第五十三話:閉ざされた屋上へ——“撮影者”との初遭遇の気配

 18時14分。


 雨宮と俺は、校舎の最上階に立っていた。

 廊下の窓をかすめる風が、さっきよりずっと強い。

 未来視で見た“布をはためかせる風”に近づいている。


「木村さん、あと一分です」

 雨宮の声は落ち着いているが、指先はわずかに震えていた。


 未来視が確定した時間。

 撮影者はもう屋上にいる。


 そう思うだけで、鼓動が喉元まで上がってくる。


■1. 屋上前──閉ざされた扉


 屋上へ続く鉄の扉は、普通なら少し押せば開く。

 だが今日は固く閉ざされていた。


 鍵が下りているわけではない。

 だが、重い。


「……開かない?」


「いえ、開きます。

 ただ、内側から“何かで押さえられている”だけです」


 雨宮が扉の隙間にライトを差し込み、低く呟く。


「木村さん。

 これは、撮影者が意図的にやっています」


「……入れないようにってことか?」


「逆です。

 開けた瞬間に、こちらの動きを把握できるようにしている。

 扉が重くて“音が出る”から。」


 背筋が冷えた。


 扉の向こうには、確かに誰かがいる。

 静かに、こちらの行動を待っている。


■2. 微細な未来視──“視点の高さ”


「木村さん、未来視を一度……

 扉の向こうにいる映像が見えるか試してください」


「わかった」


 未来視発動。


 フェンス。

 夕日の残光。

 黒いシルエット。


 ……だが、違和感。


 前に見た未来視より、

 撮影者の視点が少し高い。


(……台の上に乗ってる?)


 視界が戻ると、雨宮がすぐに聞いた。


「どうでした?」


「撮影者……視点が高い。

 なんか、足元が普通じゃない気がした」


「なるほど。

 脚立か、ベンチか、フェンス近くの“備品”に乗っている可能性があります」


「なんでそんなことを……?」


「理由は主に二つです」


 雨宮が指を二本立てた。


一つ目──見晴らしを良くして、階段側を監視している。

二つ目──“落としやすい角度”を作っている。


 喉がひとりでに鳴った。


「落とす……?」


「ええ。

 何かを、屋上から。

 あなたの未来視に“揺れ”があったでしょう?」


「あれって……足音じゃないのか?」


「もしかすると“落下音”かもしれません」


 一気に血の気が引く。


■3. 雨宮の判断──“まだ開けない”


「雨宮……どうする?

 このまま扉を開けたら――」


「開けません」


 雨宮の声は、今までで一番鋭かった。


「未来視には、あなたが屋上に突入する映像がありませんでした。

 つまり、“扉を開けた未来”はまだ確定していない」


「じゃあ……?」


「逆に言えば、まだ選べるんです。

 撮影者の意図に乗るか、避けるか」


 雨宮はポケットから薄い工具を取り出す。


「木村さん。

 扉の反対側の“非常用通路”があります」


「え、あるの……?」


「本来、倉庫管理用のルートで生徒は使えませんが、

 非常時です。

 鍵は……開けられます」


「開けられるんだ……?」


「少しだけ心得がありまして」


 雨宮が微笑む。

 頼りになりすぎて怖い。


■4. 裏ルートへ


 扉を開ければ、撮影者に“正面から”姿を晒す。

 だが――


 裏から回れば、

 撮影者の背後に近い位置へ出られる。


 どちらが正しいか、もう考えるまでもない。


「行きましょう。

 撮影者にとって最も“予想外の位置”へ」


 雨宮の靴音が、薄暗い通路に響いた。


■5. 気配──“同じ空間にいる”


 非常通用口の前で立ち止まり、雨宮が囁く。


「木村さん、ここからは物音ひとつ立てないでください」


 俺は頷き、息を殺す。


 雨宮が鍵を静かに回す。

 “カチリ”と控えめな音。


 その瞬間――


 上から風が裂ける音がした。


 屋上のどこかで、

 誰かが動いた。


(……いる)


 確信した。

 未来視じゃない。

 現実の感覚。


 俺と雨宮は、

 撮影者と今、同じ屋上にいる。


 ほんの薄い壁一枚隔てて。


■6. 扉が開く


 雨宮が手で合図する。

 俺は頷き、身を低くした。


 通用口を――

 ゆっくり、ゆっくり押し開ける。


 冷たい夜風が流れ込んだ。


 目の前に、

 屋上の風景。


 そしてその奥に――

 フェンスのそばで揺れる影。


 動いた。

 撮影者が。


(……見つかる?)


 と、その時。


 未来視が突然、

 強制的に発動した。


 これは自分の意思じゃない。


 映るのは、たった一瞬。

 撮影者の背中が振り返る寸前――。

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