第五十一話:第三の選択——“誘導を拒む未来視”が示す新たなシグナル

雨宮の助言――

 「どちらも選ばないでください」

 その言葉が頭にこびりついている。


 未来視は、俺が意図して見るときにしか発動しない。

 だが、その“見る”という行為に合わせて撮影者が仕掛けを重ねてきている。


 二択の誘惑。

 “どちらを選ぶ?”という白い文字。


 あれは明らかに、俺の行動を測るための罠だった。


 だが今日、俺は罠の外へ出る。


■1. 未来視の前の決意


 夕方。

 人気のない教室で、雨宮が机の端に座り、俺の手元を見ている。


「木村さん。

 心理的に誘導されていると感じたら、すぐ言ってください」


「わかってる。

 ……今日は“選択肢”に従わない」


「ええ」

 雨宮は静かにうなずいた。


「あなたは“第三の行動”を取れる人です」


 その言葉が、覚悟を固める。


「じゃあ……見るよ」


 息を整え、未来視へ身を投じた。


■2. 未来視開始──また二択が現れる


 暗転。


 映像が立ち上がる……

 赤い非常灯のついた狭い階段の踊り場。


 昨日とよく似ているが、人物はまだ倒れていない。


 そしてすぐに画面は割れた。


 右の未来――

 「駆け寄って助ける俺」


 左の未来――

 「距離を取り、通報だけする俺」


 昨日の二択と違う演出。

 撮影者は“より現実的に迷う選択肢”を出してきている。


 だが俺は、揺れなかった。


「……違う」


 これはどちらも“選ぶ未来”だ。

 本物の未来は、こんな二択形式では見えない。


 俺が両方を拒んだ瞬間――

 映像が高音のノイズを上げ、波打つ。


■3. 誘導拒否の結果、“第三の映像”が立ち上がる


 ノイズの中から、新しい視界が浮かび上がる。


 それは、階段の踊り場でも倒れている人物でもなく――


 屋上のフェンス越しに、誰かがスマホを構えている映像だった。


 風の音だけが響き、視点は高い。


 “誰かの手”が画面に映っている。


 スマホの画面越しに、階段の方向へレンズを向けている。


「……撮影者?」


 声が漏れた。


 これは俺自身の視点じゃない。

 もちろん、誘導された二択でもない。


 第三の未来。

 俺が“選択を拒んだ”ことで、未来視が“本来の未来”を拾い直したのだ。


 屋上から撮影――

 つまり、撮影者は階段の事件を “上から見ていた”。


 その瞬間、映像はぱたりと消えた。


■4. 現実へ戻る──雨宮の即時分析


 目を開くと、雨宮の手が俺の肩を軽く支えていた。


「どうでした?」


「……二択を拒んだら、第三の映像が出た」


 俺は見たものを説明する。


 屋上

 フェンス

 撮影者がスマホを構えている手元

 階段の方向に向けられたレンズ

 風の音


 全部聞き終えると、雨宮の表情が一気に変わった。


「……なるほど。

 撮影者の誘導を拒んだことで、

“撮影者自身の行動”が未来視に割り込んだんですね」


「割り込んだ?」


「ええ。

 本来なら階段の事件の未来を見るはずでしたが、

 撮影者がその事件を“撮影する未来”が視界に入ったわけです」


 雨宮は手帳を開きながら話を続ける。


「つまり、未来視の対象が“事件そのもの”から“撮影者の行動”に切り替わった。

 これは極めて重要です。

 撮影者がどこにいるか、行動範囲が特定できるようになりました」


「……誘導を拒否するだけで、ここまで変わるのか」


「はい。

 撮影者はあなたが二択に縛られると思い込んでいましたから。

 枠外の行動を取ったことで、相手の予測が崩壊したんでしょう」


 雨宮の目は鋭く輝いている。


「木村さん。

 あなたは“未来の支配”から抜け出しました」


 その言葉が心に深く届いた。


■5. 次の行動――撮影者を追うために


「次は……どう動く?」


 俺が問うと、雨宮はゆっくり立ち上がり、

 窓の外、校舎の屋上の方向を見た。


「撮影者は、事件当日屋上にいます」


「未来視がそう示した」


「ええ。

 そして屋上から階段は死角になりません。

 つまり、撮影者は“倒れる瞬間”を上から撮るつもりです」


 雨宮は拳を握った。


「木村さん。

 あなたが第三の未来を見抜いたおかげで、

 撮影者の位置情報はもう手に入りました」


 雨宮は俺の方を向き、息を吸う。


「次の未来視で、

 屋上に行く“タイミング”を見ましょう。

 それが撮影者を追い詰める鍵になります」


 俺はうなずいた。


「わかった。

 ……次も“誘導”が来ても、全部拒否する」


「はい。

 あなたはあなたの未来を選んでください。

 私は隣で、それを守ります」


 そう言って雨宮は微笑んだ。


 その笑顔は、未来視の不気味さをすべて霧散させる強さがあった。

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