第五十五話:未来視の“本当の振り返り”――撮影者の視界に映るもの

風が止んだ。


 屋上特有の、空気の薄いような静寂。

 さっきまで暴れていた影の気配が、どこかへ溶けたかのように消えている。


(……今なら、見えるか?)


 俺は深く息を吸った。


 未来視が意図的に発動しなくなっていたが、

 “決定的瞬間”が近づくと、力は勝手に動き出す。


(来い……今度こそ……)


 脳の奥が、微かにしびれる。

 視界の端が白く揺れ――


 次の瞬間、映像が襲ってきた。


■1. 本物の“振り返り”


 暗い屋上。

 フェンスの前に立つ影。


 風で揺れるフード。

 黒いマスク。

 そして――


 こちらを振り返る。


(これだ……! これが本物の……!)


 だが。


 そこで、異変に気づく。


(……あれ?)


 視点が、違う。


 いつもの未来視では、

 **俺が“見る側”**だ。


 だが今見ている景色は――

 “低い位置”から、振り返る人物を見上げていた。


(視点が……高くない。

 まるで……しゃがんでいるみたいな……)


 いや違う。

 これは――撮影者自身の“視界”だ。


 未来視が、俺ではなく

 **“撮影者の視界”**を映している。


(どういう……意味だ?)


 そのとき――

 振り返った影の“目”が、

 ありえない方向へ向く。


 見上げるように――俺の方を、真っすぐ。


 未来視の中の“撮影者”が、俺の方向を見ている。


(……待て……おかしい!)


 俺はここにいる。

 だが未来視は、未来の“撮影者側”から俺を見ている。


 つまり――


撮影者は“未来のこの場所”で、確実に俺を視認する。


■2. 雨宮の声が遠のく


「木村さん!!」


 突然、遠くから雨宮の声。


 現実の屋上が揺らぎ、未来視の映像がノイズを帯びた。


(ちょっと待って……

 もう少し……あと少しで……)


 未来視はまだ続く。


 撮影者の視界は、俺を捉えたまま動かない。

 そして――カメラのように、画面の端が赤く点滅しはじめる。


(……録画?)


 それはまるで、

 俺の姿を“撮影者が撮影している”ような光だ。


(俺は……撮られてる!?)


 そして未来視の端に、

 白い文字のようなものが一瞬だけ映った。


《REC》


 それだけ。


 だが、その一瞬が全てを変える。


(撮影者は俺を……“撮る未来”を確定させたんだ)


 そこまで理解した瞬間――

 未来視がぷつりと途切れた。


■3. 現実へ引き戻される


「木村さん!」


 肩を強く揺さぶられ、現実に戻る。


 目の前には雨宮。

 心配そうに、しかし冷静に俺を支えている。


「……見えたんですか?」


「ああ……

 撮影者が俺を……撮影するところを……」


「――撮影?」


 雨宮は瞬きひとつで表情を変え、すぐに理解する。


「つまり、撮影者はあなたを記録しようとしている。

 未来視のように、ではなく“実際の映像として”」


「うん……

 未来視の中の視界が撮影者のもので……

 俺を見上げていて……しかも録画状態で……」


「確定ですね」


 雨宮の声は落ち着いていた。


「撮影者の目的は“あなたの顔を撮ること”。

 まだ仮面をつけた姿か、あるいは――」


「素顔か……?」


「どちらでも、“解読の材料”になります」


 雨宮は少し考え、

 俺の視線の高さに合わせて話す。


「撮影者は、あなたの未来視を“分析”しようとしている。

 そのために、あなたを視界に収める必要があった」


(俺を……利用するために……?)


 寒気が背骨を走った。


■4. 未来と現実の“確定”


「……雨宮。

 未来視で見た未来って……

 これから絶対に起きるんだよな?」


「いえ」


 雨宮は首を振った。


「起きる可能性が“一番高い”だけです。

 確定ではありません。

 あなたが動けば、変えることができる」


「でも……

 さっきの未来視は“撮影者が俺を撮る未来”が確定したって……」


「違います」


 雨宮は俺の肩に手を置き、真っすぐに言った。


「撮影者が“そうしようとしている”だけです。

 あなたはまだ、選べます。

 その未来に姿を見せるかどうか。」


 言葉の強さに、胸が締めつけられる。


(……そうか。

 まだ、決まってないんだ……)


「振り返りの未来は“決定的瞬間”ですが、

 あなたが現れなければ成立しません」


 雨宮は屋上の奥を見つめる。


「撮影者は、あなたを“そこに来させたい”。

 あなたの未来視に“振り返り”を見せることで、

 誘導しようとしているんです」


(俺を……操ろうとしてる?)


 そう思った直後、雨宮が静かに言った。


「木村さん。

 あなたは誘導に乗らなくていいんです」


「……でも、行かなきゃ……

 真相に近づけない……」


「危険を承知で向かうかどうかを判断するのが、

 私の役目です」


 マネージャーとしての雨宮。

 その眼差しは鋭く、冷静で、優しかった。


「何があっても、私が“あなたを守る”って言いましたよね?」


「……ああ」


「この未来視は――

 あなたを危険に誘う“罠”です。

 撮影者が罠を仕掛けられるほど、あなたを観察し、分析している証拠」


 雨宮はコートの袖を握りしめる。


「でも、それでも……

 一緒に行きましょう。

 未来がどう動こうと、私はあなたと行動します」


 胸が熱くなり、

 未来視の冷たい残響が溶けていくようだった。


■5. 未来視の最後の残光


 ふと、脳裏に残像がよぎる。


 《REC》


 赤い録画の光。


 あれは、

 撮影者の“準備完了”の印。


(次は……完成系が来る)


 そう思うと、

 恐怖よりも先に――覚悟が生まれた。


「雨宮……

 俺、逃げないよ」


「わかっています」


 雨宮は微笑んだ。

 少しだけ、安堵を含んだ笑みだった。


「あなたはそういう人です。

 だから私は――あなたのマネージャーなんです」


 風が再び吹き、

 未来視の残響が完全に消える。


 始まりの予感が、静かに胸で膨らんでいく。

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