第五十二話:屋上の影——撮影者を追う“未来視のタイミング”を探る

 屋上に撮影者がいる。

 その未来視は、昨日の“第三の映像”で確定した。


 だが問題はひとつ。

 いつ屋上に行けば撮影者を捕まえられるのか。


 時間を間違えれば、

 ・撮影者がまだ来ていない

 ・逆に撮影者が逃げたあと

 どちらもありえる。


 未来視は事件そのものの未来を見せるだけで、

 「何時」という時計情報はズレる。


 だから、俺たちは“タイミング”を読み解く必要があった。


■1. 雨宮の計画


「木村さん。

 今日は未来視を細かく分けて、段階的に見ましょう」


 雨宮が教室のホワイトボードに“未来視の時間差”を書き出す。


「未来視は、あなたの感覚では一つの映像ですが、

 実際には“今からどれくらい後”の映像なのかが毎回違います」


「ずれてるってことか?」


「ええ。

 撮影者が屋上にいる未来が“何分後”のものなのか、

 それを特定しなければなりません」


 雨宮の計画はこうだ。


未来視で、屋上の風の強さ・光の角度・影の落ち方など細部を見る


それを現在の屋上環境と照らし合わせ、時間を逆算


撮影者が屋上に来る時間を割り出す


「未来視と現在の“環境情報のズレ”から、

 逆算していくんです」


 雨宮の目は真剣だが、どこか楽しそうだった。


「あなたの未来視は、情報の宝庫です。

 使い方次第で、撮影者より先に動けます」


■2. 第一未来視──風の違和感


「じゃあ、一回目。

 “屋上に撮影者が立っている未来”を見ます」


「わかった……見る」


 未来視発動。


 黒いコートの後ろ姿。

 足元にはフェンス。

 風が強く、布がはためく音。


 だが、昨日よりうるさい。


「風が強い……昨日よりずっと」


 視界が戻ると、雨宮の眉が動いた。


「なるほど。

 現在の屋上は無風に近いです。

 つまり、撮影者が屋上に来る未来は“風が強まってから”」


「風が強くなる時間……」


「天気アプリでも確認しますが、

 風が強まるのは18時前後の可能性が高いですね」


 雨宮は素早くメモを取る。


■3. 第二未来視──影の角度


「もう一度。

 今度は“影”を注目してください」


 未来視発動。


 フェンスの影が斜め右後ろに伸びている。

 影の長さは短い。


 戻ると、雨宮は即座に結論を出した。


「短い影……つまり日没前です。

 雨宮の予測と合わせると――」


「18時前後か」


「はい。

 特に18時10分〜18時20分の間が最も近いはずです」


 計算が速い。

 雨宮は本当に頭がいい。


■4. 第三未来視──視界の揺れ


「最後に、撮影者が“動く瞬間”を探りましょう」


「動く瞬間……?」


「はい。

 あなたの未来視は、一度に一つの映像ですが、

 “映像の揺れ”は時間経過を示すことがあります」


 未来視発動。


 屋上のフェンス。

 撮影者の手がスマホを握りしめている。


 そして、一瞬だが――

 視界が揺れた。


「揺れた……?」


 戻ると、雨宮が大きな目をさらに見開いた。


「揺れは“足音”か“走り去る音”に反応した可能性があります。

 つまり、撮影者は“何かを見た”あるいは“人が来た”と考えるべきです」


「誰か来るのか……?」


「ええ。

 階段の事件と同時に、何者かが屋上に近づく可能性が高いです」


 雨宮は手帳を閉じ、はっきりと言った。


「結論として――

 撮影者は18時15分〜18時20分、屋上に立ちます。

 そしてその数十秒後に、誰かが屋上へ向かいます」


 全身が緊張する。


「俺たちは……その前に行く?」


「いいえ。

 “撮影者が立ってから”行きます。」


 雨宮は迷いなく言った。


「あなたの未来視は、撮影者が屋上に“いる”未来を見せました。

 だから、その未来に合わせて動かなければ、

 撮影者には会えません」


 確かに……その通りだ。


■5. 18時15分に向けて


 教室の時計は、17時48分。


「あと30分……」


 雨宮がスマホを確認しながら言う。


「木村さん。

 あなたは緊張していても未来視の精度が落ちない。

 それはこれまでのデータで証明されています」


「データって……俺そんなに見られてた……?」


「あなたは予知者ですから」

 雨宮は小さく笑った。


「私の仕事は、あなたの“未来を使う負担”を減らすことです」


 その言葉のあたたかさに、胸の奥が少し軽くなる。


 未来視は正直怖い。

 でも雨宮がいると、怖さが和らぐ。


「行きましょう、木村さん」


 雨宮が立ち上がる。


「次は――

 屋上で、撮影者を迎え撃ちます。」


 時計の針は18時へ近づいていく。

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