め具を牙で器用に外し、中身を確認する。

小瓶に入った赤い液体と、青白く光る小さな石、そして数枚の硬貨。

ポーチ自体も、ベルト部分を噛みちぎって長さを調整すれば、たすき掛けのように身体に固定できそうだ。


(よし、装備完了。これで『インベントリ』の確保だ)


奏多はポーチを背負い、ブルブルと身体を振って装着感を確認した。

犬がバッグを背負っている姿は、客観的に見れば「おつかい」のようで微笑ましいだろうが、本人にとっては死活問題である。


そこからさらに奥へと進むと、ザーッという水音が大きくなってきた。視界が開ける。


「(うわ……)」


思わず息を呑んだ。 そこには、広大な地底湖が広がっていた。

天井には無数の発光するキノコが群生しており、まるでプラネタリウムのように湖面を青白く照らし出している。

水は透き通っており、底の方で何かがキラキラと光っているのが見える。


「ワンッ」


きれいだな。 殺伐とした洞窟生活の中で、初めて目にする美しい光景だった。

水辺まで駆け寄り、喉を潤す。冷たくて美味い。

水面に映る自分――ポーチを背負った子犬の姿も、冒険者らしくて悪くない。


《新エリア【青の地底湖】を発見しました》

《INT(知力)が 1 上昇しました》


ただ敵を倒すだけでなく、新しい場所を見つけることでも経験値が入るらしい。

水場よし。光源よし。ここを第二の拠点(セカンドベース)にするのもアリだな。


だが、水があるということは、それを飲みに来る「何か」がいるということでもある。

奏多が周囲を警戒しようとしたその時。湖の中心で、バシャリと大きな水音がした。

波紋の向こうから、何かがこちらを窺っている気配がする。

先ほどのネズミとは比べ物にならない、強者のプレッシャー。


(なるほど。綺麗なバラには棘があるってわけか)


奏多は低く唸り声を上げ、背中のポーチに入った「光る石」の感触を確かめた。

探索はまだ終わらない。

この美しい湖の主と対面する準備を、奏多は静かに整え始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る