第四十九話:雨宮との再会――撮影者の“誘導”の意味を読み解く

 午前の講義を終えた教室は、人の足音がまばらになる。

 そんな中、雨宮は静かに入り口で待っていた。

 視線が合った瞬間、彼女は軽く会釈する。


「木村さん、空き教室を確保してあります。

 昨日の未来視の内容、詳しく聞かせてください」


「……助かる」


 緊張で固まっていた肩が、少しだけ緩む。


■1. 昨夜の“不安定な未来視”を共有する


 空き教室に入ると、雨宮はドアを閉めてから一度深呼吸した。


「では……始めましょうか」


 俺は昨夜の映像の断片を、順に説明する。


暗い部屋


カメラとSDカード


動画をコマ送りで解析する人物


赤ペンのメモ


そして「予知の“条件”を探せ」の文字


「……あと地図。

 赤い丸がついてて、“次は誘導する”ってメモがあった」


 説明し終えると、雨宮は少し黙った。

 ただ黙っているのではなく、言葉を慎重に選んでいる沈黙だった。


■2. 雨宮の“観察からの推理”


「木村さん。

 昨日の映像は、今までの未来視とは明らかに違っています」


「違うって?」


「あなたの未来視は“起こる事実の風景”をそのまま写してきました。

 しかし昨日は、“撮影者の意図”が強く入り込んでいる」


「意図……」


「はい。

 つまり、撮影者はあなたを“未来の一部”として扱い始めています。

 自分の行動が、あなたの未来視に何を起こすか――実験している」


 言われた瞬間、嫌な寒気が背筋を走った。


 未来を“確かめるためではなく”

 未来を“利用するためでもなく”


 ――未来視そのものの“仕組み”を揺さぶろうとしている。


「……なんで俺の未来視にそこまで興味を?」


「わかりません」

 雨宮は首を横に振るが、その目は鋭い。


「ただし“誘導”という言葉が出たことで、やっと合点がいく点があります」


■3. “誘導”という言葉の正体


「木村さん。

 撮影者は、あなたの未来視が“外れる瞬間”を探しているんです」


「外れる、瞬間?」


「はい。

 あなたが未来を変えたとき、未来視がどう変化するか――

 それを知りたがっている可能性が高い」


 息が止まりそうになった。


「じゃあ……俺の行動をコントロールして、

 わざと未来を変えさせようとしてる……?」


「その通りです」

 雨宮の声は静かだったが、確信を帯びていた。


「誘導とは“あなたの行動を一定方向へ導き、どのタイミングで未来が変わるか観察する”という意味です」


 血の気が引いていくのが自分でもわかる。


「それ……危なくないか?」


「危ないです」

 はっきり言った。


 目の前の雨宮は、普段よりも強い表情をしていた。


「ですが、逆に言うと――

 撮影者は現時点で“あなたを傷つけようとはしていない”。

 ただ観察している」


「いや、それでも十分怖いけど……」


「わかっています」

 雨宮は少しだけ柔らかい声に戻した。


「でも、今はまだ“仕掛けの前段階”です。

 だからこそ、こちらも落ち着いて状況を整理できる」


 彼女はノートを開き、項目を並べて書き込み始める。


撮影者の目的:予知の再現性と条件探し


行動パターン:観察 → 分析 → 誘導


現在の段階:実験の開始前


こちらの対策:未来視と状況分析の擦り合わせ


「……冷静だな、雨宮」


「そうしないと、あなたが不安定になるので」


 一瞬だけ笑みを見せ、すぐに真顔に戻る。


■4. 未来視と“誘導”の組み合わせ


「木村さん。

 次の未来視では、もっと“誘導の痕跡”が増えるはずです」


「痕跡?」


「はい。

 あなたに行動を選ばせるための、わかりやすい“選択肢”が映像に混ざるはずです」


 なるほど、と唾を飲む。


「で、どうするんだ? 誘導されるのか……逆に無視するのか?」


「どちらも試すべきです」


 雨宮は、肘を机に置いて俺を見る。


「未来視が“誘導によってどれだけ変化するのか”――

 逆に、あなたが無視すると未来視が“どれだけ乱れるのか”

 それを知る必要があります」


「……こっちも実験するわけだな」


「ええ。

 あなたの未来視を“分析する側”は、撮影者だけじゃありません」


 その言葉は、胸の奥に確かな芯を作った。


 逃げるだけじゃない。

 見られるだけじゃない。

 観察されるだけじゃない。


——俺たちも、撮影者を観察する側になった。


■5. 次の一手へ


 雨宮はノートを閉じると、言った。


「木村さん。

 次の未来視が来たら、すぐに知らせてください」


「もちろん」


「そして――」


 雨宮は少しだけ間を置き、柔らかい声で続ける。


「あなたが“誘導”に迷ったときは、一人で判断しないでください。

 これは二人でやることです。

 あなたが未来を見るなら――私が現在を整理します」


 あまりにも自然に言うので、胸が熱くなった。


「ああ……頼りにしてる」


 彼女は小さくうなずいた。


 撮影者の“誘導”の意味は、徐々に形になりつつある。


 次に未来視が来た時――

 俺たちはもう、ただ怯えているだけじゃいられない。

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