第五十話:撮影者の誘導開始――未来視に“歪んだ選択肢”が現れる

 未来視は――俺が“見る”と決めたときにしか起きない。

 その原則は今まで一度も揺らいだことがなかった。


 だからこそ、今の俺はまだ落ち着いている。

 撮影者の誘導の話を聞いても、雨宮が隣にいる限り、耐えられる。


「木村さん、準備はできていますか?」


「ああ……見るよ」


 空き教室のカーテンを閉め、自然光だけが薄く差し込む中で、俺は深呼吸した。


 “見る”と決めた瞬間――

 視界がゆっくりと閉じ、暗転する。


■1. 未来視──最初の違和感


 見えたのは、古い階段の踊り場。

 コンクリートの壁に、赤いスプレーの跡。


 そこまでは、いつも通りの“事実だけの映像”だった。


 だが次の瞬間、異変が起きる。


 パッ、と映像が二つに割れたのだ。


「……え?」


 右の映像

 左の映像


 二枚の画面が、薄い膜のように揺れながら並んでいる。


 こんなことは初めてだった。


■2. “二つの未来”が提示される


 右側には――

 階段下で倒れている人物に、俺が駆け寄る姿。


 左側には――

 俺がその場に近づかず、スマホで撮影だけしている姿。


「これ……選ばせてるのか?」


 未来が二つ“同時に提示”されるなんてありえない。

 未来視は、ただ事実を教えるだけのはずだ。


 だが今の映像は、まるで――


 『次の行動をどちらにする?』


 ――と迫ってくる“選択画面”のようだった。


 撮影者の言う“誘導”とは、まさにこれか。


■3. 未来視の“歪曲”


 映像は……


 右の映像 → 温かい色味

 左の映像 → 冷たい青のフィルター


 明らかに“右を選べ”と言いたげに作られている。


「これは……おかしい。俺の未来視はこんな演出しない……」


 心臓が速くなる。


 これは未来じゃない。

 “未来っぽく加工した映像だ”。


 そこに気づいた瞬間、未来視はさらに動きを変えた。


 画面端に――白い文字が浮かび上がる。


《どちらを選ぶ?》


「ッ……!」


 言葉を失った。


 未来視の中にこんな文字が出るわけがない。

 ありえない。完全に異常だ。


 未来視が、誰かの手に“触れられている”。


 その瞬間、映像全体がノイズを上げ――

 右と左の画面が一瞬だけ重なり――

 視界が強制終了した。


■4. 現実へ──雨宮の分析


「木村さん!」


 肩をつかまれ、息を吸い込む。

 いつもの暗闇から戻っただけなのに、全身が汗で濡れていた。


「……未来視が……変だった……」


「大丈夫です、ゆっくりでいい。何が見えました?」


 俺は、見たものすべてを順に説明した。


 雨宮は黙って聞き、最後の「どちらを選ぶ?」の文字まで話し終えたところで、顔色を変えた。


「……未来視に“外部の意図”が入り込んでいる……」


「やっぱりか」


「しかし一つだけ救いがあります」


 雨宮は手帳を開き、冷静な声で続ける。


「未来視そのものの発動は、あくまで木村さんの意思によるもの。

 受動的に勝手に発動したわけではありませんね?」


「ああ……そこだけは、変わってない」


 その瞬間、雨宮の肩の力が少しだけ抜けた。


「それなら、まだ“主体”はあなたの側にあります。

 撮影者は未来視を操作できていない。

 ただ、“あなたが見るタイミングに合わせて”偽情報を混ぜ込んでいるだけです」


「……偽の分岐を見せてたってことか」


「はい。

 本物の未来は一つ。

 映像の“二分割”は、あなたの思考を誘導するための演出です」


 雨宮の声が鋭くなる。


「これは、心理誘導の技術です。

 未来を操作したのではなく――

 “木村さんの判断の余地”を観察しようとしているんです」


 背筋が冷たくなる。


■5. 雨宮の結論──“選択肢そのものが罠”


「木村さん。

 次の未来視では、“選択を迫られる場面”が続くはずです」


「……俺がどう動くか見たいわけだな」


「はい。

 ですが、その選択肢は“どちらも撮影者の枠内”です」


「枠内……?」


「右を選んでも、左を選んでも、

 あなたの行動パターンを“測定できる”。

 つまり、どちらを選んでも観察される構造になっています」


 雨宮の手が、机の上で握られていた。


「木村さん。

 もし次の未来視でまた選択肢が出ても――

どちらも選ばないでください。」


 強い声音だった。


「選ばない……?」


「はい。

 撮影者のルールに乗らず、第三の行動を取ってください。

 彼らの問題点はただ一つ。

 “あなたが枠の外に出る可能性”を予測していないことです」


 雨宮は俺の目をまっすぐ見た。


「木村さんの未来視は、誰にも操れません。

 操れると思っているのは、撮影者の驕りです」


 その言葉は、胸の奥の恐怖を静かにとかしていく。


「……雨宮がいるから、踏み外さずに済んでるよ」


「いるに決まってるじゃないですか」

 彼女は少し笑った。


「私はあなたのマネージャーです。

 あなたが“誘導”されるなら、私が“現在”で引き戻します」


 その宣言は、未来視の揺らぎよりもずっと強かった。

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